第一一三話
出来ました。
「あークソッ」
土煙が晴れたら悪態と共にヤヌスが現れる。
体自体は無傷だが後ろに立つ像の胸の真ん中に大穴が開いている。
「これで終わり」
もう一発打ち込んで残された左腕を吹きとばされる。
「容赦ないな」
「それぐらい強いと理解しているから」
それに対してヤヌスは笑う。
その表情にはまだ余裕が見て取れる。
「まぁ待った方が良い、僕を倒せば後悔する」
「命乞いならもう少しひねった方が良い」
今この場では陽川の判断が正しいだろう。
何かをやらかされる前に倒しておくのは確かに間違っていないだろう。
だがどうにも嫌な予感がする。
「せめてガーガかセレネを待たないか?」
だから予感に従って提案する。
ヤヌスがあまりに落ち着いていることがどうにも異常だからだ。
まるで倒されても構わないとでも言いたげだからだ。
「……」
陽川は少し考えるが――
「いや、やっぱりここで倒そう、人が増えると何をしてくるかわからない」
陽川が言っている理由も確かに一理あるのだ。
今は純粋な攻撃役の陽川だから圧倒できた。
もしアンが来たら逃げられる可能性が出てくる。
それを避けたいというのは確かに理解できる。
だがそれを踏まえても胸騒ぎがやまないのだ。
「そうだとしてもだ」
駆け込み射線を遮る位置に立つ。
そんなことをやらかした俺に対して陽川は困ったような顔をする。
そしてじっと俺の目を見て口を開く。
「洗脳とかされているわけじゃなさそう」
「ならもう少しだけ待ってくれ」
すると背後からため息が聞こえる。
「あーもう、萎えた」
と言って後ろで誰かが座り込む音がする。
視線を少しだけ背後に向けるとアヌスがその場に座り込んでいる。
その両手は降参でもするように掲げている。
どうやらもう抵抗するつもりはないようだ。
「ふぅ……」
胸を撫でおろす。
頭から信じられるかと言ったら微妙だが、戦いは終了したと思う。
急速に張り詰めていた空気が緩んでいく。
「まって」
だが陽川はまだ硬い声で問いかける。
それを向けたのはヤヌスで。
視線は後ろに浮かぶ像だ。
「まぁ、気づくよね」
と、どこか何かを諦めたような声でヤヌスはつぶやいた。
そして俺に手を差し出してくる。
ヤヌスは俺に頼み事するような表情だ。
だから俺はゆっくりと近づきその手を取る。
「おねがい」
「へ?」
何を頼まれたのかわからないままヤヌスに蹴り飛ばされる。
するとつかんだ手には何かを引きずりだした手ごたえを受ける。
「なにが……?」
とそこに何かが降ってきた。
「うわっ!!」
その衝撃に吹き飛ばされ、距離を取ったことでようやく気付く。
「自殺か!?」
思わずそんな声が出た。
なぜならヤヌスを下敷きにするようにして像が倒れてきていたからだ。
「離れて!!」
陽川の声に背を押されるようにして全速力でその場を離れる。
なにが起きているのかは分からないが一つだけわかるのは戦いが違う段階に移ったという事だ。
「行けぇ!!」
陽川の攻撃が直撃する。
そのせいか後ろで何かが弾ける音がした。。
だがまだ体は健在のようで、機械のような呼吸音が聞こえる。
その瞬間、唐突に首筋にチリチリとするような感覚が走る。
「危ない!!」
陽川が矢を放つ。
それは確かに何かを撃ち落としたらしく、地面に何かが落ちた音がした。
が、総毛立つほどの危機感から後ろを見ることなく一心不乱に前に走る。
「すまん!!」
俺のその言葉に軽くうなずくがすぐに叫んだ。
「一旦逃げよう」
と陽川は告げて俺の脇に手を差し込み空高く飛んだ。
すると下からは――
「グオォォオオッ!!」
という獣のような鳴き声が飛んできた。
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「ふぅ、逃げ切れた、かも?」
と陽川はどこか疑っているような声で呟いた。
今俺たちがいるのはどこかの部屋の中だ。
石造りの部屋の空気はひんやりとしていて、走って火照った体には心地いい。
「一体何が起きていたんだ?」
陽川に質問をする。
正直なところ後ろを全く確認していないのでなにもわからない。
すると陽川もまた首をゆっくり横に振る。
「よく確認はできていないけど、分かっているのはあのヤヌスの像からナニカが生まれた事」
そこでまず一本指を立てる。
続いて二本目を立てる。
「次が本気で君を殺しにいっていたという事」
その言葉を聞いてある種納得した。
あの時感じたものは殺意なのだ。
なので再度礼を伝える。
「ありがとう、助かった」
「いや、それが役目だし」
と気恥ずかしいのか少し視線を外した。
その後に思い出したように言葉を向けてきた。
「そういえば何か持ってるよね?」
「ん? ああそうだった」
言いながら握っている物を見た。
それはビー玉のような物だ。
大きさとしてはピンポン球くらいだ。
透明なガラスのように見えるその中心には驚くものが埋まっている。
「なんでふたばが!?」
膝を抱えて寝ているふたばが見える。
その寝顔は安らかでそういう意味では安心する。
「それは――」
と陽川が口を開き始めたとき、扉がノックされる。
俺は扉から距離を取り、陽川は弓を引き扉を狙う。
数秒後外から聞き覚えのある声が聞こえる。
「見つけたよ、アモリとソル」
声はアンだ。
それを証明するように扉を開けて覗いてきた顔もアンだ。
「なんだびっくりした」
「いや、ごめんごめん」
とアンは軽い口調で謝りなが中に入ってくる。
後にはヒュプノスとガーガ、セレネ、リオンが続いている。
「ようやく合流できた」
俺のホッとしたそのつぶやきにガーガは恭しくうなずいて早速口を開いた。
「さて、情報交換から始めよう」
ああ。
とその場の全員がうなずいて情報交換が始まった。
明日も頑張ります。