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第一〇話

間に合いました。

「MeEEeeEE――」


 遠くから鳴き声が聞こえる。

 朝の山羊とは全然違う、とても心地よい鳴き声だ。

 風のうねりのような、さざ波のようなそんな静かな心地よさを持っている。

 それを聞きながら思い出すのは少し前の事だ。

 飛び去ったガーガを見送った後、翌日の準備をして就寝の準備に入る。

 ちょうどその位に両親が帰ってきたので鍵を開けて出迎えた。

 両親を出迎えて、眠る。

 そこまではいつも通りだった。


「めぇぇ――」


 布団に入った記憶はある。

 しかし、この鳴き声に呼ばれるままに歩いている。

 着ている物は制服だが手には通学用のかばんは持っていない。

 周りからも足音が聞こえる。

 どうやら俺と同じように呼ばれているらしい。

 なぜかそう理解できる。


「ぅ……ぁ」


 頭がぼんやりしておりまともに話すこともできない。

 呼ばれるままに向かうと山ほど巨大な羊が寝そべっている。

 俺と同じようにフラフラと歩いている人はフワフワの肌触りが良さそうな羊毛に抱き着いて眠り始める。

 一呼吸もしないうちに寝息を立て始めるが、あっという間に飲み込まれる。


「めぇぇえぇぇ――」


 声を聞いた瞬間、思考がぼやける。

 だから立ち止まりぼんやりと空を見上げる。

 暖色系の光は目に優しい。

 気温もちょうどまどろみが生まれる程度に温くいろんなことがどうでもよくなる。

 羊の鳴き声に近寄りたい欲求があるが、頭の片隅で警告が鳴っている。


「ぅ……」


 進むことも逃げる事も思い浮かばず足を止めていると、唐突にどこか懐かしいにおいがする。

 不思議に思いフラフラとあたりを見回す。

 そうすると誰かに手を握られる。


「どうしたの?」


 温かな声だ。

 そして握ってくる手は華奢で滑らかだ。

 どこかカイロのようにポカポカと温かい。

 相手はクルクルと癖のついた白い長髪の女性だ。

 背丈は俺より頭一つ分大きい。

 しかしその顔立ちはどこか幼さを感じる。


「ぁ……ぅ」


 まともな考えが浮かばずぼんやりと顔と手と周りを見る。

 その様子が面白いのか彼女は笑顔を浮かべて抱き上げる。

 そして小さな子をあやすような口調で語りかけてくる。


「ほら、こっちよ」


 わがままを言う子を寝床に運ぶようにやさし気な手つきで運ばれる、

 向かう先は巨大な羊だ。

 あそこに寝かされたら終わる。

 そんな予感がするがなぜか逃げるところまでは考えが至らずぼんやりし続ける。


「さぁ、おやすみなさい」


 寝かされるその瞬間――


「ぶぇっ!!」


 腹部に衝撃が入る。

 そのはずみで頭にかかっていた靄が一気に晴れる。

 だから全力で離れる。

 幸いそれで何とか間に合った。


「あぶねぇっ!!」


 叫んで立ち上がる。

 振り返ると俺を運んでいた奴が悲しげな表情で立っている。

 そして涙を浮かべて、小さく手を振りながら話しかけてくる。


「悲しいけれどこれでお別れね、明日また迎えに行くわね」


「勘弁してくれ」


 心底そう思いながら言葉を漏らす。

 急速に心が浮上するのがわかる。

 何となく思っていたが眠っていたらしい。


=====


「っあ!!」


「あ、すまんアモリ!!」


 朝の明るさに目を覚ます。

 その瞬間見えるのは俺の腹に向かって今まさに追撃のヒップアタックを敢行しているガーガだった。

 くぐもった音が響き、結構シャレにならない衝撃が入り内臓がよじれるような痛みが入る。


「グゲっ!!」


 漏れたのはそんなみっともない悲鳴だった。

 するとガーガは申し訳なさそうに話してくる。


「すまん、アモリ」


「いや、いい、おかげで助かった」


 まずい事態になっていたのは直感でわかる。

 直感的に眠るように死んでいた可能性があると理解できた。

 その思いを肯定するようにガーガは言葉を続ける。


「ああ、相手に食われかけていたぞ」


「食われたらどうなるんだ?」


 その疑問にガーガは一瞬難しい顔をする。

 しかしその後軽く顔を横に振り重々しく口を開く。

 まるでなにか恐ろしい事話すかのようだ。


「市内で死んだように寝ている人間がかなりの人数出ている、だから急いでやってきたら同じように危険な状態だったから荒療治だがたたき起こした」


「ああ、やっぱり」


 素直に出たのはその言葉だ。

 もうすっかり薄れ始めているが取り込まれた人間が居たことは覚えている。

 どこの誰だと言われたら答えることはできないが被害が広がっていることは想像できる。


「なるほどまだ覚えているのか、なら何でもいいヒントをくれ」


「俺からも頼む、また明日って明言された……気がする」


 砂時計の砂が落ちるように急速に記憶が抜け落ちる気がする。

 そうやって話すうちに全部忘れてしまった。


「くそ!! もう思い出せない、あんなにはっきり見ていたのに……」


「むぅ、用意周到な奴だな、おそらく最初から仕込んであるな」


 そうつぶやくガーガは悔しそうだ。

 ここまで立て続けに襲ってくるなんて予想できていなかったのだろう。

 そう考えると出し抜かれた形なのだろう。

 そこで気になるのは被害状況だ。


「教えられるならいいけど、陽川と月宮、そして木下はどうだ?」


「ユミとミフネは無事だ、フタバは被害者だ」


「俺みたいにたたき起こすことは?」


 俺は起きれたのだ一縷の望みをかけて聞く。

 だがその望みは横に振られた首で絶たれた。


「アモリは運がよかった、とにかくガーガはユミに不審に思われないうちに帰る、また後程連絡するから二度寝はするなよ」


「ああ、こんな危険な状況で二度寝なんてしねーよ」


 とガーガを見送って完全に起きてベッドからでて、陽の光を全身で浴びた。

明日も頑張ります。

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