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幕骨 食卓

 

 妻や子供達が震えていた。

 こんな世界になってから、笑顔を見せたことはない。


 そうだ。世界は終焉に向かっている。

 もう誰も心から笑うことなどできないだろう。


 僕の望みは、一つしか残っていなかった。

 最後の最後。

 死んだ後も家族と共にいたい。

 それだけを願う。

 世界を救おうなどという馬鹿げた夢はとっくに捨てていた。



 棚の奥に隠してあった小さな瓶を取り出した。

 中には血のような赤い液体が入っている。


「これを使えば、みんな一つになれる」


 白衣を着た男がやってきて、僕にこれを渡した日のことを思い出す。


「溶けて固まり、混ざり合うんだ。素晴らしいだろう?」


 その時は何を言っているのかわからなかった。

 だが、今ならわかる。

 これは、この世界に残された、最後の希望だ。



 残り少ない食糧に、薬を混ぜた。

 今夜、家族はそれを食べる。

 薬は数時間で骨を溶かし、しばらくしたら再び固まっていく。

 その前に僕は、家族のみんなを食べなければならない。

 妻と幼い三人の息子。

 全部残さず食べられるだろうか。

 みんなで一つになるんだ。

 どれだけ苦しくなっても、絶対やり遂げる。

 そう決意した時、僕はこんな世界になってから、初めて笑っている自分に気がついた。



「あ、あ、あ、あなた、いったい、なにをしたのぉ?」


 軟体動物のようにふにゃふにゃになった妻が食卓の上でそう言った。

 全身の骨が溶けても、まだ話すことができるようだ。


「少しまっててくれ。まだ一人目なんだ」


 ドロドロになった一番下の息子に頭からかぶりつく。

 僕の中で一つになるために、頑張って飲み込んだ。


「ぱ、ぱぱ、やめて。こ、こわいよ。た、食べないで」


 口の中から声が響く。

 それでも気にせず飲み込もうとしたが、胃から胃液が逆流してくる。


 ぶぇっ、と息子の頭を吐き出した。


「うぇええええ」

「うわぁあああん」

「ひぃ、ひぃ、わぁああああ」


 溶けた息子たちが泣き喚き、妻はすすり泣く。

 ダメだ。思った以上に食べれない。

 このままでは、家族全員を完食することは不可能だ。


「仕方ない。プランBに変更だ」


 テーブルに並ぶ食糧に手をつける。


「家族水入らずといきたいとこだが、仕方ない」


 最後の晩餐というところか。

 食事を終え、家族を残し、離れ小屋へ向かう。

 二週間前に罠を仕掛けて閉じ込めておいた。

 さぞかし、腹を空かしているだろう。

 僕達、家族をすべて平らげてくれるはずだ。


 滑車のついたおりを家まで運ぶ。

 中でフッフッ、と荒い息遣いが聞こえてきた。

 僕を食べたくて仕方ないのだろう。


 僕の骨が溶け出してきたところで、ようやく食卓に到着する。

 ドロドロになった家族達が、檻の中にいるそいつを見て、悲鳴を上げた。


「大丈夫だ。僕達はずっと一緒なんだ」


 檻の鍵を開けると中からそいつが飛び出した。

 全長3メートルにもなる巨大な熊が、僕の頭を丸かじりにする。


「さあ、みんな一つになろう」


 阿鼻叫喚の中、すべてが同化していく。


 僕達家族は、もう二度と離れることはなかった。






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