幕骨 家族
怖い夢を見ていた気がする。
熱を出した娘が、おかしくなっていく。
薬を買いに行った母も帰らず、街に娘を連れて行くと、そこはもういつもの街ではなかった。
世界の終わりのような、そんな光景に唖然とする。
娘と必死に逃げながら、その手を握った。
その手から一切の体温を感じないことを、否定するように話しかける。
だが、そこには娘の姿はなく、ただ腕だけが残されていた。
そんな夢から覚めて朝を迎える。
あの人はまだ研究から帰ってこないが、母はようやく帰ってきた。
薬を手に入れるのに随分と苦労したようだ。
おかげで娘もすっかり良くなり、二人で談笑している。
「母さん、セレアにオヤツをあげちゃダメですよ。もうすぐ朝ご飯なんですから」
油断も隙もないとはこのことだ。
セレアの口がもごもごと動いているのを見逃さなかった。
母さんは、いつもセレアを甘やかして、こっそりオヤツをあげている。
「まったく、何をあげたのよ、もう」
アメかガムだろうか?
セレアの口から、人の耳のようなものがはみ出していた。
一瞬、全てが赤く染まる。
よく見ると母さんの両耳はなく、目玉も一個なくなっていた。
あれ?
と、思った時には、元に戻っていた。
セレアは大きなアメを頬張っていて、それを母さんが笑顔で見ている。
まだ、夢を見ているような感覚だった。
あまりに強烈な夢だったので、それが影響しているのだろうか。
頭を振って、朝ご飯の支度に取り掛かる。
「いいハムをいただいたのよ。おいしいハムエッグにしてあげるからね」
「わ、わ、わ、わぁいぃ、お、お、お、お母さん、だだだ、だいすきぃぃ」
セレアの喜ぶ声を背にハムを切りはじめる。
「あれ? このハムやけに固いわ」
包丁を入れるが、なにかゴリゴリと硬いものにあたり、うまく切れない。
無理矢理包丁を入れると、プシュッ、とハムから血が噴き出した。
また、景色が赤く染まる。
目の前のハムが自分の左手に変わっていた。
薄くスライスされた手首の断面は、色鮮やかで本当に美味しそうだ。
「め、め、め、目玉焼きも、つ、つ、つ、作らなきゃね」
一個はさっきお母さんから貰っていた。
あとの二個は自分のものを使おう。
これで三人分できあがる。
ハムと目玉が焼けるいい匂いがしたところで、チャイムが鳴る。
どうやら、久しぶりにあの人が帰ってきたようだ。
「あ、あ、ああらあらあらあら、目玉が一個足りないわ、お、お、お、お母さん、もうひとつ、ちょ、ちょ、ちょうだい」
玄関のドアが開いてあの人が入ってくる。
久しぶりの一家団欒となりそうだ。
私は精一杯の笑顔で最愛の夫を出迎えた。




