幕骨 混合
世界の終わりが近づいている。
それは随分と前から感じていた。
しかし、それでもオレのすることは変わらなかった。
獲物を狩り、その肉を喰らい生きる。
それしか知らないし、それしかできない。
わふっ、と隣に座る柴犬のロックが吠える。
どうやら、獲物を見つけたらしい。
よしよし、と頭を撫でた後、走りだしたロックの後を追う。
そうだ。オレにできることはそれぐらいしかない。
獣道を進みながら、猟銃に弾を込める。
ワンワンっ、とロックが吠える声が聞こえてきた。
獲物を追い詰めているのだろう。
もう十歳を超えるロックは人間で言えば、オレと同じ老人だ。
だが、その動きは俊敏で、若い犬にも負けない闘争心を持っている。
「この山でオレたちに勝てるものはいねえ」
毎日毎日繰り返してきたことを今日も行う。
ただそれだけのばずだった。
ぎゃうんっ、というロックの悲鳴が山に鳴り響く。
なにか、異常が起こったのか?
ロックが下手をすることなど考えられない。
この山で一番の獲物である熊にもロックは、遅れを取らないはずだ。
「ロックっ!」
その名を叫びながら、ようやく獲物の元へ辿りつく。
だが、予想外の光景に思わず、構えていた猟銃を落としそうになる。
「……ロック」
ロックは首を噛まれたまま、獲物の口からぶら下がっていた。
熊だ。
だが、ただの熊じゃない。
「……取り込んでいるのか」
身体中のあちこちに、人の肉が付着していた。
里に降りて、人を襲ったのだろう。
それはいい。
もはや、ほとんどの人間は人間でなくなっている。
だが、それを熊が食したことが、間違いだった。
「あ、ああぃあ」
「お、おおぅあ」
「い、ぎぐげごごが」
熊の身体に付着した肉が声を上げている。
人でなくなった者達は、食べられ、熊の一部となっても生きていたのだ。
熊の皮膚を突き破り、そこから顔を出している。
身体中に、不気味な人面がいくつも貼りついた熊。
それは、もはや、熊と呼んでいいものではなかった。
ばき、べき、くちゃくちゃ、めきょ、ぎぎぎ……
長年連れ添った愛犬のロックが熊に喰われていく。
だが、それでもやることはいつもと同じことだった。
猟銃を構え直し、熊の眉間に照準を合わせる。
オレに気がついた熊が、こちらに向かって突進してきた。
弾は一発。
外すと命はない。
世界が終わりを迎えようと関係なかった。
オレはいつものように、ただ引鉄を引くだけだ。
どんっ、という音と、共に弾は熊の眉間を貫通した。
巨大な肉体がその動きを止める。
ロックは失ったが、何も変わらない。
また、新しい犬を育て、オレが死ぬまで鍛えていく。
そう思ったときだった。
ピクリ、と動きを止めていた熊が動き出す。
あり得ないことが起こっていた。
眉間を撃ち抜かれた熊の顔、その横から新たな顔が生まれている。
「……ロックっ」
それは先ほど、熊に食べられた柴犬ロックの顔だった。
「オォオオオォッ」
遠吠えが山に響き渡る。
それは獲物を仕留める時に、ロックがいつもあげていた遠吠えだった。
「そうか、ロック。オレはお前の獲物ってわけか」
二発目の銃弾を詰めようとする。
だが、その前に熊の身体が覆い被さってきた。
「ロッ……クっ!!」
わふっ、といつものように鳴いたロックが、オレの喉に噛み付く。
肉が千切れ、血が流れる。
ロックは嬉しそうに、オレの肉を喰らい続けた。




