幕骨 穴
長い間、仕事についていなかった。
毎日、妻の稼ぎで酒を飲んでは、つまらない賭事に夢中になる。
愛想をつかせた妻が、息子を連れて出て行くまで、そう長くはかからなかった。
酒代が尽きてから、ようやく後悔する。
俺は本当にどうしようもないクズだった。
「役人が仕事を募集してるみたいだべ」
酒飲み仲間だったサブが、割の良い仕事を紹介してくれる。
もう一度、人生をやり直す。
そんな都合のいいことは考えなかった。
ただ、迷惑をかけた元妻や息子に、少しでも何かを返したい。
そう思って、俺はその仕事を受けることにした。
「穴を掘れ、できるだけ深く、大きな穴だ」
俺やサブを含めて十人くらいの男が集められた。
街の裏山にある岩がゴロゴロと転がる採掘場だ。
こんな所に穴を掘って何になるのか。
そんなことは考えもしなかった。
金さえ貰えれば、それでいい。
与えられたスコップを地面に突き刺し、穴を掘る。
それが、俺の仕事になった。
「いやぁ、今日も働いたなぁ。飲みに行こうや、ジロどん」
「悪いな、もう酒はやめたんだ」
仕事が終わると毎日サブに誘われたが、まっすぐ家に帰る。
稼いだ金は、生活費を残して、全部、元妻に送っていた。
「たまには飲んだほうがいいど。無理はよくねえだ」
「いいんだ。もう俺は一生分、飲んじまった」
穴を掘る作業は俺に向いている。
ただひたすら穴を掘っているだけで、何も考えなくていい。
一ヶ月が経つ頃には、穴は深く深く、巨大なものになっていた。
「なあ、ジロどん。この穴、いったいなんのために掘ってるんだべな?」
「知らん。役人の考えなど俺たちにはわからん。黙って穴を掘れ」
そうだ。考えなくていい。
この穴がよからぬことに使われようが俺には関係なかった。
だから、疑問に思ったことを口には出さない。
みんなは気付いていないのか?
いつからだろうか。
もう随分長いこと穴の中にいる気がする。
地上に出たのは、もう随分と昔のような気がする。
穴はどんどん深くなり、梯子がないと外に出ることができない。
だが、誰もそのことを言ってこない。
みんな何日も飯も食わず、ただひたすら穴を掘り続けていた。
「なあ、ジロどん。この仕事が終わったら、一杯だけ付き合ってくれんか? なんだか、無性にジロどんと酒を酌み交わしたいんだ」
そう言ったサブの顔の肉が半分ずるりと落ちて、白い骨が見える。
そんなことは、まったく気にせずサブは、穴を掘り続ける。
「ああ、そうだな。一杯だけなら付き合おう」
いつのまにか、スコップを持っていた両腕が、白骨化していた。
それでも、仕事に支障はない。
いつものように、ただ穴を掘っていく。
ああ、そうか。
この穴はそういうことだったのか。
元妻が出ていき、酒代がなくなった時にしたことを思い出す。
俺はもう、とっくの昔に首をくくって死んでいたんだ。
穴を掘る。
ただひたすら掘り続ける。
その穴は俺達の巨大な墓場だった。




