幕骨 猿
とてもとても大好きなのに、いつも喧嘩をしてしまう。
幼馴染みのセレアに今日も乱暴なことを言ってしまった。
他の男子と仲良くするのを見て、イライラしてしまったからだ。
「タケルなんてもう嫌いっ。絶交だからねっ」
そう言って泣いたセレアの顔を思い出して泣きそうになる。
なんとか仲直りするために、学校が終わった後、山に花を探しに出かけた。
凶暴な猿が出るから、山に入っちゃいけないよ。
少し前に先生がそう言っていたが、関係なかった。
セレアを笑顔にするために、僕は山に登って行く。
もう二度と泣かさない。
そう、心に誓って、走り出す。
目的の花は山を少し登った丘にあった。
薄紫色の綺麗な花が一面に咲いている。
日が暮れる前に帰れそうだ。
セレアの年と同じだけの八本の花を積む。
これで笑ってくれるだろうか。
そんなことを思いながら、帰ろうとした時……
「うき」
花畑の中心に一匹の猿が座っていた。
目が大きな猿だった。
しかも、その目は異様なまでに赤く充血している。
「なんだよ、なに、見てんだよっ」
不気味な猿が怖くて、強がって叫んでいた。
猿はまるで、そんな僕を嘲笑うかのように見つめてくる。
「あ、あっちいけよっ」
地面に落ちていた石を拾って投げつける。
ただの威嚇だったので、猿には当たらず、その後方に飛んでいく。
「えっ?」
思わず声を上げていた。
石は当たってないはずなのに、猿の大きな目玉の隙間からドロリ、と血が垂れて地面に落ちた。
しかも、目だけではなく、耳からも口からも赤い血を流している。
ただの猿じゃない。
そう思った時には、逃げ出していた。
後ろから猿の足音とは思えない、不気味な音がついてくる。
「うわぁあああああああああ」
大声で泣き叫びながら、必死に駆け足で山を降りた。
しかし、どこまでも足音はついてくる。
振り向いちゃダメだ。振り向いちゃダメだ。
そう思いながらも、ついに僕は振り向てしまう。
血塗れの猿が僕に覆い被さってきた。
……セレアに花を見せるんだ。
襲ってきた血塗れ猿に抵抗する。
引っ掛かれ、噛み付かれ、それでも僕は諦めなかった。
僕は、血塗れ猿の手をとって、そこに思い切りかぶりつく。
もう一度セレアの笑顔が見たい。
僕は死ぬわけにはいかなかった。
泣き声が聞こえてくる。
セレアの声だ。
もう二度と泣かさないと決めたのに、どうしてセレアは泣いているのだろう。
セレアは左手の甲を押さえていた。
血が流れている。
誰かに噛まれたのか?
いや、違う。
僕が噛んだんだ。
血塗れ猿を噛んだつもりだった。
それがいつのまにかセレアに変わっていた。
なぜ? 猿はどこにいったんだ?
どうして僕はここにいるんだ?
そうだ。セレアに花を渡さなきゃ。
ずっと握っていた花束をセレアに向けて差し出した。
セレアの泣き声はますます大きくなる。
花はいつのまにか、猿の左手に変わっていた。
「ああああああああぁあぁあぁアぁぁああっ」
堪えていたものが爆発したように、僕は泣き叫ぶ。
セレアを笑顔にしたいのに。
どうして、こんなことになってしまったんだ?
猿だ。全部あの猿が、悪いんだ。
ごめんね、セレア、僕は、僕は……
涙が頬を流れて地面に落ちる。
それはあの猿と同じ、赤い色をした血の涙だった。




