第8話 勝って兜の緒を締めよ、とはまさに金言だと思う
さて、取り敢えず魔法をかけるか。
まず私はジャスティン・ウィンチスコットの手を再び握った。彼の体温が再び上がるが、特に気にせず、腰のホルスターから杖を抜き、頭を杖で軽く叩きながら呪文を唱える。
「『魔力の 結界よ 我らの 姿を 隠せ』『魔力の 結界よ 我らの 音を 防げ』」
魔力で出来た球体の結界が、私たちの周囲を覆う。
これにより外から私たちの姿は見えなくなったはずだ。……もっとも、透明人間になったわけではない。
外からだと、おそらく球体の鏡のようになっている。私の腕では、背景をスクリーンのように写すことはできない。
まあ、今は夜なのでそれでも十分に見えにくくなっているはずだ。
一方音は内側の音は外へ漏れず、外からの音はしっかり内側へと入るようになっている。
「気を付けてくださいね。これは本来、自分自身を中心として、球形の魔力の結界で音や光を遮断させる魔法です。ですが、今は魔法式を一部変えて、私とあなたを一人の人間として認識させています。その中心となっているのは、この手です。手を離したら、誤作動を起こして魔法は効果を無くします」
要するに手を離すなと、いうことだ。
ジャスティン・ウィンチスコットは神妙に頷いてから……やや驚いた様子で言った。
「お前のそれ、『物理結界』と『論理結界』の合わせた魔法だよな? その二つを組み合わせた魔法、しかも魔法式の一部改造……五年生相当じゃないか?」(く、悔しいけど俺よりもこいつの方が遥かに、魔法の分野では優れている……というかおかしいだろ!? いくら何でも、一年生でしかも入学してから二か月くらいしか経ってないのに、こんなにできるのはおかしい!!)
「まあ、私は天才ですからね。このくらいは当然ですよ」
そう言って胸を張る。
私がこの世界に来たのは入学式から約半年前で、言語習得にある程度の時間を要したことを考えても、それなりに時間があった。
それだけの時間があれば、特定の分野だけを、ある程度先取して習得することはそう難しくはないだろう。
一年生(小学五年生相当)が、五年生(中学二年生相当)の勉強ができていると思うと、まあ確かにそれなりに凄いが、でもその程度だ。
ほら、公文式で小学生なのに二次方程式とか因数分解とかを先取りしてやってる子とか、クラスに一人くらいはいたでしょう?
それと同じ……というと、なんだかちょっとしょぼく感じてきたな。
天才だと胸を張ったのはやめておいた方が良かったか……恥ずかしくなってきちゃったぞ。
いや、私が天才なのは事実だから問題はないか。
私、九歳で高卒認定試験を合格したし。天才は間違いのない事実だ
早熟なだけ、と言われてしまえば否定もできないけど。
「て、天才って、お前、自分で……」(いや、確かにそうかもしれないけど、言うか? 自分で)
「じゃあ、『私なんて大したことがない、凡人です……一年生が五年生相当の魔法を使えるなんて、全然大したことないですよ……』って言えばいいんですか?」
「それは腹が立つからやめろ」(そういうムカつくのはグランフィードだけで十分だ)
「ですよね。だから私が天才で、美少女であると自ら言うのは正解なわけです」
「それも少しウザいな……」(ま、まあ……ベレスフォードが言う分は可愛いから良いんだけど)
「じゃあどうすれば良いんですか?」
「何も言わなきゃ良いだろう」(黙っていれば、本当に可愛い女の子なんだから)
「確かに」
論破されてしまった。
私とジャスティン・ウィンチスコットは手をつなぎながら、夜の校舎を歩いていた。
……夜の学校って、思ったより雰囲気あるな。
巡回しているであろう教授に気を付けながら、私たちは廊下を歩く。
「ひぃ!!」
い、今! か、絵画の女性の目が、ギロって、ギロって動いた!
め、目が合った……と、というか見つめて来てるし!!
「お、落ち着け、ベレスフォード」(だ、抱き着くなよ……)
「い、いや、お、落ち着いてられませんよ! ほ、ほら、だって、あの絵画、動いて……」
「忘れたか? あの絵は元々動くだろ」(そういう魔法が掛かった絵だろ。いつも真昼間から、こっちをジロジロ見てくるじゃないか)
あ……
そ、そう言えば、この世界では絵の中身が動くのはそんなに珍しいことじゃないんだった。
ふ、ふざけるなよ!
アニメじゃないんだから、絵画の中身を動かすんじゃない!!
どういうセンスしているんだ? この世界の住民は!!
「……落ち着いたか? 落ち着いたら、離れてくれ……」(お、お前の方が心臓に悪いよ……きゅ、急に抱き着かれたら、こ、心の準備が……い、良い匂いするしさ……)
「わ、分かってますよ……私は最初から、落ち着いています。こ、怖くなんて、これっぽっちもなかったんですからね!」
幽霊なんてものはいないと私は思っている。
それは科学的にも、私の信仰する宗教的にもだ。
例えいたとしても、あちらがこちらに干渉できる以上は、こちらもあちらへ干渉できるはずで、要するにぶん殴れる。
花子さんだか、スレンダーマンだか、なんだか知らんが、拳で殴ってどっちが上か教えてやればいい。
だから怖くない。
今のは……ちょっぴり、びっくりしただけだ。いや、だって私にとっては絵画は動くものじゃないんだもの。例え、この世界の絵画はよく目を動かしたりしゃべったりするって知っていたとしても、実際にそれを目撃すれば――しかも深夜となると――びっくりしてしまうのは、おかしなことじゃない。
そう、別に私は怖がりなんかじゃないのだ。
そこのところは勘違いしないで欲しい。
「しかしベレスフォードが怖がりだとは思わな……」(ちょっと可愛いなぁ)
「別に怖がりなんかじゃ、ありません! 勘違いしないでください!」
「じゃあ、何で俺に抱き着いたんだよ」(やっぱり、俺を誘って、こういう時に俺に抱き着いたってことは俺のことを頼りになると思っていてくれていることで、も、もしかして俺に気があるとか……)
「驚いただけです。たまたま近くに、あなたがいただけです。勘違いしないでください」
もし仮に私の側にいたのがギルバート・グランフィードでも私は抱き着いただろう。
要するに反射的な行動なのだ。
別に頼りになるとか、そういうことは欠片も思っていない。
そんな風に言いあっていると……
遠くから足音が聞こえた。
不味い、教授の巡回だ。
私たちはとっさに物影に隠れる。
「もっと詰めてください!」
「お、おい……そんなに押すなよ!」(変なところに手が触れて、嫌われないように気を付けないと……)
ジャスティン・ウィンチスコットにとっては、私に“痴漢”だと思われることは、教授に発見されるよりも嫌なことらしい。
が、私は教授に見つかるくらいならばジャスティン・ウィンチスコットに“痴漢”された方がマシである。
鞭打ちなんて、絶対に嫌だぞ。
足音が近づく。
それに伴い私たちの心臓の鼓動も早くなり、そして握り合う手にも汗が滲んでくる。
(はぁ……どうしてこんな見回りをしなきゃならないんだ。学園は結界があるから、基本的に侵入の危険性なんてないはずだけど……あー、夜歩きする子供がいるからか。全く……そういう迷惑なガキがいるから、こっちの仕事が増えるんだ。もし見つけたら、タダじゃおかない)
そんなことを考えながら、教授は通り過ぎて言った。いやー、申し訳ありません。
幾度かの危機を乗り越え、渡り廊下を渡り切り、ようやく私たちは図書館へとやってきた。
「……それで、場所は分かっているんだよな? 早く、済ませろよ」(ま、まあベレスフォードと一緒にいられるなら、もう少しいても良いけど)
そ、そうか……私はもう心臓バクバクだから、帰りたい気分だけど。
しかしここまで来て引き下がるわけにはいかないのも事実。
さてさて……問題は禁書庫がどこにあるかだ。
が、しかし目星はついている。
禁書庫の場所は地図には記されていないが、見取り図は公開されている。そしてそれを注意深く見れば、不自然な空間が確かにある。
その周辺を調べれば良い。
私は試しに本棚を、筋力強化魔法を使って動かしてみる。
すると……ビンゴ。隠し扉だ。
「魔法とかで隠していると思ったんだが、思ったより原始的な隠し方をしているんだな」(ちょっとがっかりだな……もっと、こう、凄い封印とかされていると思ったんだけど)
「それは正直同意しますが……まあ、それだと私たちでは見つけられませんし」
禁書庫と言うと仰々しいが、要するにR十八指定の本を隔離しているだけ……みたいなものだから。
こんなものなのかもしれない。
さて、私たちは隠されていた扉を開けようとして、二人掛かりで押したり引いたりしてみたのだが……開かない。
鍵が掛かっているな?
「……魔法鍵ですね」
「まあ……そりゃあ、これくらいの防犯はしているだろうな」(今まで、道中に施錠がなかったことの方が驚きだよな)
私たちは悪戦苦闘すること一時間、私はどうにか鍵を開けて、中に入ることに成功した。
「おお……」
「凄いな」(思ったより、たくさん本がある……)
というか、見取り図で見たよりも広いな? ……もしかして空間魔法で拡張されているとか?
早速、私はジャスティン・ウィンチスコットの手を引きながら、お目当ての本を探す。
その間に『黒魔法』と『白魔法』について説明しよう。
この『黒』と『白』を決めているのは非常に単純明快、法律だ。
法律で残虐・危険・非道徳・非倫理的とされた魔法は『黒魔法』に指定され、その使用には一定の制限が掛かる。
その制限もいろいろで、絶対に使用してはならないものもあれば、研究目的ならば問題ない、許可を出せば対人使用も問題ない……と様々である。
禁書庫に収められているのはそんな黒魔法に関連する書籍、及び危険な『魔導書』である。
魔導書は、それそのものに魔力が込められた本だ。
中には『読んだら死ぬ本』みたいなのがあったりする。何の目的でそんなものを書いたのやら。
まあ、魔導書は独特の魔力を放っているので、簡単に分かる。
触らなければ危険性はない。
さて、そうこうしているうちに精神魔法関係の棚に到着した。
ジャスティン・ウィンチスコットの言う通り、品揃えが“非”禁書庫とは大違いだぞ。
目移りしちゃうじゃないか。
本当は全部を読みたいが……そんな時間はない。
私はタイトルを見て、役立ちそうな本を三冊ほど選んだ。
そして持ってきたインクと紙を広げる。
「『紙とインクよ 知識を 写し取れ』」
印刷魔法を使い、本のページを一枚ずつコピーしていく。
「無許可での印刷魔法って、校則違反だよな?」(まあ、今更だけど)
「はい……今更ですが」
もっとも、見つかった時に罪が重くなるのは事実だけどね。
さて三時間ほどの作業の末、すべてを写し取ることに成功した。
もう十分だろう。
私は鞄にコピーした紙の束をしまい込む。
そしてジャスティン・ウィンチスコットに向き直った。
「帰りましょう、Mr.ウィンチスコット」
「あ、ああ……」(これでもう終わりか……ちょっと惜しいな)
この時、私たちは初めての“悪戯”が成功したことで、気が緩んでいた。
今思えば、どうしてこんな間抜けな失敗をしたのか分からないが……
私は自分の体に、屈折魔法と防音魔法をかけ直すのをすっかり忘れていたのだ。
それに気づいたのは、図書館から渡り廊下を渡り、校舎に辿り着き……
「そこにいるのは誰だ!!!」
僅かに立ててしまった物音を、巡回していた教授に聞かれた時だった。