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第7話 しちゃダメと言われると、やりたくなってしまうのが子供心だと思う

 魔法学園には図書館があり、学生はそれを自由に利用できる。

 私の通っていた大学には百二十万冊ほどの本があったが、ここの図書館も中々で、八十万冊ほどの本があるらしい。蔵書数が豊富なのは良いことだ。


 その図書館で本棚を眺めながら私は唸っていた。

 現在、私は自分の超能力――すなわち読心能力――について研究している最中だ。


 私は自分の能力が魔法由来のものであると考えている。

 少なくとも私の知っている範囲内の現代科学では説明できない。一方魔法の中には人の心を読んだり、のぞいたりするものがあり、逆にそれを妨げたりするものもある。つまり魔法では説明ができるかもしれないのだ。


 学業については、まあ全科目で学年一位を取れる程度にはできているので問題はないだろう。

 魔法・魔術だと身構えてはいたが、どうということはない。

 所詮は満十歳児が受けるような授業だった。


「『最強の浮気対策! 読心魔法!!』……碌なものがない」


 浮気対策の読心魔法が私の読心能力の研究に役立てるとは思えない。

 さてどうするか……もうこれで精神魔法関係の学術書は全て読んでしまった。


 仕方がない。とりあえず今は興味のある分野の本だけでも読むか。


 私は図書館を回って一冊を選び、テーブルに座った。

 図書館はどこの国も静かなものだが、しかし心の声だけはシャットアウトできないので雑音はある。


 普段はさほど気にならないはずなのだが……


(ど、どうしよう。黙って隣に座るか……い、いや、それは変なやつだと思われるしなぁ。錬成術の課題で分からないものがあるから教えて欲しいと声を掛ける……いやいや貴族である俺が仮にも平民に教えを求めるなんてあっちゃダメだ。何の本を読んでいるのか聞く? いや、あいつのことだ。「タイトルを見ればわかるでしょう? あなたの顔についている目は何のためにあるんですか?」とか言いそうだしな。というか何だよ、『魔法法則と諸法則は共存し得るか ―多元科学主義と一元科学主義―』って。絶対、つまんないだろ、それ)


 はっきり言って五月蠅い。

 私がその“声”の聞こえる方向に視線を移すと、その本人であるジャスティン・ウィンチスコットはビクリと体を震わせた。


「よ、よぉ……ベレスフォード。き、奇遇だな」(ど、どうしよう……目が合っちゃった)


「……座ったらどうですか?」


 私は自分の前の席に座るように促した。

 するとジャスティン・ウィンチスコットは素直にこくこくと頷いて、そこに座った。

 

 このままずっとあんな変な内心を垂れ流されても鬱陶しいし、少しだけ会話してやるか。聞きたいこともあるし。


「実はお聞きしたいことがあります。この学園のことで」


「そ、そうか? ま、まあ……平民を導いてやるのも、貴族の義務だからな。何でも聞くと良いぞ。何しろ、父上はこの学園の卒業生だからな。それなりに詳しいぞ!」(べ、ベレスフォードが俺に質問を!? よ、よし……ここで完璧な回答をして、気を引こう)


 張り切っているようだ。

 結構、結構。


「実は精神魔法関係の本を読みたいのですが、本棚にある分は殆ど目を通してしまいまして。もっと専門的な内容の本はどこにあるか、知っていますか? ……無いと言うことはないと思うのですが」


 仮にもリデルティア共和国、最高の教育機関だ。

 ないということは絶対にない……と思う。私の大学も大抵の本は揃っていたし。


「精神魔法? ……そういうのは大抵、黒魔法指定されているし、禁書庫にあるんじゃないか?」(まあ、あそこは教授の許可がないと入れないけど)


「それはどこにあるんですか?」


 黒魔法は分かるが、禁書庫なんて場所は聞いたことないぞ?

 するとジャスティン・ウィンチスコットは難しそうな表情を浮かべた。


「図書館にあるらしいが、場所までは……隠してあるんだってさ」(下級生が“冒険”したら危険だからと……危険な魔導書とかもあるらしいし)


 うーん、仕方がない。

 少し危険だけど……



 夜間外出(校則違反)でもしますか。








 さてそれから一週間後。

 真夜中、とっくに寮の門限を過ぎている時間帯。


 私は学園の広場で、密かにある人物を待っていた。

 ……そろそろ待ち合わせの時間だが。


「……ベレスフォード、こんな時間に何の用だ」(ほ、本当にベレスフォードだ……良かった、誰かの悪戯じゃなくて)


 やってきたのはジャスティン・ウィンチスコット。

 私が彼を呼び出したのだ。


 できるだけ可愛らしい便箋を選び、「ジャスティン・ウィンチスコット様へ。今夜、学園の広場で待っています。伝えたいことがあるので、来てください。エレナ・ベレスフォードより」と手紙を書いて、下駄箱に放り込んでおいたのだ。


 案の定、やってきた。

 チョロ過ぎて心配になる。将来、悪い女に騙されないだろうか……もう騙されているから関係ないか。


 私はジャスティン・ウィンチスコットに駆け寄り、その手を握った。

 ジャスティン・ウィンチスコットの顔が真っ赤になる。


 性的興奮、期待、混乱、緊張、歓喜、そんな感情が混ぜこぜになっている。


「そ、その……なんだよ」(も、もしかして……こ、告白とか? 俺たち、両想いだった? いや、でも貴族と平民だし……)


 期待させるような手紙を書いておいてなんだが、君は私に好かれるようなことを一度たりともしただろうか? 冷静になって考えて欲しい。

 私の顔面を狙って、ボールを投げただけだろう?

 これなら棒高跳びを見て惚れる方が、数百倍説得力があるぞ。


 という言葉は飲み込み、私は言った。


「さあ、早速、夜の冒険に出かけましょう!」

「……はぁ?」(夜の……冒険?)

「目的地は禁書庫です。ご安心を、すでに調査は済ませてあります。そこから本を印刷魔法で写し取るのが私たちに課せられたミッションです。さあ、行きましょう!」


 私はジャスティン・ウィンチスコットの手を取って歩き出そうとする。

 が、しかし彼は動かなかった。

 運動能力は私の方が上だが、筋力では男子のジャスティン・ウィンチスコットの方が強いのだ。


「どうしましたか? 早くしないと教授に見つかります。そうなると罰則が……」


「すまない、状況が理解できない。……どうして俺がお前に付き合わなければならない?」(み、見つかったら良くて鞭打ち、最悪、晒し者にされるじゃないか!)


 その通り。

 夜歩きは校則違反で、当然禁書庫への侵入も校則違反、無許可での本の印刷も校則違反だ。


 見つかれば退学……にはならないとは思うけれど、厳しい処罰を受けることになる。

 この国、日本だと人権侵害じゃないかと思うような罰則が横行しているからな。

 「私は夜歩きしました」という看板を首から下げさせられて、広場で立たされている上級生を見たことがある。

 あれは嫌だな。まだ鞭打ちとかの方が良い。


 だがしかし、No pain,no gain.(虎穴に入らずんば虎子を得ず)だ。

 そしてまた、

Ask, and it will be given to you; (求めよ、さらば与えられん)

seek,and you will find; knock, (尋ねよ、さらば見出さん)

and it will be opened to you.(門を叩け、さらば開かれん)

 とも言う。


 リスクを恐れる者に、神が恩寵をくださることはない。

 禁書庫に入らなければ、お目当ての本は絶対に得られないのだ。


 が、しかしリスクをできるだけ軽減することも大切だ。

 

 そこで、賢い私は考えた。


 お貴族様と一緒ならば、罰則も緩くなるんじゃないだろうかと。

 この国は露骨に身分差別がある。……つまり平民の学生と貴族の学生では、悪いことをした時の罰の厳しさが違うのだ。


 それを逆手に取る。

 

 まあ……それにほら、一人より二人で言った方が怖くないじゃない? 

 いや、別に夜の学校が怖いとか、そんなんじゃないからね?

 お化けとか幽霊とかが出るんじゃいとか、思ってないから。本当だぞ? これっぽっちも、怖くなんてないんだからね!


 というわけで、まず最初に考えたのがクリスティーナ・エデルディエーネだ。 

 彼女はああ見えてノリがいいので、私が誘えば「何それ、面白そう!」と言ってくれるだろう。 

 だが……頼りない。正直、お化けが出てきても一緒に震えている絵面しか……い、いや、私は震えたりはしないけど。


 次にラインハルト・ブランクラットだ。

 彼はイケメンだし、運動能力も私には劣るが悪くないし、それに男子だ。魔法の腕も立つ。

 頼もしいとは思うが……彼はノリが悪い。多分、「校則を破るなんてダメだよ!」とか真顔で言う。

 あいつは大学の新歓で、周りの新一年生も飲んでいるのに自分だけ「僕は未成年だから、飲まないよ」とか言って烏龍茶飲んでいるタイプだ。

 顔と雰囲気は陽キャだが、性根は空気の読めない陰キャだ。


 そして消去法的に最後に残ったのはジャスティン・ウィンチスコットである。

 彼もまあ……イケメンだし、運動能力も案外良いし、魔法の腕も貴族なだけあって立つ。

 噛ませな性格を除けば、頼りになる男だ。

 何より私に惚れているから、頼めばまず断ることはないだろう……それにノリが良いことも分かっている。よく、友人と悪ふざけをしているところを見たころがある。

 つまり陽キャなのだ。

 問題はB級映画だと、開始十分くらいで空からトルネードに乗って飛んでくるサメに食われるようなキャラクター性だが……


 まあ、逆に言えば囮にはもってこいということになる。

 もしサメのゴーストに襲われたら、ジャスティン・ウィンチスコットを囮にして逃げれば良い。

 君のことは忘れないよ……


 いや、そんなもの現れるはずもないのだが。


「……心細かったので。あなたしか、頼める人がいないんです。……ダメ、ですか?」


 やや上目遣いで言うと、ジャスティン・ウィンチスコットは顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


「い、いや……べ、別に……迷惑じゃないし、それに、まあ楽しそうだし……良いだろう。付き合ってやる、感謝しろよ!!」(よ、よし……ここで、俺が頼りになる男であることを見せつけてやろう! そうすればベレスフォードも少しは俺のことを見直すはずだ)


「はい、ありがとうございます」


 計画通り。


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