第5話 好きな子に意地悪しちゃう男心は、読心能力でも分からない
このゲームにはステータスがある。
と言っても、これは恋愛ゲームで、学園モノだ。モンスターを倒してレベル上げとか、そういう要素はない。
「今日は何をしますか?」みたいなコマンドが出てきて、「勉強」を選べば知力が上がり、「スポーツ」を選べば運動能力が上がる、「おしゃれ」を選べば魅力があがる……というようなステータスだ。
キャラを攻略するには一定以上の「数値」が必要となるし、そしてまたこの「数値」次第ではシナリオが分岐する。
ちなみにそういうコマンド入力だとステータスの上昇値は小さいので、一定以上の数値にしたければミニゲームみたいなものをクリアしたり、アイテムを使用する必要がある。
主に私が担当していたのはそれだ。
まあしかしそれはゲームのお話である。
現実的にはボタン一つで知力が上がるはずもなく、そして試験の点数も上がらない。
だから真面目に勉強をしなければならないし、体も動かさなければならない。
もっとも、私は恋愛にはさほど興味はない。
だから運動も学問も好きなようにやるつもりだった。
さて、今日は初の魔法に関する授業だ。
魔法学園というからには朝から晩まで魔法のことを勉強すると思うかもしれないが、まあ実際のところは授業の三分の二が魔法とは無関係の基礎教養科目――日本で言うなれば国数英理社――である。
まともに数学もできない、自国の言葉も書けない、歴史も知らないでは困るので当たり前といえば当たり前である。
そういうわけで、初の魔法ということで少しだけ楽しみにしながら、教室を目指していた。
魔法学の授業は大抵、大きな教室で、他クラス合同で行われるのだ。
さて、私が大講義室に入った時にはすでにほとんどの席は埋まっていた。
どこか日本で大学に通っていたころを思い出すような構造の教室を見渡し……一つだけ席が空いているのを見つけた。
長い席にずらりと友人同士らしき男子が座っていて……そこの隅が空いている。
一般的な日本人はこういうところに座るのには気が引けるらしい……が、アメリカ生まれ(が関係しているかどうかは分からないが)の私にとっては、どうだって良いことだ。
「隣、空いていますか? Sir. 」
私は銀髪の少年に声を掛けた。
育ちが良さそうな顔立ち……見るからに貴族だ。その少年はやや驚いた様子で私の顔を見た。
(か、可愛い……)
うん、それはよく思われる。
「聞いていますか、Sir. 」
「え? あ、ああ……見ての通りだよ」(空いてるけど……普通は遠慮して座らないだろ?)
「では失礼しますね」
こいつに遠慮する必要性が見出せなかったので、私は遠慮なく座った。
養父母や教授、尊敬している人物にならば敬意を表する気にはなるが、同学年のガキに遠慮する必要はあるまい。
しかし私が座ったことに、ややその少年と愉快な仲間たちは不愉快になったらしい。
いや、すまないな。文句は広い教室を用意しなかった学園側に言ってくれたまえ。
「……お前、名前は?」(まあ、可愛いから許してやる。どこの家の子かな?)
名乗る前に自分から名乗り給え……と言いたいところだが、それを口に出すほど私は社交性がないわけではない。
「エレナ・ベレスフォードです」
「……ベレスフォード? 聞いたことないな」(そんな貴族家、あったっけ?)
「平民ですからね。聞いたことがあったら驚きです」
私がそう答えると、その少年と愉快な仲間たちから、やや私を見下すような感情が溢れてきた。
まあ、これはこの学園に入学してから今に始まったことではないので気にするつもりはない。
「あなたは?」
「ジャスティン・ウィンチスコットだ。まあ、お前がどうしてもって言うなら仲良く……」(平民でも可愛いしな。ちょっと物を教えてやるくらいなら……)
「どうしても、とは思わないので結構です」
お貴族様のお友達は、クリスティーナ・エデルディエーネやラインハルト・ブランクラットで間に合っている。
(な、なんだよ、こいつ……可愛い顔してるくせに、性格は悪いな!)
それもよく思われる。
さてそうこうしているうちに授業が始まった。
魔法学、といってもその分野は多岐に及び、当然授業もたくさんある。
この授業で私たちが学ぶのは『一般常用魔法』である。
要するに常用漢字みたいに、日頃からたくさん使うから、覚えておきましょう……という魔法だ。
ところで魔法と言われると、何をイメージするだろうか?
私はまずシンデレラの胡散臭い魔法使いで、次にド〇〇エとかのゲームで出てくるようなやつだ。
この世界の魔法はどちらかと言えば、前者に近い。
実際、変身魔法という分野が存在するのでシンデレラの魔法使いみたいなこともできる。
ただし、理論を学べば。
この世界の魔法は、魔法法則と呼ばれる物理法則とは根本的に異なる法則を利用した科学技術なのだ。
だから魔法の行使には、魔法式と呼ばれる数式のようなものを覚えなければならない。
まあ、「大切なのはイメージです」「考えるな、感じろ!」と言われるよりは分かりやすくて良い。もしそういう感じの技術だったら、才能がないと詰む。
授業は前半四十五分で魔法式や簡単な理論を教授の雑談を交えながら話し、後半四十五分では実技で実践するというものだ。
合計九十分の授業……私の大学は百五分だったから十五分少なくて楽だけど、これは満十歳児相手に適切な時間なのか? 寝ている奴や遊んでいる奴もいるぞ。
と思いながらも、ノートでメモを取っているうちに前半終了。
そして後半になって教授はこんなことを言い始めた。
「では隣で二人組を作ってください。二人で相談しながら、今まで教えた魔法を成功させなさい。二人揃って成功したら合格、帰ってもよろしい。もし授業時間までに合格できなければ、次回までの課題とします」(まあ、これで次回からはしっかりと授業を聞くでしょう。……それでも真面目にやらないのであれば、落第し、退学になるだけ)
あー、なるほど。そう言えば義務教育じゃなかったな、ここは。
日本みたいに全員が全員、できるようになるまで面倒は見てくれないのね。
なら九十分という授業時間も納得できる。そもそも全員にまともに教育を施す気がないのだ、ここの教師は。
しかし隣と二人組か……私の隣は……
「足を引っ張るなよ、平民」(よし、俺がいかに優れているかを見せて、尊敬させてやろう)
嫌がられると思ったが、意外に張り切っていた。
良かった。
「はい。ご教授お願い致します、Sir. 」
私はワンドと呼ばれる短い杖を取り出した。
まあご教授してもらうことなんてないけれどね。すでに予習で一通りできることは試したし。
「ふん、見てろよ? 手本を見せてやる。『光よ 闇を 打ち払え』」(魔法は少しだけ、父上に習ったからな。自信がある!)
ジャスティン・ウィンチスコットはそう言って杖を振り、魔法語を唱えた。
日本語訳すると仰々しい呪文だが、要は灯りを付けるだけだ。
彼の杖の先端がピカッ! と光る。さすがは貴族。魔法使いの両親からそれなりに教わってきているのかもしれない。
「どうだ?」
「うーん、でも光も弱いですし、何か明滅してません? ……あ、消えた。これでは不可では?」
「は、はぁ!? じゃあ、お前がやってみせろよ! 平民女!!」(これで失敗したら、馬鹿にしてやる!!)
はいはい。
私はノートに視線を下して一度魔法式を確認する。
魔法式は『込める魔力量』『魔法語の語彙・発音』『杖の振り方』を決める重要な要素。私の見立てではジャスティン・ウィンチスコットは杖の振り方が少し誤っていた。
だからそれを修正して……
「『光よ 闇を 打ち払え』」
予習通り、成功した。
教室を見渡すと……光らせるまではできても、お手本通りレベルに達しているのは私だけみたいだな。
まあ、仮にも私は女子大生だ。小学五年生レベルの連中に負けるわけにはいかない。当然の結果だな。
「な……お、お前、イカサマしただろ!」(平民が貴族の俺よりできるなんて!)
「どんなイカサマですか……良いから早く習得してください。あ、何だったらお教えしましょうか?」
「け、結構だ!」(っく……こ、こんなはずじゃ……)
さいですか。
私は他の魔法を一度試し、問題なくできることを確かめてから、図書館から借りた本を開いた。
そして隣に声を掛ける。
「教えて欲しくなったら言ってくださいね」
「誰が!!」(ウィンチスコット家の長男だぞ、俺は!)
あ、思い出した。ジャスティン・ウィンチスコット……ゲームのそこそこ重要なキャラだ。
確か女主人公を選んだ時は影が薄いけど、男主人公を選んだ時は活躍する……とネットの情報で見た気がする。
まあ、噛ませキャラとして、だけど。
「お、おい……ベレスフォード」(く、悔しいけど……あいつに先を越されるよりはマシだ)
「分かりました、コツをお教えしますね?」
私が本を閉じ、ジャスティン・ウィンチスコットの手を取った。杖の振り方を教えるためだ。
「く、くっつくなよ、平民! 平民臭がうつる!!」(い、良い匂いする……よく見ると肌も髪も綺麗だし、目も宝石みたいだし、顔はやっぱり可愛いし……それになんか、エキゾチックな感じがして魅力的……落ち着け!! あ、相手は平民だぞ!!)
「魔法に集中してください、Sir. 」
こんなに言動と脳内が一致してない奴、初めてだな。ちょっと面白いぞ。
ちなみに私たちは一番に全ての課題を終わらせ、二十分間の猶予を持って授業を抜けることができた。良かった、良かった。
……ところが問題はそのあとだった。
なぜか、ジャスティン・ウィンチスコットが私にやたらと構うようになったからだ。
いや、なぜかというのは正確ではない。理由は分かっている。
私のことが好きだからだ。
どうやら彼は貴族主義者なのにも関わらず、平民の私に恋してしまったらしい。
クー・クラックス・クランに所属する白人が黒人に恋をするレベルの話だ。
そのせいで拗らせに拗らせている。
素直に好きというわけにはプライド的にも立場的にも言えないせいで、私に意地悪をすることで気を引こうとしているのだ。
無論、そんなことをされて「キャー、素敵、ジャスティン様♥」となるはずがなく、適当にあしらい続けた結果、彼の“意地悪”はエスカレートしていった。
おっと……
私はとっさに、真横から飛んできたボールをキャッチした。
危うく、顔面に当たるところだった。
投げてきたのはジャスティン・ウィンチスコットである。ニヤニヤしている。
今日もこれで私の気が引けると思っているらしい……本当にガキの考えていることは理解できん。
しかしボールを顔面に狙って投げる……どこもガキの考えることは変わらないんだな。
そして私の対応も変わらない。思いっきり、ジャスティン・ウィンチスコットの顔面を狙ってボールを投げ返す。……良し、当たった。今日も調子がいいな。
「すみません、コントロールを誤りました」
「ウソをつけ! 絶対にワザとだろ!!」(こ、こいつ、可愛いからって良い気になりやがって!!)
そう言いながら彼は顔を真っ赤にさせ、そして怒りと屈辱の感情を高ぶらせながら詰め寄ってきた。
「それはこちらのセリフですね。先に私にボールを投げつけたのはそちらでしょう? もし、私の顔に傷でもついたら、どうしてくれるんですか? ……あなたがお嫁にでも貰ってくれるんですか?」
試しに揶揄い半分で言ってみると、彼は顔を真っ赤にさせた。
「は、はぁ? だ、誰がお前みたいな平民を! 俺は、純血の名家、ウィンチスコット家の長男だぞ!! この、チビブス女!」(よ、嫁って……お、俺とベレスフォードが結婚!? そんなことはできないし、ああ、でも……)
「そうですか、それは良かったです。私はあなたみたいに、家名しか誇る物がないような人はごめんですからね」
「う、うるせぇえ!!」(か、可愛いからって調子に乗るな!!)
感情の行き所を無くした彼は、私の胸倉を掴んだ。
わずかに私の体が浮き、つま先立ちになる。
「何ですか? やりますか? 喧嘩なら買いますよ?」
「う、うるせぇ……」(な、殴るわけにはいかないし……)
激情に駆られてやってしまったが、この後特に何かをしようとは思っていなかったようだ。
まあ、いくら「好きな子にちょっかいを出しちゃうお年頃」でも直接的な暴力を振るえば嫌われるということくらいは理解できるだろうしね。
と、僅かにジャスティン・ウィンチスコットの手が緩んだ時だった。
「おい、ウィンチスコット! 何をしている!!」(あの噛ませキャラ、また平民の子を虐めているのか?)
聞き覚えのある声が聞こえた。
あー、また面倒くさいのが来たな。
私は内心でため息をつきつう、後ろを振り向く。
そこにいたのは私とは別クラスの男子。
ギルバート・グランフィード。
『リデルティア・ストーリー』の男主人公である。
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