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第4話 人に上から目線で説教しながら飲む紅茶は美味しい

「奇遇ですね」


 私はそう言ってラインハルト・ブランクラットから見て左斜め前に座った。

 ちょうど、彼の友人の前の位置になる。


 私が座るのを見て、クリスティーナ・エデルディエーネも丁度ラインハルト・ブランクラットの前に座った。


「これから料理を取ってくるので、ここの席を守っていてもらえませんか?」

「あ、ああ……それは構わないが」(この子は……ああ、クリスティーナと殴り合いをしていた。……どうして仲良く一緒にいるんだ?)


 それは私にも分からない。


 とりあえず私はクリスティーナ・エデルディエーネを連れて、料理を取りに行くことにした。



「料理はどれをとっても、いくらとってもタダです。もっとも、残すと罰金をとられるので自分が食べられる量だけを持っていくことをお勧めします。何度取りに行っても大丈夫です。ただし皿とコップは必ず変えてください」


 たまに変えないやつがいる。本当に何を考えているのか、理解できない。

 客、全員と集団間接キスでも狙っているのか?

 この中にもいるんだろうな……まあできるだけ考えないようにしているが。


 とりあえず不安だったので、今回限りは彼女と一緒に料理を取ることにした。


「こんな感じで良いの?」(綺麗に配膳するのって、意外に難しいのね。屋敷の使用人の子たちって、実は高い技術を持っていたのね……)


 どうやらまた一つ、新たな発見をしたらしい。


「大丈夫でしょう。多少雑に盛ったところで、わざわざ覗き込んで品評してくる人はいませんよ」


 まあ心の中で苦言を言う人はいるが。


「ところで、エレナ。あなた随分たくさん盛ってるけど、大丈夫なの?」(食べきれるのかしら? エレナって小さいから食が細そうに見えるけど)


「私はそれなりに食べる方です。まあ、小さい(・・・)ですけどね」


 私は下品に見えない程度に盛った皿に視線を落とす。

 こういう時に読心能力は便利だ。どの程度のことをすれば周囲が不快に思うのか、手に取るように分かるのだから。

 まあ余計な言葉も聞こえてしまうけれど。


 料理を取り終えた私たちは、ラインハルト・ブランクラットのもとへと戻ってきた。

 が、しかしいたはずの彼のご友人がいなくなっている。

 これはどういうことか。


「ご友人はどうされましたか?」


「ああ……課題がまだ終わってないらしくてね。それを思い出して、急いで教室に戻ったよ」(女の子二人に囲まれて食事はできないって……僕を置いて逃げないでくれよ……)


 逃げられたようだ。

 どうやらラインハルト・ブランクラットは自分の婚約者であるクリスティーナ・エデルディエーネと私のことを苦手としているらしい。


 初対面が婚約者との殴り合いだった私を苦手とするならばともかく、婚約者が苦手なのはどうなのか?

 彼らの今後が不安……

 ああ、そう言えばゲームでは女主人公(わたし)に寝取られて、破局するシナリオもあるんだっけ。

 

「く、クリスティーナ。どうしてここへ?」(典型的な貴族であるクリスティーナがこんな場所に来るなんて、あり得ない)


「エレナがここで食事をするというので。私も彼女に合わせましたの」(ま、まさかラインハルト様と一緒に食事をすることができるなんて! か、髪、崩れてないかしら?)


 微妙に温度差があるのがちょっと悲しいな。

 とりあえず私は平民らしく、二人のお貴族様のサポートに、つまり会話の潤滑油に徹することにした。

 がしかしどんなに私が油に徹していても、二人の会話はぎこちない。

 しまいには二人揃って、この場から逃げたそうにしている。


 はぁ……


「私、料理のお代わりを持ってきますね」


 私はそう言うや否や立ち上がり、追加の料理を持ってくるためにその場を離れた。

 とりあえず、二人きりにしてみることで二人の関係を探る。


 できるかぎりの料理を積んで私が帰ってみると、やはり想像通り冷え込んだ空間ができあがっていた。


(き、気まずい……)

(気まずいですわ……)


 それを言いたいのはこっちのセリフなのだが。

 おかげで普段よりも食事の美味しさが二割減だ。


「お、お帰り! エレナ……また、随分と持ってきたわね」(本当に食べるのね……)


 元々私はたくさん食べるタイプだ。

 給食のお代わりジャンケンでは読心能力を使って連戦連勝していた。


「ねぇ……その、太らないコツとかってあるの?」(私も食べる方だけど……食べると太っちゃうのよね)


 そう言えば彼女のあだ名は白豚だったな。

 物語が進むに連れて太っていくと、又従姉が言っていた。


「簡単です。食べた分、消費するんです。いえ、消費した分だけ食べるのが正しいですね」


 私は体を動かすことは結構、好きだ。


 日本にいたころは毎朝、公園の周りを走っていたし、一人で筋トレもよくしていた。

 市民体育館が利用できる時は、マット運動なんかをすることもある。……一人でだけど。


 この学園は(学費は高いが)いろんな施設を無料で利用することができるので、私はそういうのを利用して毎日体を動かしている。

 読心能力は便利だが、いろいろストレスが貯まるので、発散したくなるのだ。 


 ちなみに私の特技はバク転だ。これはひそかな自慢だったりする。

 まあ、披露する機会はあまりないんだけど。


「しかし……無理なダイエットは体に悪いでしょう。少なくとも今のところ、あなたの体型は不健康と言うほどでもありません。成長期ですし、好きに食べたら如何ですか? 無論、バランスを考えた上でですが」


「そ、そうかしら?」(ラインハルト様に嫌われないかしら……たくさん食べる女って、印象が良くないような……)


 安心したまえ、もうすでに嫌われている。

 という言葉を私は咀嚼してから答えた。


「たくさん食べる女の子が好きという男性は多いですよ」


「そ、そうなの? ……じゃあ私、お代わり取ってくるわ」(気にしすぎだったのかしら?)


 さて、目論見通り私はこの場からクリスティーナ・エデルディエーネを外すことに成功する。

 そして内心で「僕は細い女の子の方が好みなんだけどな……エレナ・ベレスフォードみたいな感じの」などと呟いているラインハルト・ブランクラットに、視線を向けた。


「私に聞きたいことがあるんでしょう?」


 私と二人っきりで話したがっていた、いろいろと聞きたがっている様子の彼に言った。

 すると彼は驚いた様子で目を見開いた。


「あ、いや……」(どうしてそれを……)

「早くしてください。彼女が戻ってきます。二人きりになりたかったのでしょう?」


 まあ何を聞きたいのかは内心の声が聞こえているので分かっているのだが。

 聞かれない限りは答えられない。


「その……どうしてクリスティーナと仲良くしているんだ? 君は、平民出身だろう?」(クリスティーナは平民を差別するような、典型的な貴族主義者のはずだけど)


 だから僕は彼女のことが好きになれない。


 彼女の傲慢な性格が好きになれない。

 差別主義的な考えに賛同できない。

 僕は彼女のことが……好きになれる人間が理解できない。


 エレナ・ベレスフォードはどうして彼女と、クリスティーナと一緒にいるのだろうか? 

 クリスティーナの長所は、親しくしている理由は何なのか。


 

 などとウジウジウジウジと内心で垂れ流すラインハルト・ブランクラット。

 うん、やっぱり私はこいつのことが好きになれないな。

 クリスティーナ・エデルディエーネが彼のことを好きになる理由がまるで分からない。


 まあもっとも、彼と違い、その感情を理解するつもりは私にはないのだが。


 

 ラインハルト・ブランクラットの質問に一つ一つ答えていると、本題に辿り着く前に日が暮れてしまいそうなので、私は彼が求めている“本当の問い”の答えから口にする。


「あなたがクリスティーナのことを好きになれないのは、クリスティーナの良いところを見ようとしていないからです」


「い、いや僕は彼女のことをそんな風に……」(ど、どうして聞いてもいないことを……)


「態度と先程の質問を聞けば、察しはつきますよ。で、本題に戻りますが……あなたはクリスティーナの悪いところばかりを見ようとしている。良いところから目を反らしている。違いますか?」


「そんなことは……」(まさか、僕がそんな酷いことを……)


「ならば無自覚なんでしょうね。あなたは彼女のことを、“醜い”人間だと思っているようですが、あなたも大概、醜い。お似合いのカップルかと」


 正義感が強く、善良だと周囲から思われていて、そしてそれを自らも認めている彼にとって、「お前は性格が悪い」と正面から言われたのは初めての経験だったのだろう。

 驚きとショックで口をパクパクさせている。


「どうしてあなたがクリスティーナを好きになれない、いや好きになろうとしないのか、どうしても悪いところしか見えないのか。それは彼女の貴族至上主義的な考え方……いえ、それは違いますね。彼女が私と仲良くしている段階でそれは否定されています。にも拘わらず、あなたのクリスティーナへの嫌悪が解消されない理由……おそらくはクリスティーナには何の問題もないのでしょう」


 正確に言えばないわけではないが、しかし根本的な要因ではない。

 さてさて、その理由は何か。

 私は当てずっぽうを言ってみることにした。


「親への反抗ですか?」

「はあ? 僕が両親と不仲だって言うのかい? 言いがかりは止してくれ!」(どうして僕が父親のことが嫌いなことを知ってるんだ……)


 どうやら正解だったらしい。

 子供は親の背中を見て育つという。良くも悪くも。

 学園に来るまでは貴族は家庭で教育されるから、彼の人格形成の根本が家庭に、そして両親にあることは容易に推測できる。


 いやはや、全く。反抗できる両親が健在なのは羨ましいことだ。私の父親は私の反抗期を待たずに私と母を捨て、母は私を放り出して自ら天国……いや自殺者だから地獄か? に行ってしまったから。


 そういうのは素直に羨ましいし、同時に妬ましい。……だからちょっときつく当たりたくなる。


「父親が嫌い。だから父親が決めた結婚も気にくわない。結婚相手は自分自身で決めたい……そんなところですか? だから嫌いになる理由を探しているんでしょう?」


 なるほど、原作ゲームではこれがしっかりと当てはまってしまったわけだ。

 平民をイジメて、ブクブクと太っていく……それは嫌いになるには十分、正当な理由になる。


「あ、いや……ち、ちが……僕は……」(別に僕は嫌いになる理由なんて探していない……探しているはずが……いや、でも、まさかそんな、それが本当なら、僕はクリスティーナに酷く不誠実なことを……)


 やはり彼は真面目で善良で正義感が強いらしい。

 自責の念で苦しみ始めた。


 これが本物の屑だったら、悩まず、幸せになれただろうに。可哀想なものだ。


「まあ……しかしもしあなたがこのことをしっかりと自覚し、悔いることができているのであれば、救いようはありますね」


 まあ正直、クリスティーナも大概にアレだしね。

 平民イビりをしていたのは事実なわけだし、小太りなのも――相手の容姿が好みではない、セックスのやり方が気にくわないなどの、いわゆる『性の不一致』は立派な離婚原因となる――彼が好きになれない理由としては、責められない。

 

 私だってチビデブハゲが婚約者だったら泣きたくなる。……クリスティーナはそこまで酷くはないが。


「ところで、お見合い結婚と恋愛結婚。どちらの方が長続きしやすいか知っていますか?」

「それは……恋愛結婚じゃないか?」(互いに好きな人と結婚するわけだし……)


 やはり彼は典型的な恋愛脳だな。恋愛を絶対視している。

 私には理解できないね。恋愛なんて、劣情と性欲の言い換えでしかないのに。


「不正解です。……お見合い結婚の方が長続きします。恋愛結婚の場合は互いに、『最高潮に好き』なところから夫婦関係が始まるので、互いの好意は上がりにくく、下がりにくい。お見合い結婚の場合は互いに『好きになろうと努力する』ところから始まりますから、好意は容易に上昇します。ね? 簡単でしょう?」


 お見合いの場合は両親や仲介してくれた人に恥を掻かせられないから、ということの方が大きいような気もするが、そういうことは無視する。

 相手を論破するときに必要なのは、自分に有利な論理だけを持ってくることだ。


「好きになる努力をしてみては如何ですか? 人の短所は同時に長所でもありますよ。傲慢だということは、つまり自分に自信があるということです。血筋や家を重視するのは、それだけ歴史や伝統の大切さを分かっているということです。小太りなのは……まあさりげなく自分の好みを伝えてみれは如何ですか? 幸いにも彼女はあなたのことが好きのようですから、あなたが自分を好きになってくれるように努力をすることでしょう」


 私が思うに、好きになってもらえるように努力する異性に好意を抱かない者はいない。

 私だって、ちょっとくらいは良い気分になるんだから。


「そ、そうだね……」(彼女の言うことは尤もだ……)


 それからラインハルト・ブランクラットはしばらく自分の気持ちに整理をつけてから、私の手を握った。


「ありがとう、Miss.ベレスフォード!! 君のおかげで僕は自分の間違いに気付けた!本当に、ありがとう! 君は僕の恩人だ!!」(親が決めたとか、そんなことはクリスティーナと僕の間柄には、関係のないことだ。僕はクリスティーナの婚約者、それ以上でもそれ以下でもない。ならば、クリスティーナのことを大切にしなきゃいけないし、クリスティーナのことを好きになる努力をしないといけない! こんなことに気付かなかったなんて……)


「そうですか、それは結構なことです」


 私は彼の手をゆっくりと引きはがしてから、紅茶に口をつけた。

 

 うーん、やっぱりあれだな。

 SEKKYOUをした後に飲む紅茶は美味しい。

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