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第31話 失って初めて分かる幸せがあるなら、失って初めて分かる不幸せもある



「そういうわけなので、何かあったらMr.ウィンチスコットを助けてあげてください」

「……別に良いけど、お前が助けに行くべきじゃないのか?」(お前のダンスのパートナーだろ?)


 翌日、私はギルバート・グランフィードに「もしジャスティン・ウィンチスコットがピンチになっていたら助けてあげて欲しい」と頼んだ。

 

 ギルバート・グランフィードは私と同様、同学年の中では強い方だ。

  

 ついでに言えば、正義感も強い方なので持ってこいの人材である。


「私は女なので男心は分かりませんが……」


 正確に言えば、読心能力があるので分かる。

 もっとも理解はできないけれど。


「好きな子に助けてもらうというのは、男子としては屈辱的なことなのではありませんか? 特にあのあたりの、十一歳くらいの男子には」


 私だって助けたいのは山々だ。

 しかし小さな親切、大きなお世話にはなりたくない。

 彼はただでさえ、私よりもいろいろと劣っていることを気に病んでいるのだ。喧嘩しているところを助けられる……なんていうのは、屈辱中の屈辱ではないだろうか?


「それは……そうだな」(特にあいつはすごく気にしそうだな……)


 やはり男なのか、男の気持ちは分かるらしい。

 伊達に私よりも三十年無駄に生きているだけはあるな。


「私が手助けして、臍を曲げられるのも面倒ですし。それにダンスパーティーでギクシャクしたくないので、お願いします」


「俺がギクシャクすることは良いのか?」(一応、同じクラスなんだぞ?)


「元々、あなたたちの仲は良くないでしょう? これ以上悪化しても問題はありません」


「……仲が良くないって知ってるなら、そんなことを頼むなよ」(まあ……昔ほどあいつも絡んでこなくなったけどな。ベレスフォードのおかげで、丸くなったし。今は噛ませキャラというよりは、ただのツンデレキャラになってるような気がする)


「イジメは、許さないんじゃないんですか?」


「うっ……あまり過去のことを持ち出すなよな。あー、分かったよ、うん、助けるさ。ヤバそうだと思ったらな」(あいつのことは気にくわないが、だからといってイジメを容認して良い理由にはならない。それは俺が、一番知っているはずだ) 


 私が彼の黒歴史を持ち出すと、彼はあっさりと承諾した。

 

「頼みますよ」

「ああ、任せておけ。このことは当然……」(ジャスティン・ウィンチスコットには言わない方が良いよな?)

「ええ、絶対に伝えないでくださいね」


 まさか私がそんな気を使っているなどと知れたら、間違いなく彼は拗ねるだろうからね。








「エレナ、お菓子をくれないと呪いを掛けちゃうぞ!」(さすがのエレナも、このくらいの冗談は通じるわよね?)


 翌日。

 私と顔を合わせたクリスティーナ・エデルディエーネが唐突にそんなことを言いだした。


 呪いをかけられるのは勘弁願いたいので、私はバックからクッキーの入った包みを渡した。


「これでどうですか?」

「おお! やっぱりエレナもこういうイベントに参加する気はあるんだね」(エレナのことだから「受けて立ちますよ」とか言いだすのかと……)


 失礼な。


「ところで、お菓子をくれないと呪いを掛けますが、持ってますか?」

「もちろん。はい、エレナ」(エレナ、甘い物は好きだったよね?)


 そう言って彼女は綺麗にラッピングされた箱を渡してきた。

 ありがたく、私はそれをバックにしまった。


 今日は十月三十一日。

 地球ではハロウィーンと呼ばれる、キリスト教の祭日である。

 まあ、日本ではただのコスプレ大会になっている気もするが。


 リデルティア共和国にも何故かよく分らないが(まあメタ的な視点で考えれば、ゲームのプレイヤーに親しみが持てるように地球にあるイベントをそのまま移植したということになるのだが)ハロウィーン的な祭日がある。


 ところでどうして祭日に登校しているのか……

 というと、昼に学園が収穫祭のパーティーを開いてくれるからだ。


 教師(大人)から生徒(子供)へのささやかなプレゼント、ということらしい。


 ちなみに授業はない。

 昼のパーティーが終われば、それで解散となる。


 そもそもパーティーも自由参加だ。


「エレチー! クリティー! お菓子をくれないと、呪いを掛けちゃうぞ?」


 背後から声を掛けてきたのは、テロリスト女ことリスティア・リステルシアである。

 今日も相変わらず、内心が読めない。


 と言っても、感情だけは微妙に漏れている。

 ……一応、収穫祭を祝う気持ちはあるみたいだ。


 もっとも、クリスティーナ・エデルディエーネに対しては本気で呪いをかけたいと思っているようだが。

 ああ、怖い。


「はい」

「どうぞ」(相変わらずお元気ですわ)


 私とクリスティーナ・エデルディエーネはリスティア・リステルシアにそれぞれお菓子を渡した。

 彼女はお菓子をしまってから、小包を取り出し……


「あー、どうしようかなー、なんか、あげたくなくなってきちゃったなぁー」

「お菓子をくれないと、呪いをかけますわよ?」(こういうことでしょうか?)


 クリスティーナ・エデルディエーネの言葉は正解だったらしい。

 リスティア・リステルシアは満面の笑みを浮かべ、彼女にお菓子の小包を渡した。


 ……毒とか、爆弾とか入ってないだろうか?

 と思ったが、漏れ出ている感情が正しければ、少なくとも今すぐ殺そうとは思っていないようなので、まあ大丈夫そうだ。


「ほら、エレチーも」

「えー……お菓子をくれなきゃ、呪いを掛けちゃうぞ?」

「ダメダメ! そんなに恥ずかしがっちゃ! もっと、心を込めて、可愛く!」


 何だ、このテロリスト女。

 ウザいな。


「とっとと、寄越せ! 呪いをかけるぞ」

「ひぇ……感情込め過ぎだよぉ……」


 などと言いながらも、ケラケラ笑ってからリスティア・リステルシアは私にお菓子を渡してきた。

 結構、結構。


「そうだ、エレチー! クリティー! これ、あげるね」


 そう言って彼女は私とクリスティーナ・エデルディエーネの頭の上に何かを被せてきた。

 彼女自身も何かを被る。


 私はまじまじとクリスティーナ・エデルディエーネとリスティア・リステルシアを見た。


 二人の頭にはそれぞれ犬耳とウサギ耳が生えていた。

 

 なるほど、仮装か。

 

「エレチーは猫耳だよー! あは、黒猫さんみたい!!」

「あら、可愛らしいですわよ。エレナ」(エレナって猫っぽいし、よく似合っているわ)

「……そうですか。誉め言葉として、受け取っておきましょう」


 正直恥ずかしかったので、取り外したくなる衝動に駆られたが……

 それはそれで「ノリが悪い」と思われそうなので、つけたままにする。


 しばらく談笑していると、私の視界に一人の男子生徒が映った。

 ……今日は私から声を掛けてやるか。


 私はクリスティーナ・エデルディエーネとリスティア・リステルシアから少し離れ、彼――ジャスティン・ウィンチスコット――に声を掛けた。


「お菓子くれなきゃ、呪いをかけちゃうぞ?」

「へ? ……え、あ、べ、ベレスフォードか」(ね、猫耳? か、可愛い……は、反則だろ、それは……)


 ちょっと想像していたよりも高評価だった。


「ほら、呪いを掛けますよ?」

「あ、ああ……ほら、これで良いんだろ?」(にしても、こいつって仮装とかしなさそうなのにな)


 いや、貰ったからつけているだけだ。

 わざわざ用意したりするのは面倒だから、普段はしない。

 無論、用意してくれるならばする。


 私にもイベントを楽しむくらいの社交性はある。


「あー、お菓子をくれないと、呪いをかけるぞ?」(……どんなお菓子をくれるんだろうか? まさか、飴玉一つとかじゃないよな? いくら金がないからって、さすがにそれは傷つくんだけど)


 失礼だな、お前は。


「どうぞ」


 私はバックからクッキ―を包んだ袋を取り出し、彼に与えた。

 ちゃんとしたものが出てきたことに、彼は少し驚いたようだ。……いや、失礼過ぎるだろう。


 少し反撃するか。


「ところで、少しはもっと、こう……可愛らしくラッピングするとか、そういうことは思い至らなかったんですか?」


 私は既製品をそのまま、商品が収められていた箱のまま出してきたジャスティン・ウィンチスコットに苦言を言った。

 せめて、リボンか何かで包むべきではないだろうか。

 私だって、可愛くラッピングしたのに。


「うるせぇよ……包んでおいた紙なんて、どうせ捨てちまうし、良いじゃねぇか」(は、恥ずかしいだろ……可愛らしく、なんて。いや、迷ったけどさ)


 あ、迷ったんだ。

 うーん、まあ男子なんてそんなものか。


「まあ、でもありがとうございます。これ、王都で有名なブランドものの焼き菓子の詰め合わせですよね? 私の口には滅多に入らないものです。ありがたく、受け取ります」


「お、おう……喜んでもらえて、何よりだ。と、ところでお前のこれは……」(も、もしかして……)


 どうやら勘付いているようだ。

 私は頬を掻いてから答えた。


「一応、手作りです。……なんか、すみませんね。こんな高いものを貰ったのに、そんなのしかあげられなくて」


 私はお金がないので、自分の手で作るしかなかった。

 幸いにも台所は簡単に借りることができた。

 クッキーなら安く大量に作れるので良いかと思ったのだが、やはり見劣りする。


 正直、申し訳ない気持ちがある。


「い、いや……別に、構わない。大事なのは……ほら、あれだ。気持ちだからな」(べ、ベレスフォードの……手作り? ごくり……)


 何故か興奮し始めるジャスティン・ウィンチスコット。

 ……好きな女の子のものとはいえ、クッキーに欲情するなんて本当に恋愛ってのは摩訶不思議だな。


「ああ、そうだ。これも……やるよ。今日は、その、あの日だろ?」(気に入ってくれると良いんだけど……)


 そう言って今度は、先ほどのお菓子とは違い綺麗にラッピングされた包みを渡してきた。

  

 そう……実は今日は私の誕生日なのだ。

 今日で丁度、この世界に来て一周年を迎えたというわけだ。


 しかし意外だな……


「よく、覚えていましたね。随分と前に、少し話題に触れただけでしょう?」


 一応、収穫祭と同じ日だとは教えた。

 いつだったか……そう、夜の探検を行ってからしばらくの頃だな。


 ジャスティン・ウィンチスコットが急に「実は俺、誕生日なんだ」とか言うものだからその時は祝いの言葉を送り、後日プレゼントを贈った。

 その時、私の誕生日を聞かれたので、そう答えたのだ。


 少なくとも私と会話している時、彼が私の誕生日について思いを巡らせることはあまりなかったので(まあジャスティン・ウィンチスコットが実はとんでもなく優れた精神結界の使い手であれば話は別になるのだが)、てっきり完全に忘れているとばかり思っていた。


 最近は感謝祭のことばかりを考えていたようだし。

 

「ま、まあな……」(わ、忘れられるわけないだろ。家でずっと、何を贈れば良いか、考えてたんだぞ! ……お、お前の前だと、恥ずかしくなっちゃうから、できるだけ考えないようにしていたけど)


 ふと、私の脳裏に、顔を真っ赤にさせてベッドの上で転げまわりながら、誕生日プレゼントについて思いを巡らせているジャスティン・ウィンチスコットの姿が思い浮かんだ。


 ……ちょっと、可愛いじゃないか。不覚にも萌えてしまったぞ。


「ありがとうございます。……ところで、これは綺麗に包装されていますけど、もしかして……」


「は、母上と一緒に選んだ。だから……悪くはないはずだ」(まあ、俺の好みがちょっと入ってるし、ベレスフォードが気に入るかは分からないけど……)


「それは安心ですね……開けても良いですか?」


 私はジャスティン・ウィンチスコットに尋ねた。

 彼はやや赤い顔で頷く。


 では遠慮なく……おぉ。


「ど、どうだ?」(き、気に入ってくれたかな? 表情が読めない……やっぱり母上が選んでくれたものの方が良かったかな……自分のセンスに自信がない)


「気に入りました。素敵です……良いセンスですね」


 箱の中に入っていたのは、髪飾りだった。

 宝石で作られた花の櫛だ。


 これをジャスティン・ウィンチスコットが選んだとするならば、良いセンスをしていると思う。

 ……下手したら私よりも女子力が高いということはあるまいな?


「そ、そうか? なら、良かったんだが……」(つけて、貰えないかな?)


 これはちょっと渡りに船だな。

 いい加減恥ずかしくなってきたので、私は猫耳カチューシャを外し、彼から貰った櫛を髪につけた。

 軽く髪を手で整える。


「どうですか?」

「ん……ま、まあ、に、似合ってるんじゃ、ないか?」(か、可愛い……いや、違う、綺麗だ……)


 そ、そうか……

 なら、良いんだけど、ちょっとだけ私も恥ずかしいな。


「ふ、ふん! お、俺はもう行くからな! じゃあな」(あー、心臓がバクバクする……)


 しかし私以上に彼は恥ずかしかったらしい。

 一目散にどこかへ行ってしまった。




 それにしても……




 今回は前と比べて、ずっと素敵な誕生日になった。




「ここに来れて、良かったな……」


 ふと、私の口からそんな言葉が漏れたのだった。


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