第30話 せめてまともに「夜警」くらいはしてもらいたいな
日本で殺人が起きたらどうなるだろうか?
まあ、基本的に犯人が自主するか、目撃者でもいない限りは大抵、死体が見つかったあたりから事が動くだろう。
まず、警察がそれが事件か事故かを調べる。
そして事件であると考えた場合、犯人の特定を始め……最終的に逮捕状が出てから、逮捕される。
その後、起訴された場合は裁判で有罪・無罪を争い、有罪になれば何らかの処罰が下る。
と、細部は違えど大抵の国ではこのような流れになるだろう。
少なくとも、普通の、地球の国では。
だがリデルティア共和国では違う。
リデルティア共和国において警察の代わりとなる存在は、警邏隊と呼ばれる組織である。
殺人が発生して、死体が見つかればその死体を調べるのは警邏隊の仕事だ。
警邏隊はまず死体を調査し、個人を特定できる何かがないかを調べる。
まあDNA鑑定などないし、大抵の場合は装飾品とか服装で判断される。
殺された人間が誰か、個人を特定できた場合はその家族に死体が引き渡される。
また個人を特定できなくとも、しばらくの場合は死体は保存される。
そして行方不明になったことに気付いた家族が、その死体を引き取りに来る。
引き取り手が来なかった場合は、火葬された後に集団墓地で埋葬される。
以上。
………………
…………
……え?
事件の捜査はしないのかって?
するとも。
家族や友人が。
警邏隊?
彼らの仕事は治安維持であり、そしてその場で発生した犯罪を処理することであり、すでに発生した犯罪の処理は彼らの仕事ではない。
そんな能力も、権限もない。
だから犯人を特定し、その人物を起訴し、法廷に連れて行くのは……
被害者の家族や友人の仕事である。
当然、家族や友人がいなければその事件はそれで終わり。
いたとしても、家族や友人に捜査をする余裕がなければ、または最終的に犯人を見つけることができなければ、完全に泣き寝入りだ。
まさに自己責任。
殺した方と殺された方では、間抜けに殺された方が悪いというのがこの国の暗黙の了解である。
無論、これは殺人だけでなく、強盗・強姦・暴行、すべての犯罪に当てはまる。
被害者は自力解決が求められ、できなければ泣き寝入りするしかない。
全く、新自由主義者が泣いて喜びそうな国だ。
ただ、犯罪を犯したもん勝ちということにはならない。
リデルティア共和国は日本と比べて、血縁・地縁の繋がりが強い。
だからよほど周囲の人間と繋がりがない人間でなければ、親戚・知り合いを数十人単位で動員できるし、事件を捜査する探偵のような存在を雇うこともできるのだ。
ついでに言えば――あくまで立証できればだが――仇討ちも認められている。
だから……まあ結局、悪いことをしたら枕を高くして眠ることはできないというわけだ。
ところでどうしてこんな話をしたのかというと……
「Mr.ウィンチスコット、また怪我をしていますね」
「う、うるさい、ぶつけただけだ……」(いちいち構うなよ……)
今日もジャスティン・ウィンチスコットと共に、体育館で運動をしていたのだが……
彼は頬に怪我をしていた。
最近、ちょいちょい怪我をしているように見える。
無論だが彼はクリスティーナ・エデルディエーネのように間抜けでもドジっ子でもないので、あちこちでぶつけたりしない。
彼が最近、怪我をしているのはあちこちで喧嘩をしているからだ。
原因は私だ。
平民女なんかと踊ろうとする貴族の裏切り者……
みたいな感じで、最近はしょっちゅう絡まれているようである。
彼も決して喧嘩が弱いわけではないが、複数人が相手だったり、相手が上級生となるとやはり負けないまでも勝てないようだ。
ところで学校は何をしているのかというと、何もしてない。
私がした殺人事件の話を思い出してほしい。
殺人事件でさえ、自力解決が求められるのだ。
学校内でのいじめや喧嘩など、当然「自分で処理しなさい」となるのは当然だろう。
親に泣きつくことはできないこともないが……親に頼るのは情けないこと、という風潮があるので大抵はやらない。
一生、「親に頼ったやつ」呼ばわりされるくらいならいじめられた方がまだマシというのがこの世界の社会の風潮である。
まあ……だからこそ、クリスティーナ・エデルディエーネはゲームの世界で女主人公をイジメ続けることができたし、逆に私は喧嘩で彼女を殴っても特に問題にはならなかった。
今のところ私は喧嘩では負けていない。
が、それは私の喧嘩相手が私と大して年齢が変わらないからで、今後上級生に絡まれたらさすがに負けるかもしれないと、内心で戦々恐々している。
無論、ただで負けるつもりなどないのだが。
「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だって、言ってるだろう?」(どうせ、すぐ終わるさ。元々、縁を切る予定の連中だしな)
ラインハルト・ブランクラットは露骨に親平民派だが、イジメられていない。
これは彼が最初から親平民派であることを表明していたからだ。
敵視されてはいるが、まあだからと言って大貴族の子息に直接喧嘩を売りに行くやつは少ない。
それに彼も一人で親平民派をやっているわけではない。
当然、仲間がいるのだ。
一方ジャスティン・ウィンチスコットは元々は反平民派であった。
少なくとも、周囲はそう思っていたのだ。
まあ、だから裏切り者扱いされているわけで、いずれは沈静化するだろう。
しかし……私と踊るのは、本当に良いのだろうか?
家の立場的に。
一気に親平民派に傾き過ぎていないだろうか?
「……ところで、本当に私と踊っても良かったんですか?」
「な、なんだよ……急に! い、嫌になったのか?」(よ、弱い男だと幻滅されたんじゃ……)
んな、アホな。
そんな理由で踊るのをやめるはずがない。
「いえ、やっぱり平民の私と踊るのは角が立つのではないかと……」
「それはお前が心配することじゃない。……お前は、黙って俺と踊れば良いんだよ」(父上は問題ない……というか都合が良いって言ってたし。……何が都合が良いのか、分からないけど)
なるほど、ウィンチスコット閣下の許可は取ってあるのか。
ということは、多分私とジャスティン・ウィンチスコットが踊るのはウィンチスコット閣下の謀略の一つだな。
どういう謀略か……
反平民の旗を掲げ続けてきたウィンチスコット閣下がいきなり平民に対して親和的になるから、息子を親平民派に見せかけて、ちょっとずつ平民側に擦り寄る作戦……とか?
もしかしたら、自分と息子が対立している……ように見せかけて、何らかの釣りをしているのかもしれない。
まあ、何にせよ私が気にすることではないな。
「い、良いから……早く、やるぞ」(と、言っても、バク宙はもうできるようになったし、特に練習するものはないけど)
うーん。
そうだな……
「提案があるのですが、聞いていただけませんか?」
「……何だよ」(ダンスのパートナーを降りるとか、嫌だぞ)
そんなことは提案しない。
「喧嘩の練習をしません?」
「はぁ?」(何を急に……)
困惑した表情を浮かべるジャスティン・ウィンチスコットに対し、私は笑みを浮かべた。
「いえ、お互い、最近いろいろと大変でしょう?」
「べ、別に俺は……」(お、お前なんかに、心配されるほどじゃない)
はいはい、分かってますよ。
「あなたは大変でなくとも、私は大変なんです。ですから、自衛の練習をしません?」
「……別に良いけど、具体的には何をするんだよ」(殴り合い……とか? 確かにベレスフォードは拳で語っている印象があるが……)
失礼だな。
いや、自業自得だけどさ。
「そうですね。殴り合い……は悪くはないと思いますが、やっぱり自分よりも体格と魔法力が上の相手には不利ですよね」
私は天才ではあるが、しかしそれでも限界はある。
特に身体能力強化の魔法は体格と魔力量に左右される。
同年代ならば男子が相手でも負けない自信はあるが、二、三歳年上となるとちょっと自信がない。
まあ、それでも正中線を貫けば勝てると思うけどね。
「じゃあ、こういうのはどうですか? ……ちょっと、私に掴みかかってください」
「ええ? わ、分かった……」(あ、あまり体に……胸に触れないようにしないとな)
変に意識しながらジャスティン・ウィンチスコットは私の服の胸倉の辺りを軽くつかんだ。
私もジャスティン・ウィンチスコットの服の袖を掴む。
「舌を噛まないようにしてくださいね?」
私はそう言ってから……
ジャスティン・ウィンチスコットを投げ飛ばした。
綺麗にクルっと回転してマットの上を転がるジャスティン・ウィンチスコット。
「いってぇ……な、何なんだよ」(ぜ、全然抵抗できなかった……)
「柔術の一種です」
たまにテレビとかで、柔道とか合気道とか、中国拳法とかをやったりするだろう。
芸能人が習ったりとかする、よくあるやつだ。
そういうのと本やネットの知識で齧った武術だ。
私は一度目で見た動きは大抵真似できるので、こういうのを結構習得しているのだ。
「一緒にこれを練習しましょう」
「……まあ、確かに役に立ちそう、だな」(……で、でも密着し合うから変なところに触ったり、って、俺は何を考えてるんだ!)
本当、お前は何を考えているんだよ。