第29話 両親に言いたい数少ないお礼のうちの一つは「可愛く産んでくれてありがとう」かな?
「どういう卑怯な手を使ったか、言いなさい。この平民女」(平民のくせに!!)
「そうよ、このチビ!」(こんなちんちくりんが……認められない!!)
魔法競技大会の翌日、私はいつの間にか十人程度の女子たちに取り囲まれていた。
いくつか、見たことのある顔もあるし、見たこともない顔もある。
唯一確かなのは、その中に私のクラスメイトが含まれていないということだ。
私のクラスメイトは半年間の付き合いの中で、私は、つまりエレナ・ベレスフォードという人間は売られた喧嘩は積極的に買うタイプであり、そして口喧嘩でも殴り合いでも魔法の撃ち合いでも喧嘩に関しては無敗を誇るということを知っているからである。
まあ、しかしそんなことは今はどうでも良い。
多くの人々が気になっているのは、私がどうして複数の女子に取り囲まれているのか、ということだろう。
その答えは今日が「魔法競技大会」の翌日であることと、大きな関係がある。
つまり……
「平民の分際で、ウィンチスコット様とダンスパーティーに行くなんて、生意気よ!」(こんなチビの卑しい女が、ウィンチスコット様に選ばれるなんてありえないわ! きっと、卑怯な手を使ったのよ!!)
私がジャスティン・ウィンチスコットとダンスパーティーに行くことが、彼女たちは気にくわないのだ。
ジャスティン・ウィンチスコットが私――エレナ・ベレスフォード――に恋をしていることは、どう見ても明白である。
合同授業で二人組を作る時には真っ先にエレナ・ベレスフォードを誘い、エレナ・ベレスフォードの前ですぐに顔を赤らめ、エレナ・ベレスフォードに対してはすぐにムキになったり、やたらと「チビ」「ブス」を連呼し……
と、かなり露骨なのでよほど鈍くない限りは読心能力などなくても分かるはずだ。
だがしかし――ユリウス・カエサル曰く――人は欲する現実しか見ない。
世の中には、ジャスティン・ウィンチスコットが「私を差し置いて」エレナ・ベレスフォードを好きになるなんてあってはならない、と思う人がいる。
そういう人たちにとってはジャスティン・ウィンチスコットが私を毎回誘うのは、「高貴な貴族様が卑しい平民女を気遣ってらっしゃる」ように見えるし、顔を赤くするのは「怒ってらっしゃるから」で、ムキになったり悪口を言うのは「エレナ・ベレスフォードのことが嫌い」だからなのだ。
「何とか、いいなさいよ! このブス」(これだから平民なマナーを知らない! 抜け駆けは禁止なのに!!)
残念ながら私はジャスティン・ウィンチスコットのファンクラブ会員ではないので、「抜け駆け禁止」などというルールは知らない。
「そう言われましても、誘ったのは私ではなく、あちらですからね」
「それは……ウィンチスコット様がお優しいからよ! あんたを気遣ってらっしゃるの! あんまり、ウィンチスコット様に迷惑をかけるんじゃないわよ!」(ウィンチスコット様が、こんな女のことを好きになるなんであり得ないわ!)
どういう気遣いをすればダンスパーティーに誘うということになるのだろうか?
不思議だなぁ……
「では、どうして私はMr.ウィンチスコットに……」
「様をつけなさいよ、生意気よ!」(平民のくせに!)
うるさいなぁ、こいつら。
「はいはい、ではウィンチスコット様はどうして私を気遣ってくださっているんですか? あなたたちではなく、私を」
私がそう尋ねると、彼女たちは額に青筋を浮かべた。
「はぁ? だから、あんたが卑怯な手を使ったんでしょう? 知ってるわよ、母親が死んだとか、父親に捨てられたとか、吹聴して回ってるんでしょう? そうやって、周りのみんなの気を引いてるんでしょう?」(本当に、ムカつく!!)
別に私は親が死んだ云々の不幸エピソードを吹聴してなどいない。
ただ「ご両親は何をしているのか?」と聞かれたときに、不都合がない程度に正直に話しているだけである。
聞かれたから、答えている。それだけだ。
まあ口止めはしていないので、「広めている」と言えばそうなのだが、しかしそれは何度も同じことを聞かれたくないからである。
まあ、しかし現実が見れないとは可哀想な連中だな。
仕方がない、私が現実を教えてやろう。
「それはきっと根本の理由ではないと思うんですよね」
「はぁ? 何を言って……」(根本?)
「だって、あなたもウィンチスコット様の気を引くために、私の真似をしようと、嘘の不幸話をしたんでしょう?」
私は先程から私に攻撃的な言動をしてきた、リーダー格の女に言った。
読心能力を持つ私に、隠し事など無意味だ。
「わ、私がそんなことをするわけないじゃない! あんたじゃあるまいし!!」(ど、どうしてバレてるの!?)
「そうよ、アンナちゃんがそんなことをするわけないじゃない!」(この成金女! 三世代しか続いていない、ちょっとお金がある程度の平民と大差ない家柄の分際で! 自分では抜け駆け禁止って言っておきながら自分は抜け駆けしようとしていたなんて、許せない!!)
早速、ジャスティン・ウィンチスコットのファンクラブの中で亀裂が生じ始めた。
まあ、「ジャスティン・ウィンチスコットが好き」というだけで結びついている集団なので、元々壊れやすい関係だったんだろうけれど。
「そうですか? でも、あなたは陰でアンナさんの悪口を言っていましたよね? 自分がやっているのに、他人はやっていないなんて、よく思えますね」
「わ、私がそんなことするわけないじゃない! ち、違うのよ、アンナちゃん! こ、この女が適当なことを……」(う、うそ? どうして知ってるの? どこで聞かれた……だ、だれがチクったの?)
「ブスだ、デブだ、ニキビだ、成金だ、三世代しか続いていない卑しい家柄だ……云々と言っていたじゃないですか」
あっという間に疑心暗鬼に陥る集団。
脆いもんだな。
さて、そろそろ本題に入るか。
「しかし、ブスは大変ですね」
私がそういうと、空気が凍り付いた。
私に対して敵意が集まるのを感じる……が私は続ける。
「不幸な話をしても、悪口を言っても、気を引いて貰えないなんて……可哀想ですね。いやー、皆さんの不幸な顔に比べれば、私の不幸なんて些細なことですよね。本当に、大変ですねー、ブスは、ブスは、ブスは」
大事なことなので三回言った。
いや、まあぶっちゃけこの集団の中の顔面偏差値にはバラつきがあるし、誰もが一様に醜いとは言えないのだが、面倒なので一纏めに「ブス」扱いしておく。
私のことをブスだ、チビだと言ったことの仕返しだ。
「はぁ? ブスはあんたでしょう!! ブスっていう方が、ブスなのよ! この、ブス、ブス、ブス!!」(この女、言わせておけば……)
「私が例えブスでもあなたがそれ以上にブスであるという現実は変わりませんよ?」
「この女!!」(許さない!!)
一人が私の胸倉を掴んできた。
まあ、しかし大して怖くはない。相手はクリスティーナ・エデルディエーネのような大貴族ではなく、良くても精々が中流程度だからだ。
「悔しかったら整形して出直してきたらどうですか? ああ、酷過ぎるから手の付けようがありませんか? 可哀想に、心底同情します。涙が出ちゃいそうですよ……クスクス、じゃなかった、シクシク」
小馬鹿にしたように私が言うと……
集団の中の一人が、杖を抜いた。
私は笑みを浮かべた。
「抜きましたね?」
さて、ここからは正当防衛の時間だ。
「お、お前……性格ブスだな……」(うわぁ、女って怖い)
ブス女どもをボコボコにし終えた私は、物陰からこちらをずっと見ていたジャスティン・ウィンチスコットに声を掛けられた。
「……あれはやり過ぎだろ」(酷いことになってるじゃないか……)
別に大したことはない。
ゲロが止まらなくなる呪いと、顔中ニキビ塗れになる呪いと、全身から腐乱臭が止まらなくなる呪いをかけただけだ。
命に別状はないし、保健室に行けば治るだろう。
……まあ女としての人生はちょっと終わったかもしれないけど。
「ダンスパーティーのパートナーを変更するなら、今のうちですよ?」
私がそういうと、ジャスティン・ウィンチスコットは首を左右に振った。
「お前が性格ブスなのは、今に始まったことじゃない」(そこが魅力だからな)
……理解不能だ。
『心が変』と書いて『恋』とは、漢字って本当によくできているなと私は思った。
「ところで、見ていたなら助けに来てくれればいいじゃないですか? どうして傍観していたんですか?」
「お前なら一人でなんとかするだろう? あのくらい」(……それに俺が出て言ったら余計に面倒になりそうだし)
まあ、確かにジャスティン・ウィンチスコットが出てきたら現場は余計に混乱したので、その判断は悪くない。
ところで……
「怪我、してますね。どうしましたか?」
私は少し背伸びして、彼の頬に触れた。
少し、赤く腫れている。加えて唇から血が出ていた。
しかし彼はそんな私の手を強引に振り払った。
「ちょっと、ぶつけただけだ!」(……平民をダンスパーティーに誘ったことで、他の貴族に絡まれたなんて言えないし)
どうやら彼も私と似たような目にあっていたようだった。
うーん、これは気付かないふりをして、無視した方が良いのか? それとも見かけたら助太刀した方が良いのだろうか?
「本当に、大丈夫ですか?」
「大丈夫って、言っただろ? いい加減にしてくれ」(殴られたけど……勝ったのは俺だし。このくらい、一人で切り抜けられないとベレスフォードに相応しくない!)
これは見かけても助太刀しない方がよさそうだな。
きっと、私が助けたら彼は傷つくだろう。
……でもまあ、一応伝えておくか。
「大丈夫なのは結構ですが……ダンスパーティーの日までは私はあなたのパートナーですから。ダンスは、二人で踊るものです。一人では踊れません。そのことは……忘れないでくださいね?」
私がそういうと彼は鼻を鳴らして、去ってしまった。
素直じゃない奴だな。
私は肩を竦めた。