第28話 物事には正しい順序ってのがあると思うんだよね
「……物理は反則じゃね?」(杖を使えよ……暴力女)
試合後、ギルバート・グランフィードは私に苦言を言ってきた。
もっとも、漏れる感情から察するに勝敗に不満があるわけではないらしい。
どちらかと言うと……ドン引きされている気がする。失礼な奴だな。
「身体能力強化は立派な魔法ですよ。……ところで、使う魔法の傾向が変わりましたね?」
「どういうことだ?」(……傾向?)
「以前は高威力の魔法を連発していたじゃないですか」
私はフェンリル事件を思い浮かべながら言った。
あの時は本当に危険だった。
「あー、あれはだな……」(恥ずかしい過去は掘り起こさないで欲しい……)
あ、恥ずかしい過去だったんだ。
「あの時は魔法とか魔術はいくつも習ってたんだが、肝心の実戦は全く教わってなくてな……」(ちょっとゲームの知識に引きずられてたってのもあるし)
なるほど。
まあ、ゲームだとやっぱり派手で強い魔法が目立つからね。強そうに見える。
私もそう思ってたし。
「現実じゃ、あんなの通じないだろ? ……通じたら通じたらで、怪我するかもしれないし」(人に向けるような魔法じゃないよな)
自覚を持てて、結構なことだ。
「……ところでさ、お前って学期末のダンスパーティー、あいつと踊るの?」(ウィンチスコットのやつがベレスフォードのことが好きなのはどう見ても明らかだが、こいつはどう思ってるんだ?)
「あいつというのはおそらくMr.ウィンチスコットのことだと思いますが、ええ、彼から誘われたら踊りますよ?」
「……お前、ぶっちゃけどう思ってんの?」(あいつもゲームでの性格と比べると、こっちではかなり丸くなったし、悪くはないと思うが……)
「異性として、ですか? 好きか嫌いかと言われたら、好きに針が触れるとは思いますが、しかし彼氏にしたいほど好きではないですね」
「でも、踊るのか?」(恋人になりたいわけでもないのに、踊るのはちょっと可哀想じゃないか? 下手に期待を持たせるのは……)
まあそれも私は考えたのだが。
「恋人になるつもりはないという理由で全部断ってたら、私は一生ダンスパーティーにいけませんし。ダンスと恋愛は別個です。それに、私ははっきりと、彼に伝えてますよ。恋愛的には好きではないと」
思わせぶりなどしているつもりは、少なくとも私にはない。
私はきっぱりと、「今のところ自分の人生において恋愛をする予定はない」と彼に告げている。
その上でダンスパートナーに誘ってきているのだから……これを断るのはそれはそれで失礼だ。
“交際”を断る理由はあっても、ダンスを断る理由はないのだから。
「……そこまで言ってるのに、あいつは諦めてないのか?」(それはそれで尊敬するが……)
「諦めていない、というか……そもそも私と彼が交際しようと、交際しなかろうとも、彼にとっては大して変わらないと思いますよ」
「……どういうことだ?」(大して、変わらない?)
「自由恋愛は学生だけの特権、ということですよ」
諦めていないから、ではない。
諦めているから、だ。
彼にとって重要なのは恋という果実の結実ではなく、恋を育むことそのものなのだ。
結果がすでに分かっているからこそ、その過程がどんなものであっても彼は楽しめるのだろう。
……ふむ、そう考えてみると、何だか虚しい話だな。
「エレナのおかげで、私たちのクラスが優勝できそうだね」(魔法決闘はポイントが高いからね!)
「そうですね」
嬉しそうに語るクリスティーナ・エデルディエーネに対し、私は適当に相槌を打った。
ちなみに、優勝と言っても「学年」優勝である。
「……興味なさそうだね」(エレナは勝ち負けにはこだわるタイプだと思ってたんだけどなぁ……)
「私が興味あるのは、私個人のことだけですからね」
別にクラスが勝利しようと、敗北しようとも、それは私個人の能力の証明にはならない。
むろん、優勝したらしたらで嬉しいが……しかしそれだけだ。
「でも、応援はしますよ。ところで、次の競技はなんですか?」
「次は……障害物競争だね」(これも結構、ポイント高いんだよねー)
障害物競争のルールは、日本のルールとさほど変わらない。
が、しかし留意しなければならないがこの大会は「魔法」の実力を試すためのものであり、「体力」を試すためのものではない。
つまり魔法の使用が前提となるので、日本の障害物競争と比べれば派手だし、ついでに言えば過酷だ。
上級生の障害物の中には、「ライオン」とかいるし。
「あ、エレナ。見て、Mr.ウィンチスコットも出場するみたいだよ」(彼、エレナのことが好きみたいだから、エレナが応援したら喜ぶだろうなぁー)
んー、まあライバルとして少しだけ応援してやるか。
そんな軽い気持ちでジャスティン・ウィンチスコットに対して少し手を振ってみると、彼はこちらに気付いたようだ。
そしてすぐに顔を背けてしまう。
まあ、いつものツンデレだろう。
そうこうしているうちに競技が始まった。
ジャスティン・ウィンチスコットは私ほどではないが運動センスが良いし、そして貴族家出身ということもあり魔法力も高い。
次々と身体能力強化魔法や、杖を駆使して障害を乗り越えていく。
彼のクラスの女子たちが、キャーキャー言っているのが分かる。
「こうしてみると、彼って結構カッコいいね」(まあ、ラインハルト様には遠く及ばないけど)
「そうですね」
まあ、それは否定しない。
もっとも、だからといって交際するかと言われれば、するつもりはないのだが。
好調にレースを突き進んだ彼は、同学年としては一番で最後の障害に挑むことになった。
それは借り物である。
……魔法関係ないじゃんと思うかもしれないが、まあそもそもこの大会は半分は娯楽だから、そのくらいのおふざけはある。
マジなのは魔法決闘くらいだ。
「……なかなか動かないね」(もう他のクラスの子は、物を借りるために観客席に言ってるのに。あ、でもこれはうちのクラスにとってはチャンスなのかな?)
「そうですね。まあ、多分ものすごく面倒なものなんでしょうね」
多分、「ジョーク」枠を引いてしまったのだろう。
彼はその場で散々悩んだ様子を見せてから……
しかしこのまま抜かされるわけにはいかないと思ったのか、何かを決心した様子で観客席にやってきた。
「こっちに来るよ?」(紙には何が書かれていたのかな?)
「そりゃあ、彼のクラスの観客席は、私たちのクラスの隣ですからね」
普通は自分のクラスメイトから借りようとするだろう。
……と、思ったのだが何を血迷ったのか彼は敵である私たちのクラスの方に歩いてきた。
「べ、ベレスフォード!」(ああ!! 声を掛けてしまったぁ……もう引き返せない!!)
「……何でしょう?」
あー、これは借り“物”ではなく借り“者”だな。
私はなんとなく、彼が引き当てた“モノ”に見当をつけた。
周囲の好奇の視線が私たちに集まる。
「き、来てくれ……これだ」(ど、どうだ? 来てくれるか?)
彼は私に紙を広げてみせてきた。
そこにはこのように書かれていた。
『ダンスパーティーのパートナー』
「はぁ……」
私はため息をついた。
周囲の視線が集まっているのを感じる。
私は頭を掻いてから、顔を真っ赤にしている彼に言った。
「私は、あなたのパートナーではないでしょう?」
「な……」(そ、それは俺と踊るのが嫌っていう……意味か……)
まるで財政破綻したデトロイト市のような表情を浮かべるジャスティン・ウィンチスコット。
……いや、そうじゃなくてだな。
「物事には、順序があるでしょう?」
何もかも、言わせる気か?
と、私は思いながら彼を見上げた。
彼はしばらく私の言葉の意味を考えてから……ようやく察しがついたらしい。
そうだよ、そういう意味だ。
「べ、ベレスフォード……」(こ、この場で……言わなきゃダメなのか? ダメ、だよな……俺も、腹を括ろう!)
「何でしょう?」
「……ダンスパーティーで、俺と一緒に、踊ってくれ」(こ、ここまで言わせて、こ、断ったら……もう俺、立ち直れないかもしれない……)
立ち直れないのは困るな……張り合いがなくなる。
だから私は彼の手を取った。
「ええ、良いですよ。不束者ですが、宜しくお願い致します」
そう言って私は笑みを浮かべた。