第26話 山である必要性はあるのだろうか? 海じゃダメなの? 私は海の方が好きだな。
日本では体育でダンスの授業があったりするところもあるらしい。
男女で手をつないで、踊るわけだ。
大好きな彼(または彼女)と次で一緒に踊れる……
という段階で体育の授業が終了し、「あと少しだったのに……」という甘酸っぱい思いをする。
そんな青春の一ページが綴られる……らしい。
らしいというのは、少なくとも私の小学校生活ではそんな授業はなかった。
高学年になったらあるのかもしれないし、もしかしたら私が通っていた小学校ではやっていなかったのかもしれない。
まあ、それはどうでも良いことだ。
大事なのはリデルティア魔法学園でも、このダンスの授業があるということだ。
もっとも、日本と違うのは実際に使用するということだろう。
学年末のダンスパーティーでも使うし、卒業後も何らかの形で踊る機会はたくさんある。
成績にもつながるので私は結構、真面目にやっているのだが……
「ほら、早く手を出してください」
「あ、ああ」(ようやく、ようやく、ベレスフォードと踊れる!)
興奮した様子でジャスティン・ウィンチスコットは私の手を取った。
この授業はすでに三回目であるが、二回ともあと少しで私と踊れるというタイミングで授業が終わってしまっていたので、彼からすればようやく待ち望んだ、三度目の正直である。
「……ん」(手が、柔らかい!)
生唾を飲みながら、私とのダンスを楽しむジャスティン・ウィンチスコット。
正直言うと、ちょっとキモいぞ。いや、口には出さないけどね。
「おっと……」
危うく彼の足が私の足を踏みぬこうとしたので、私はとっさに避けた。
「真面目にやってもらえませんか? 家で習っていたんでしょう? 平民の私よりも、下手などということは貴族としてどうなのかと思いますが」
「う、うるさい! 俺が下手なんじゃなくて、お前が下手なんだよ!」(き、緊張して足が……というか、本当にこいつ平民のくせに上手い……どういう運動センスしているんだよ)
自分で言うのもなんだが、私は運動のセンスがあるので三回もやればそれなりに踊れるようになっていた。
一方でジャスティン・ウィンチスコットは私よりもダンスが上手――貴族として養育されてきたので、彼の方に一日の長がある――にも拘らず、私と踊るとなると急に緊張し始め、下手になる。
ダンスなので当然、体が密着するようなことが度々あるのだが……
そのたびに彼は心臓を高鳴らせている。
ここまで過剰に反応されると、さすがの私も恥ずかしくなる……
ということはない。
むしろ冷静になってくる。
あれだ、自分よりもパニックになっている人を見ると逆に落ち着いてくる現象だ。
丁度、私と彼が踊り終わったところで授業が終わった。
授業が終わり、タオルで汗を拭きながら更衣室に向かおうとする私を、彼が呼び止めた。
「お、おい、ベレスフォード」(よ、よし……今度こそ、今度こそ言おう!! 「ダンスパーティーで一緒に踊ろう」って!)
ここで言うのか……私が言うのもなんだが、もう少し場所というか、ロマンティックな場所や時間帯というものがあるだろう。
とはいえ、ようやく決心がついたようだ。よし、聞いてやろうじゃないか。
「何でしょう?」
「そ、そのだな……が、学年末の…………試験では、絶対に負けないからな!」(ああ!! 俺は何を言っているんだ!!)
それはこっちのセリフである。
これで何回目だと思っているんだ、その誤魔化しは。
「何だか、ここ最近、一日三回以上その宣言を聞いている気がするんですが、そんなに私に負けたくないんですか?」
「あ、当たり前だろ! お、お前みたいな、平民女に、貴族である俺が負けていいわけないからな!!」(負けたくない……のは本当だけど、今はそっちじゃないんだよ!!!)
「そ、そうですか……では、私はこれで」
……いい加減、私から誘ってやった方が良いのだろうか?
いや、でもそれはジャスティン・ウィンチスコットの覚悟を台無しにするしなぁ。
む、難しい……
って、何で私がこんなことで悩まなければならないんだ! 腹が立ってきた!!
「ええー、今から魔法競技大会の出場競技を決めまーす。面倒くさくても、最低一人は一つの競技に出てね? 出て貰えないと、先生困っちゃうからさー。じゃあ、あとはMr.ブランクラット、よろしく」(あー、面倒だな。こんな競技大会、何のためにやるんだよ)
などとやる気のない言葉を言ってから教師は椅子に座った。
そしてすぐにやる気十分なラインハルト・ブランクラットに代わる。
「さあ、みんな! 学年一位を目指して頑張ろう!!」(絶対に勝つぞ!)
「「「おお!!!」」」
「「「おー……」」」
大抵、こういうのはやる気のある側とやる気のない側に二極化される。
日本の小学校だと同調圧力が凄まじいので、この二つは案外見分けがつかないが……
リデルティア共和国は個人主義が横行しているので、割と顕著である。
ちなみに私はやる気のない側だ。
勝負事は好きだが、私が好きなのは個人戦だ。
団体で勝ったって、私が優秀であることの証明にはならないから、どうにもやる気は出ない。
「さて……みんな出たい競技があるとは思うんだけど、まずいくつかの競技で僕の方から推薦したいんだが、良いだろうか?」(Miss.リステルシア、競技の情報を集めてきてくれて、ありがとう!)
別に張り切るのは良いと思うのだが、こいつは張り切り過ぎではないだろうか……
にしても、テロリスト女も暇人だな。
「そこで、Miss.ベレスフォード」(勝利の鍵は……彼女をどうやってやる気にさせるかだな)
よく分っているじゃないか。
「何ですか?」
「君には魔法決闘に出て欲しい」(やはりこれは彼女が適任だろう)
魔法競技大会の中でも、一、二を争う過酷な競技じゃん……
「はぁ……まあ、良いですよ」
とはいえ、魔法決闘は個人戦だ。
これなら私もやる気が出る。考えたな、ラインハルト・ブランクラットも。
さて、このあたりで魔法競技大会について説明しよう。
これは……まあ日本で言えば体育祭、運動会みたいなものだ。
魔法を使用する、という点を除けば。
中には長距離走、短距離走のような完全に体育祭の種目のようなものもあるのだが、これらも身体能力強化の魔法を大前提とする。
そういう意味では日本の体育祭……場合によっては下手なスポーツ大会よりも派手なので、かなり盛り上がるらしい。
『リデルティア・ストーリー』は一学年経つごとに章が進む(つまり八章構成)のだが、この魔法競技大会はどの章でも非常に重要なイベントである。
というのも、ここでの行動によりキャラクターに対する好感度が上がり、そして結果次第では何らかの恋愛イベントが発生する。
それは学期末のダンスパーティーに直結するため、まともに恋愛をするつもりならば、魔法競技大会は真面目に進めなければならない。
基本的に好感度を上げる方法は二つで、一つは自分自身が活躍することで、もう一つは他のキャラクターを応援(場合によっては協力)することだ。
前者の場合はキャラクター全員の好感度が、後者は特定キャラクターの好感度が上がる。
ちなみに男主人公の場合は前者、女主人公の場合は後者に補正が掛かりやすい。
何で男女で違うのだろうか……
と思ったが、冷静に考えてみると「〇〇君、足早い! かっこいい!」ということはあっても、「〇〇ちゃん、足早い! 可愛い!」とはならないような気がするので、妥当な設定ではある。
まあ、しかしここまで語ったのはあくまでゲームでのお話。
実際のところ、私も、ギルバート・グランフィードも、そしてラインハルト・ブランクラットも、クリスティーナ・エデルディエーネも、ジャスティン・ウィンチスコットも、リスティア・リステルシアも血の通った人間なわけで、一辺倒に好感度が上下するということはあるまい。
現実はゲームほど単純ではないのだ。
さて、それからしばらくした後、ついに魔法競技大会の日がやってきた。
日本(の小学校)では体育祭の前の体育の授業の殆どは練習に費やされるが、魔法学園的にはあくまで魔法競技大会は余興なので、そのようなことはない。
そして私も特に練習はしていない。
が、無論それは「特別な」練習はしていないという意味だ。そもそも私は日頃からコツコツと努力を積み重ねてきているので、何か特別なことをする必要はないのだ。
「これより、第五種目、魔法決闘を始めます。代表者は指定の場所に集まってください」
そんなアナウンスが流れる。
おそらく拡声魔術を使っているであろう司会の心の声は聞こえない……が、これは司会が優れた魔術師だからではなく、単純に私の聞心魔法の圏外だからだろう。
基本的に私は生の人間が近くにいない限り、「内心」を聞くことはできない。
まあ、しかしそれはどうでも良いことだ。
私はあらかじめ指定された場所に集まる。
そしてその場でトーナメント表が発表される。私の名前は……合った、って待てよ? あの名前は……
「ベレスフォード、お前も魔法決闘か」(これは強敵だな……よし山籠もりの成果を見せてやろう)
「お互い、順当に進めば決勝で会えますね。Mr.グランフィード」
まあ、考えてみれば私に次ぐのは彼くらいだしな。
彼がこれに出るのは当然だろう。
「おう! 決勝で会おうぜ!!」(……こういうのって、大抵、隠れた実力者にライバルが負けたりするよな。まあ、ベレスフォードが負けてる姿を想像できないけど)
余計なフラグを立ててから、彼は自分の対戦相手に向かっていく。
さて、私も行くか。