第25話 この世に無償の親切は存在しない……とは言わないが、何らかの裏がある
ウィンチスコット閣下のお屋敷で夏休みは過ごすことになった。
いくら私が図々しい人間とはいえ、さすがに二週間以上の滞在は気が引けたので、遠慮しようと思ったのだが……
ウィンチスコット閣下は「良いよ良いよ」と言ってくれたので、好意に甘えることにした。
どうやら私がいると、ウィンチスコット夫人の機嫌が良くなるらしい。
ウィンチスコット閣下としては、それは喜ばしいことのようだった。……恐妻家だったのだろうか?
まあ私の境遇に同情してくれたというのも大きいのだが。
しかし完全な善意というわけでもない。
どうやら、ウィンチスコット閣下は「平民出身の魔法使いを差別する差別主義者」という悪評をとても気にしているらしい。
平民出身の魔法使いの社会進出は近年著しいので、政治家としてはどうしても彼らの支持を獲得しなければならない。
そこで、平民出身で、貧しく、悲惨な境遇の持ち主だが、成績優秀な私の出番というわけだ。
まあ、つまり良い意味でも悪い意味でも目立つ平民出身の魔法使いである私を歓迎してみせることで、周囲に対して「ウィンチスコット家は決して平民出身の魔法使いを差別しているわけではない」と見せつけ、そして将来私がリデルティア共和国で高い社会的地位を築いた時に、私を平民出身の魔法使いに対する広告塔にしようと……
そういう狙いがあるようだった。
実際私のように屋敷に招くような真似はしないものの、ウィンチスコット閣下は平民出身の成績優秀な学生を金銭的に支援しているらしい。(無能には用はないとのこと)
善意ってのは、タダじゃないってことだね。
いやー、政治家ってのも大変ですね。
ちなみに話は変わるが、ウィンチスコット閣下には魔術を利用した戦い方を学んだ。
密猟者事件の時は誤魔化せたけど、今度も読心魔法を隠しきれるかは分からないし……それに頼らない身の守り方を教わろうと思ったのだ。
不本意ではあるが、私は主人公だから、厄介事は舞い込んで来やすいだろうし。
首席だったわけではないが、彼もリデルティア魔法学園ではかなり良い成績を納めていたようで、その説明はかなり分かりやすかった。
「ねぇねぇ、エレチーは夏休み、どうやって過ごしてたの?」
放課後、図書館で本を読んでいるとクラスメイトの女の子が声を掛けてきた。
「私は……」
私が答えるよりも先に目の前の少女は勝手に話し始めた。
「私はねぇ、海に行ったの! 楽しかったなぁ!! そうそう、エレチー、牡蠣は食べたことある? 私は海で牡蠣を食べたんだけどね、とっても美味しくて……」
唐突に話題を牡蠣の美味しさに移してから、さらに好きな海産物の話に飛躍し、最終的にタコってちょっと見た目が気持ち悪いけど美味しいよねーなどと話し始める少女。
彼女は私のクラスメイトであり、同性ならばクリスティーナ・エデルディエーネの次に会話をする程度の中である。
実は彼女は「非魔法使い解放党」という(リデルティア共和国の公式見解では)テロ組織に所属するスパイであり、今すぐではないが今後、テロリストを校内に招き入れることになっている。
その後、後半の章でテロリストの一員であることが発覚し、主人公たちが「私(俺)たちを裏切ったのか!」などという言葉に対して、「そもそも私は最初からこちら側だ」などと答えるも、なんやかんやで主人公たちを庇って死ぬという、全米が涙することになるのだが……
まあ、今は関係ない。
無論、スパイであることは分かっているので先生方に伝えることはできるのだが、証拠がない。
ただの子供の戯言で終わるだろう。
ギルバート・グランフィードもその辺は分かっているらしく、とりあえず証拠を掴もうとしているようだが……
彼女はかなり腕の良いスパイらしく、中々尻尾を捕ませないでいる。
しかし、相変わらず内心が分からない。
優れた精神閉蓋の使い手であることが分かる。
しかし気の毒なのは、私にも、ギルバート・グランフィードにもすでに正体がバレていることだろう。
彼女の本懐――傲慢な魔法使いに復讐する――を遂げることは非常に難しそうだ。
ところで彼女がなぜ、自身も魔法使いであるにも拘らず、魔法使いを憎んでいるのかと言えば……
どうやら父親が魔法使いで、母親が非魔法使いらしい。
そして父親は子供を孕んだ母親を捨てたとか。
まあそしてなんやかんやで、魔法使いを恨むようになった……という。
とにかく、悲惨な過去があるようだ。
話を聞くと、どっかの誰か……というか私に似ているような気がする。
あきらかにキャラ被りであろう。
もっとも……私は父を恨んでいないし、ましてやアメリカ人を皆殺しにしようなどとは欠片も思っていないのだが。
そんなテロリスト系美少女、リスティア・リステルシアはやはり唐突に話題を変えてきた。
「そういえばさ、エレチー。踊る人の候補とかある?」
「踊る人……ああ、学期末のダンスパーティーのことですか」
暗黙の了解ではあるがパートナーがいない限り、ダンスパーティーには出れない。
というのは人数が人数だからである。
リデルティア魔法学園は満十歳(小五相当)から満十七歳以上(高三相当)、合計八年間通うので全校で八学年存在する。
一学年で八クラス、一学級四十人ほどなので、合計約二千五百人ほど。
さすがに二千人以上の人間が一斉にダンスパーティーができるほどの巨大な施設はこの学校には存在しない。
だからパートナーのいない、冷やかしはご遠慮願います……というのが学園の方針である。
例外は卒業生くらいだろう。
彼らは別にパートナーがいなくとも、出席しても良い……という風潮がある。
まあ、ともかくもし私がダンスパーティーに出席したければ、パートナーを見つけなければならない。
ちなみに、ダンスパーティー中はパートナーとだけ踊らなければならないということはない。
一度出席し、そのパートナーと一曲踊った後ならば、相手を交換しても良いのだ。
「いないわけではないですよ」
「へぇ……もしかして、お相手はジャスティン・ウィンチスコット?」
そういう彼女は笑っているが、内心からは少しこちらを軽蔑するような感情が漏れていた。
彼女は魔法使いの、特に貴族が嫌いなのだ。
ウィンチスコット家は一般的に貴族主義の家とされており、ジャスティン・ウィンチスコットも貴族主義者とされているので、平民のくせにその貴族に色目を使うような行為を、彼女は嫌っている。
「さあ、どうですかね」
そう言って誤魔化してはみたが、一応私が想定している“お相手”というのはジャスティン・ウィンチスコットのことである。
そもそもだが、私はダンスパーティーに出席するつもりは元々なかった。
別に全く興味がないわけではない。せっかくの学生生活なのだから、その青春を楽しみたいという心の余裕くらいはあるし、八年間のうち何度かは行きたいと思っている。
だが、今すぐである必要はない。
ドレスを買うお金もないし、特に一緒に行きたい相手もいない。
しかしジャスティン・ウィンチスコットの母親――ウィンチスコット夫人――にドレスを買って貰ってしまった(正確にはまだ仕立てている最中で、完成にはしばらく時間がかかるらしい)。
ドレスを貰ったのに、ダンスパーティーに出席しないというのはあまりにも失礼である。
だが……私は別にダンスパーティーに誘いたい相手は今のところいない。
しかし私を誘いたがっている相手は知っている。
それがジャスティン・ウィンチスコットだ。
彼はできれば、私と踊りたいと思っているらしい。
私自身は彼とどうしても踊りたいというわけではないが、別に彼のことは嫌っていないので、彼の方から誘ってくるのであれば吝かではない。
それにそもそもドレスを買ってくれたのはウィンチスコット夫人なので、できる限り彼を待つのが道理である。
「ふーん。じゃあさ、お目当ての人が誰か別の女の子をすでに誘ってたりしたらどうする?」
「その時は別の人を適当に見つけますよ」
もしジャスティン・ウィンチスコットが心変わりをして、私以外の女性を誘ったら、私は誰か別の男性を適当に見つけてパーティーに出席するつもりだ。
パーティーの最中、一曲でも彼と踊れば、最低限の義理は果たしたことになるだろう。
なに? ジャスティン・ウィンチスコットが出席しない可能性?
それはあり得ない。
なぜなら、彼はああ見えてモテるからである。……イケメンだし、名門の金持ち貴族で、成績優秀なのだから、モテないわけではない。
「あなたはどうなんですか?」
「私はね、ギルバート・グランフィード君と踊るよ!」
ギルバート・グランフィードは私と同様に平民出身なので、貴族嫌いの彼女からすれば踊ることができる相手だろう。多分、仲良くなって彼を自分たちの派閥に引き入れることができないだろうかと、企んでいるのだ。
ギルバート・グランフィードが彼女と踊るのは……まあ多分探りのためなんだろうな。
彼は――たまに忘れそうになるが中身が三十歳(この世界での年齢含めて四十歳)らしいので――十歳の子供に興味がないから、恋愛感情でリスティア・リステルシアと踊るという可能性は極めて低い。
しかし何とも雰囲気の悪そうなカップルだ。全然、楽しそうじゃない。
そしてかれこれ一月が経過し、ダンスパーティーに出席したいものはそろそろ真面目に相手を探し始めなければ不味い時期になってきたのだが……
待てど暮らせど、ジャスティン・ウィンチスコットからのお誘いは来なかった。
……あのヘタレ野郎。