第24話 同年代の子供同士でこれだけ生活の格差があるのは世の中間違っていると思う……んだけど、残念ながらプロレタリア革命を起こすよりも私がブルジョワジーになった方が早いんだなー、これが。
ウィンチスコット閣下の提案は急なものであった……が、しかし私にとっては渡りに船であった。
というのも、リデルティア魔法学園の学生食堂は夏季休暇中は休業するからである。
魔法学園は全寮制だが、夏季休暇には学生たちの殆どは地元へ帰る。
そういうわけで学園に残る者は少ないので、学生食堂が休業するのは当然である。
しかしこれは私にとっては死活問題であった。
というのも、私には奨学金以外に特に収入源がないからである。
奨学金の大部分は学費や教材費に消滅するため、衣食に当てることができる金額は少ない。
夏季休暇中の食費を計算し、「こりゃあ、しばらくはパンの耳で乗り切るしかないな……」と半ば絶望していた私にとって、ウィンチスコット閣下のお屋敷で居候できるのは、幸いなことだった。
まあ、懸念があるとすればウィンチスコット閣下が何を考えているか分からないことだが……
しかし何を考えているかは分からないが、辛うじて何を感じているかは分かるからそんなに恐ろしくはない。
さて、着替え等を持ち込み、その日の夕食を終え、就寝しようとした、その時だった。
「エレナちゃん、何ですか、その服は」(全く……そういうところはやっぱり平民なのね)
どうやらここへ来て、初めての“マナー違反”をしてしまったようだ。
「……体操服ですが」
体操服で寝るのは、あまり良くないらしい。
……いや、良いじゃん、体操服。
過ごしやすいし。
日本では私も、ついでに又従姉も体操服で寝てたよ?
「ちゃんとした寝間着は持っていないの?」(女の子なんだから、寝るときもちゃんとした服装をしなきゃいけないでしょ!)
別に誰に見せるというわけでも……
あ、今日はウィンチスコット閣下とウィンチスコット夫人とついでにジャスティン・ウィンチスコットにもみられているのか。
これは失敗だった。いや、しかしそもそも誰かの家に泊まる予定など皆無であったのだから仕方がない。
「いや……お金がなくてですね」
ちょっと卑怯だが、金銭事情を言い訳にする。
実際、体操服で解決するにも拘らず、わざわざお金を出して寝間着を買わなければならない理由は私の中にはなかった。
「……なるほど、分かったわ。では、明日買いに行きましょう」(お金がないのは仕方がありませんが、ウィンチスコット家でそのような恰好をさせるのは我が家の沽券に関わりますからね)
「いや、しかしお金……」
「私からのプレゼントだと思いなさい」(実は私、女の子が欲しかったのよねぇー。ワクワクしちゃう!)
……私の服装を咎めた理由は、そっちの方が本音のようだった。
まあ、ウィンチスコット閣下は私の体操服を見ても一瞬眉を動かした程度で、特に不快そうに思ってなかったから、おかしいとは思っていたけど。
ウィンチスコット閣下の方を私が見ると、彼は苦笑いを浮かべていた。
心の声は相変わらず聞こえなかったが……
私に対し、少し同情する感情が溢れていた。
次にジャスティン・ウィンチスコットの方を見て、尋ねる。
「そんなにおかしいですかね?」
「……寝るための服じゃないだろ」(足が綺麗で素敵だと思う)
ジャスティンちゃんは相変わらずひねくれものなのであった。
「……エレナちゃん」(お金がないのは仕方がないけど、もう少し何とかならないのかしらね)
「な、何か、おかしいでしょうか?」
翌日、私服に着替えた私を見てウィンチスコット夫人はため息をついた。
どうやらお気に召さないらしい。
が、私個人としては別におかしくはないと思う。
今の服装はショートパンツにTシャツを合わせたものだ。
個人的な好みになるが、私は足を出す恰好が結構好きだ。
動きやすいし、足にはそれなりに自信がある。(そこに目を付けたジャスティン・ウィンチスコットの目は悪くない。さすが貴族……関係ないか)
足を出すファッションは地域・時代によっては眉をひそめられるが、幸いなことにリデルティア共和国では足を出すことはそこまで問題視されていない。
確かにラフだけど……ラフな恰好をしているのは、ジャスティン・ウィンチスコットも、そしてウィンチスコット夫人も、何よりウィンチスコット閣下も同じだ。
今は夏で、しかも家庭内なのだ。
「それ、中古でしょう?」(生地が悪い安物で、しかも可愛くない。ちょっとほつれてるし……)
「……そう、です。よくお分かりですね」
「昨日、着てきたようなものはないのかしら?」(この格好の子と並んで歩くのはね……)
「あれは一張羅でして……」
私が唯一持つ、夏用の、晴れ服である。
今はこのお屋敷のメイドさんが洗濯している。
「この際だから、私服も含めてすべて買ってあげたらどうかね」
さも他人事のようにウィンチスコット閣下は言った。
彼は何を企んでいるのか……
(そうすれば買い物が長くなる。……たまには家でゆっくりしたいものだ)
あ、内心が漏れてきた。
どうやら私を生贄にして、妻を外へ出したいようだった。
「しかしそこまでしていただくと……」
「子供が気にすることではない。それに女児の衣服を二十着、三十着買ったくらいで我が家の財政は揺るがない」
いや、三十もいらないです。
実は日本にいたころ、私の衣服は殆ど又従姉のお古であった。
又従姉はそこそこ物持ちが良いので、割と着ることができたのだ。
一応、養父母を擁護しておくが彼らは私に新品の衣服を買い与えようとしてくれていた。
それを断り、まだ着れるからと又従姉からのお下がりを貰っていたのは私だ。
まあ人によっては、子供の気遣いに甘え続ける親は云々と申す者もいるかもしれないが……
私からしてみれば、衣食住を保障してくれるだけでありがたい話だった。
遠い親戚の、しかもミックスの女児を引き取って育ててくれた時点で養父母は善人だと思う……内心でどう思っていたとしても、だ。
さて、そんな私の微妙な不幸エピソードはともかくとして……
ウィンチスコット夫人は私に新品の衣服を買い与えてくれているらしい。
ウィンチスコット家の財政事情は詳しくは知らないが、しかし貴族だ。
三十着どころか、百着買っても揺るがないだろう。
ついでにウィンチスコット夫人はノリノリである。
つまり……遠慮する必要がない。
いやはや、異世界に来て、まさか新品の衣服を選び放題、買い放題になるとは思わなかった。
「機嫌良さそうだな、ベレスフォード」(いつもより表情が柔らかい気がする)
「よく分りますね」
まあ、私も女の子なので。
ちょっぴり、嬉しくなっちゃうのだ。……なんだかんだで、お古はやっぱり不満だったし。
「まずはここよ、エレナちゃん。ひとまず、ここで良いのを買って、その酷い服は脱いでもらいます」(少なくとも、私やジャスティンちゃんの隣を歩ける程度の服は来て貰わないとね)
「はい、分かりました」
いや、酷いって……
一応、中古品の中でも状態が良さそうなものを選んだんだけどな。
しかし店に入って驚愕したのが、貴族の資本力というものだ。
何しろ「これなんて良いんじゃない?」「そうですね、可愛いですね」「じゃあこれも購入ね」という具合に、どんどん買い物カゴに衣服が溜まっていくからだ。(ちなみカゴを持っているのはお付きのメイドさんである。お貴族様はカゴなど持たない)
うーん、ロベスピエールやレーニンが怒る理由も分かった気がするね。
「ちょっと、待ってください。クローゼットに入り切りませんから……買うのは合計で、五着までにしませんか?」
「それはこのお店では五着という意味?」(ほかにも何軒か回るつもりだけど……)
その発想はなかった。
「いえ、全体で五着です。いや、本当にクローゼットに入らないので」
「五着なんて、女の子として少なすぎるわ! せめて、二十着よ!」(ジャスティンちゃんだって、三十着持ってるのに!)
マジかよ、ジャスティンちゃん。すごいな、おい。
「……では、七着にしましょう。容量的にそれが限界です」
そういうわけで、七着になった。
「どうですか、Mr.ウィンチスコット」
「……馬子にも衣裳だなと、いてぇ!」(可愛い……痛い! 母上!!)
「そういうときは、可愛いって言うのよ!」(全く、照れちゃって……そんなんじゃ嫌われるわよ?)
ウィンチスコット夫人はジャスティン・ウィンチスコットの恋心に薄々勘付いているようだった。
……まあ、露骨だからね。
しかしそれを咎めたりしていないのは、やはり私が名誉貴族……
だからではなく、おそらく所詮子供の恋愛だと思われているのだろう。
学生時代は自由に恋愛するが、実際に結婚するのは親同士が決めた相手。
というのは貴族社会ではよくあることのようだ。
むしろ、決められた相手としか結婚できないからこそ、学生時代に自由恋愛をするのかもしれない。
そういう意味ではゲームにおいて、女主人公とラインハルト・ブランクラットが恋愛したのは、この世界ではそこまで珍しいことではなかった。
もっとも、そこから婚約破棄まで突き進んだのは相当なレアケースであろう。
まあ、今のクリスティーナ・エデルディエーネにその心配はなさそうだけど。
そういうわけでウィンチスコット夫人の内心は多分、「どうせ、家同士決めた相手と結婚して貰うんだし、今のうちは応援してあげようかしら。悪い思い出にはならないだろうし」という感じだろう。
身分差の恋を容認すると駆け落ちしてしまうのでは? と心配するのは恋愛小説の読み過ぎである。
現実的には大抵の男女は、何だかんだで分かれる。
そもそも、日本で小中高で成立したカップルがそのままゴールインする割合はどの程度のものなのか。
恋愛なんぞ、その程度。所詮はお遊びである。
そこまで分かっているなら、お遊びなら、ジャスティン・ウィンチスコットの恋愛に付き合っても良いのでは? と、思うかもしれない。
だが、私は例えお遊びでも恋愛をする必要はない。
カエルの子はカエル、親は子に似るものだ。
私はかなり性格が母親に似ていると思う。
だから、何となく分かる。私は多分、“遊び”で割り切れないタイプだ。
ずっと、固執する。
目をつむれば、私を何度も連れ出し、父に泣いて縋った母の姿が思い浮かぶ。
ああは、なりたくないね。
「と、ところで……お前、スカートは履かないのか?」(ミニスカートを履いている姿を見てみたいなぁ……)
「ロングスカートは買ったでしょう? そのスカートとは、もしかしてミニスカートですか? ショーツが見えそうになるので、嫌ですね。それとも、見たいんですか?」
「ば、馬鹿か、お前は! お前なんかの、パンツなんて、見たくも何とも……いてぇ!」(母上、なんで殴るんだよ!)
「ジャスティンちゃん、誇り高きウィンチスコット家の跡取り息子が、道中で大声でそんなはしたない言葉を叫ばないの!」(全く、この子は……いつまでたっても子供なんだから。エレナちゃんみたいにしっかりして欲しいわ)
うーん、子供でいられるのは決して悪いことではないと思うけどね。
大人にならなければならない子供というのは、不幸だと思うね。自分で言うのもなんだが。
「そうだ、エレナちゃん! あなた、ドレスは持ってる?」(そう言えば、学年末にはダンスパーティーがあったわね! この子、ドレスは……絶対に持ってないわよね)
学年末には、最高学年の生徒の卒業祝いも兼ねたダンスパーティーが毎年行われる。
『リデルティア・ストーリー』では、一年かけて好感度を上げた異性を一人、パートナーとして選ぶことができる。
真面目に恋愛をするならば、必須のイベントだ。
ちなみに……最終章のクライマックスは、私たちの学年の卒業パーティーだ。
クリスティーナ・エデルディエーネの婚約破棄断罪イベントが行われるのもこの時……らしい。
まあ、今の調子では行われ無さそうだけどね。
「持ってないです」
「そう言うと思ったわ! 今のうちに採寸して、作りましょう!」(女の子のドレスを選べるなんて! 夢のようだわ!!)
マジかよ。
い、いや、でもそれはさすがに申し訳なさすぎる気がする。
「いや、しかしドレスは結構高……」
「衣服の数はエレナちゃんの言い分を聞いてあげたんだから、今度は私の言い分を聞いて貰うわ」(お金も随分余っちゃったしね。使いきらないと)
いや、使いきる必要はないんじゃないんですかね?
と思ったが、問答無用でドレスを扱っている店に連れ込まれ、採寸された。
……胸と身長にあまり変化がないんですが、泣いていいですかね?
金持ちになるもっとも手っ取り早い方法は金持ちと結婚することだとは気づいていないエレナちゃん十歳