第21話 実は恋愛小説は結構好きです
タイトル変更しました
かれこれ時間が過ぎ、ようやく前期の授業が終わった。
リデルティア魔法学園では前期と後期の最後に期末試験があり、二回の期末試験の結果から総合成績が出される。
つまり前期末試験によって成績の半分が決まるといってもよく、非常に重要だ。
さて、そんな前期末試験の結果が記された紙を図書館で眺めていると……
「おい、ベレスフォード」(俺は三位だったぜ!)
などと、ジャスティン・ウィンチスコットが話しかけてきた。
多分だが私の成績が気になるのだろう。
「見ますか?」
「ま、まだ何も言ってないだろ!」(じ、自信があるのか? だ、だけどラインハルト・ブランクラットが二位だって聞くし、一位でもない限り俺より上ってことは……)
ジャスティン・ウィンチスコットは私の試験結果を見て、黙りこくってしまった。
まあ、当然だな。
だって、総合成績一位は私なんだから。……そしてそれだけではない。
「……全教科一位って頭おかしいんじゃないか?」(な、なんだよ……こ、これじゃあ、俺が馬鹿みたいじゃん)
「まあ、私は天才ですからね」
前にも言ったが、魔法とはいえ、所詮は満十歳児が受けるような授業であり、試験だ。
女子大生の私が解けない道理はないのだ。
まあそれはそれとして、後期でも全教科で一位を取ってやるつもりだ。
そして学年末の総合成績では、絶対に一位を総舐めにし、完全なる一位を取ってやろう。
と、密かに決意しつつ、私は言った。
「三位だったそうですね。おめでとうございます」
「くそ、嫌みかよ!!」(ギルバート・グランフィードには勝ったのに!!)
ちなみにギルバート・グランフィードは四位である。
彼は実技は悪くはないが、座学はさほど得意ではないようだ。また苦手な錬成学が少し足を引っ張ったようだ。
ところで、以前私は魔法の実践ではギルバート・グランフィードが上と言った。
ではなぜ試験では私が勝っているのかと言えば……まあこれはさほど難しい理屈ではない。
「試験の点数=魔法の実力」とは限らないからである。
相関関係はあっても、イコール関係であるかは別のお話だ。
要するに「この学校では評価されにくい項目ですからね」ということだね。無論、全く評価されていないということは全然なく、彼は一部教科では二位を取っている。
ついでに言えば、彼はさほど試験の点数に拘っていないように思える。無論、「私ほどは」だけれど。
彼は試験の点数というものをあまり信用していないようだ。まあ、妄信するよりは賢明だと思う。
私が点数に拘っているのは、負けず嫌いだからと、奨学金に直結するからである。
だから試験結果を妄信してはいないし、点数で優っているからといって他の全ての生徒よりも優れているとは毛ほども思っていない。
点数には表れていない、至らぬ点もたくさんあるだろう。
クリスティーナ・エデルディエーネは二十三位。
ゲームではあまり成績がよろしくない設定の彼女だが、私とラインハルト・ブランクラットによる二対一の集中講義によって好成績を取ることができた。
「それで、用件はそれだけですか?」
「ち、違う……その、お前。夏休みに予定は、あるか?」(ま、まさか俺以外の男と予定があるということはないよな?)
彼にとって幸いなことに私に予定はない。
ラインハルト・ブランクラットとクリスティーナ・エデルディエーネとは親しいが、しかし二人の両親は貴族主義者なので平民出身の私と遊ぶことに良い顔はしないだろう……ということで手紙のやり取りしかしないことになっている。
ギルバート・グランフィードからは何も言われていないが……噂によると彼は山に篭るらしい。
どこの山なんだろうか? 海じゃダメなのかな?
そういうわけで夏休みは目一杯、勉学に費やすつもりだ。
後期は山に篭っているであろうギルバート・グランフィードに勝たねばならないから。
まあ私が篭るのは山は山でも本の山だけど。
「個人的にはありますが、予定を開けられないわけではありません。それで?」
「その、だな。もし、良かったら、うちに来ないか? 両親に紹介したいんだが……」(か、かなり親しくなったし、別に招いても……不自然じゃないよな?)
いや、まあ友人としてなら行ってもいいんだが。
「……私は平民ですけど。私なんかを呼んで良いんですか? あなたのご両親は貴族主義者と聞きましたが」
ウィンチスコット家はエデルディエーネ家やブランクラット家に負けず劣らず、貴族主義的な、典型的な名門貴族家だと聞く。
そもそもジャスティン・ウィンチスコット自身も貴族主義者である。
リデルティア共和国の貴族文化は分からないが、日本で「異性を家族に紹介する」なんて場合によっては恋人として捉えられるんじゃないか?
両親が許すとは思えない。
ついでに言えば、私も彼と恋人になるつもりはない。
……この際、はっきり言ってやるか。
「それに、恋人だと勘違いされたくはないのですが」
「こ、恋人? そんなの、こっちからお断りだ! あ、……あくまで、ライバルとして、でな……」(か、勘違いされたくない……か)
ちょっと傷つけてしまったか?
いや、でもはっきり言ってやらないとダメだからな。
彼が嫌とかではなく、私はそもそも恋愛というものをするつもりがないのだから。
「それに、心配はいらない。親からは……許可を取ったし。平民だとも、伝えている」(成績優秀な平民は将来有望だから、取り込んでおけって父上は常日頃言っているから。……まあ、女の子とは伝えてないけど)
なるほど、ガチガチな貴族主義者というわけではないのか。
まあ、考えてみれば平民出身の魔法使いなんて今ではありふれているし、要職についている者も多い。
現実的に考えればある程度は容認しなければ、政治的に不味いのだろう。
まあ、断るのも失礼だし、一度顔くらいは合わせておくか。
……だけど、一度はっきりと言っておこう。
「まあ、友人として、ライバルとしてなら、行きましょう。……恋人になるつもりは、ないですからね? そのあたり、勘違いしないでくださいよ?」
「だ、だから! 最初からそう言っているだろう? 恋人なんて、こっちの方からお断りだ!!」(……別に今すぐなる必要はないからな)
……めげないな。
諦めたらいいのに。
「……ところで、恋人にはなるつもりはないってはっきり言ってるけど、好きな男でも、いるのか?」(ま、まさかギルバート・グランフィードのことが好きなんじゃ……)
いや、それはないわ。
「いませんよ。ただ……恋愛も結婚も、私はしたくない。それだけのことですから」
私の母は日本で育った、カトリックの日本人とやはりカトリックのアイルランド系アメリカ人とのミックスである。
彼女はアメリカに留学した時に父と出会い、恋仲になり、妊娠した。
だが……父の両親が結婚に反対した。
なぜなら父の家はWASPだったからだ。
WASPというのは、White Anglo-Saxon Protestantの略称である。
白人かつアングロ・サクソン系(イングランド移民の子孫)かつプロテスタントの人間であり、保守派な白人エリートを指す。
一般的にアメリカの支配層を形成している……と言われている。実態としてはそんなことはない。
少なくとも私の父の両親、つまり私の祖父母はどう高く見積もっても中流階級で、支配層とは言えないし、そもそも純粋なイングランド移民の子孫ではない。(ドイツ系と北欧系移民の子孫でもある。……というか、そもそも現代のアメリカに純粋なイングランド移民の子孫なんてものはいない。どこかで絶対に混ざっているはずだ)
まあ、ぶっちゃけそんな凄い家柄でもないのだが、少なくとも祖父母は自分たちがWASPであることを誇りに思っていたらしく、その血が汚れるのが嫌だったようだ。
多分、アイリッシュとアジア人のミックスっていうのが直球でアウトだったんじゃないかな……しかも母は元々カトリックだったし(私が生まれた時にはすでに改宗していたが)。
アイリッシュでワンアウト、アジア人(日本人)でツーアウト、カトリックでスリーアウト、だったのだろう。
もっとも、もしかしたらそれらは全部口実で、本当ところは「可愛い息子をどこの馬の骨か分からない女に取られたくない!」というのが本音だったのかもしれないけれどね。
そして父は悩んだ末に、自分の両親との関係と、恋人を天秤にかけて、前者を取った。
最終的に母は首を吊った……とまあそういうわけだ。
首を吊るまではいかずとも、よくある話ではあると思う。
ジャスティン・ウィンチスコットの属するウィンチスコット家はリデルティア共和国の建国当初から存在する名門中の名門で、祖父母のなんちゃってWASPとは比べ物にならないくらい歴史がある家柄だ。
母と同じ轍を踏む気にはなれない。
まあもっとも、ジャスティン・ウィンチスコットが平民であったとしても、または私が貴族であったとしても、彼と恋愛するつもりはない。
というのも、私は“恋愛感情”を制御する自信がないのだ。
母のように諦めきれず、酷い結果に陥る自信がある……カエルの子はカエルだからね。
「そ、そうか? まあ、ならいいけどな! 俺も、勘違いされるのは、いい迷惑だし!」(お、思ったよりもガードが堅い……)
ほかにも良い女の子はいるだろうし、彼の家柄なら選り取り見取りじゃないのか?
どうしてそんなに私に……
まあ、顔が好みだからだと思うけれど。
可愛すぎてしまうのも考えものだなと、私はナルシスト気味に思うのであった。