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第19話 心が読めない方が幸せなことは認めるが、だからと言って手放す気にはなれない。


 

(ねぇ、ねぇ、エレナ。遊ぼうよ)

「(さっき、散々遊んだでしょ)」


 ここはフェンリルのために特別に作られた畜舎で、私はフェンリルの体に凭れ掛かりながら本を読んでいた。

 もうそろそろ夏に差し掛かってくる時期なので、気候的には少し暑くなる……

 はずだが、私の周囲に限れば快適だった。


 フェンリルは魔法生物の一種なので、魔法を使うことができる。

 気温を操り、体温調節をするくらいは容易だ。


 私はその恩恵に預かっているというわけだ。


 加えてフェンリルの体は柔らかい体毛に覆われているので、モフモフとしていて中々快適だ。

  

 人をダメにするソファーというものがあったが、こいつは人をダメにする犬だな。

 

(ねぇー、エレナー!!)

「(だから、さっき一時間も遊んだでしょう?)」


 放課後、授業が終わった後に私はフェンリルと遊んであげていた。

 ボールやディスクを投げたりしてあげるわけだが、フェンリルは大型犬並みの大きさで、そして体力はそれを軽く上回る。


 そんなフェンリルに一時間付き合うだけでもかなり体力を消耗するので、良い運動にはなる。


 ……なるが、しかし私は別に運動だけが趣味ではない。

 私にとっては、運動<読書である。

 

 読書は楽しいだけでなく、教養や知識が身につくから役に立つ。

 運動は不健康にならない程度にやれば良いと思うが、読書は可能な限りするべきだ。


(ねぇー。エレナ、さっきから何してるの?)

「(読書です)」

(読書って?)

 

 どうやらフェンリルの世界には読書という概念がない……というか文字を持たないのだから当たり前か。


「(本を読むことです。本とは、文字と呼ばれる記号を用いた情報記録・伝達媒体です)」

(面白いの?)

「(面白いですよ。それに本は少なくとも、人の顔面にボールを投げようとしませんからね)」


 皮肉混じりに私が言うと、フェンリルの心の「?」が浮かんだ。通じなかったようだ。

 まあ、分かるとは思っていなかったが。


 ところで私が「読書をしている」というと、大概の人間はなぜか「小説を読んでいる」ことを想定するらしい。

 だが私が読む本のうち、小説が占める割合は低い。

 小説というものに興味がないわけではなく、面白いとは思うが、私は暇潰しや娯楽以上の価値を見出すことはできない。


 読むなら学術書が良い。

 そういうわけで私が今読んでいるのは学術書で、「結界」魔法・魔術に関する本である。


 「結界」とは、対象と対象の間を遮断する魔法の総称である。

 この本によると、「結界」は大きく四種類に分類できる。


 一つは「物理結界」。

 これは対象と対象を物理的に遮断する結界である。例えを用いると、もしジャスティン・ウィンチスコットが私に対してボールを投げてきても、私がボールと自分との間にこの「物理結界」を張れば、ボールは「物理結界」に阻まれて止まる。


 次に「魔法結界」。

 これは「物理結界」の魔法バージョンだと思えばよい。ジャスティン・ウィンチスコットをギルバート・グランフィードに、ボールを彼の攻撃魔術に入れ替えれば、説明できる。


 この「物理結界」と「魔法結界」は同時併用されることが多い。


 例えばボールを腕力ではなく、魔法を用いて投擲した場合、「物理結界」だけではボールは防げてもボールを推進させている魔法的なエネルギーは遮断できないため、エネルギーが結界を擦り抜けて、こちらに攻撃が通る。


 もう一つ例を挙げるが、また炎の魔法を放った場合、「魔法結界」だけでは炎の魔法は防げても、炎の魔法が生み出した物理的な熱エネルギーは遮断できないため、やはり同様に結界を擦り抜けてしまう。


 この二つはセットで使用するのが常識だ。

 


 さて次に「論理結界」。

 これの説明は非常に難しいが……具体例を挙げるとこの魔法学園を守っている結界だろう。

 魔法学園には「生徒・教師」以外の侵入を防ぐ特殊な結界が存在する。

 この結界は、「生徒・教師」と「それ以外の人間」の二つを論理的に分けることで機能しているらしい。


 まあ、しかし「物理結界」「魔法結界」「論理結界」はさほど重要ではない。

 少なくとも、今の私にとっては後回しにしても良い事柄だ。


 重要なのは四つ目……「精神結界」である。

 これは自らの精神と外を遮断する結界であり、読心魔法を防ぐための重要な手段だ。


 「精神結界」には大きく分けて二つ、「精神閉蓋」と「精神防壁」の二種類に分類できる。


 「精神閉蓋」は文字通り蓋で、自分の心が外へ漏れることを防ぐ。つまり私が日常的に使用している聞心魔法を防ぐ効力を持つ。

 これの欠点を挙げるならば、蓋を閉じているだけなので、簡単に開けることができる……つまり見心魔法は防げない。もっとも「開けられた」ことは分かるので、役に立たないわけではない。


 「精神防壁」は防壁であり、自分の心が外側から干渉されることを防ぐ。つまり見心魔法を防ぐのだ。

 これの欠点を挙げるならば、特に意識しない限りは自分の心が外へ漏れることは防げない点である。あくまで警戒は外からの干渉だ。また、魔力の消耗もかなり激しい。


 だから警戒心が強く、そして優秀な魔法使いは「精神閉蓋」を常時展開し、侵入されたと思った時に「精神防壁」を展開する。

 もっとも……そもそも読心魔法は非常に高度な魔法なので使い手の数が少なく、日常生活ではまず警戒する必要がない……つまり杞憂なのだ。

 それに「精神閉蓋」はやはり魔法の一種なので、これを常に展開するのは気疲れする。


 だから「精神閉蓋」を常に展開しているような人間は、相当な変わり者であり、同時に優秀な人間であると言える。


 ちなみに「相当な変わり者であり、同時に優秀な人間」と言っておいて言うのも何ではあるが、私は「精神閉蓋」魔法を常に展開している。

 他人の内心を普段から盗み聞きしている身ではあるが、聞かれるのはやはり嫌だ。


 ちなみにこの精神結界もまた、「魔法ではあるが魔術ではないもの」の一つである。もっとも先に述べたように普通の魔法使いはこんなものを使うことは滅多にないのだが。


(……エレナ、誰か来る)

「(そのようですね)」


 私は本を閉じ、畜舎の入り口に視線を移した。

 すると入り口からいかにも魔法使いですと言わんばかりの帽子を被った老人が現れた。

 鉤鼻に白髪、黒いローブに、大きな木の杖。

 男性の魔法使いをイメージしてくださいと言われれば、十人中七人くらいは連想しそうな、そんな男性が現れた。


「仲が良さそうじゃの、エレナ」

「……ええ、まあ」


 エドワード・ランドロフ。

 リデルティア魔法学園の学園長であり、そしてこのリデルティア魔法学園で倒れていた私を発見した人で、私の後見人でもある。


 ……そして私が先天性の、生まれ持っての読心術師であることを知っている(おそらく)唯一の人物だ。


 私は自分の心に蓋をするイメージをした。

 念入りに、心という瓶に蓋を閉じ、蜜蝋で固める。


 さらにその瓶を分厚い石の壁、防壁で固める。


 精神結界――精神閉蓋と精神防壁――により、自らの心を防備する。


「何の用件ですか?」

「君と、フェンリルの様子を見に来たのじゃよ。のぉ、フェンリル。怪我の様子はどうじゃ?」

(悪くないよ。もうそろそろ治りそう)


 おそらく、私と同様に読心術の応用でフェンリルに自らの意志を伝えたのだろう。

 もっとも、彼のは私のような読心“魔法”ではなく、杖無し詠唱無しの読心“魔術”だろうけれどね。

 とんでもない実力だ。

 

「それは良かった。治った後も、好きなだけここにいなさい。エレナと仲良くしてやっておくれ」

(言われなくともそうするつもりだよ。エレナは友達だもん)

「私は迷惑なんですけどね」


 私抜きで勝手に話を進められると困る。

 ……まあフェンリルの世話する代わりに少額だがお小遣いはもらえているので、そんなに不満はないけど。

 

「用件はもう、これでお済みですか? なら、もう帰って頂きたいのですが」

「そんなに冷たいことを言わなくても良かろう」


 私はこの男が苦手だ。

 ……いや、違うな。正確には、怖い、だ。


 この男は常に自分の心に精神閉蓋を展開している。

 そして私以上に優れた、読心術の使い手だ。


 未知は恐怖だ。

 何を考えているのか分からない相手ほど、恐ろしい者はいない。


「君と話がしたいのだ」

「話……ですか? 何か、面接が必要な、悪いことを私はしましたか?」

「まさか! 君は大変、優秀な生徒じゃよ。先生方からの評判も良い」


 当然だ。

 私は優等生キャラをこの学園では貫いている。

 

「では、なぜ? 理由を教えてください」

「ふむ……教師が生徒のことをよく知りたいと思うのは、おかしなことかの? そもそもワシは君の後見人じゃ。保護者として、君がちゃんと学園生活を送れているか……できれば直接聞きたいのじゃが」

「……」


 これを無理矢理追い返すのは簡単だ。

 しかし相手は仮にも私の後見人であり、そして学園長なのだ。

 それは後々のことを考えれば、デメリットしかない……ということは私にも分かる。


「……手短に済ませてください」

「そんなに時間は取らせんよ」


 それから学園長とは簡単な雑談をした。

 好きな、得意な授業は何かとか、逆に苦手な授業はないかとか、学生食堂で食べれる美味しい食べ物だとか……

 本当に、他愛のない話だった。


「学校の生活は楽しいかの?」

「……ええ、学ぶことは嫌いではありません」

「友達はできたかの?」

「…………そうですね。はい、できました」


 私はそれからラインハルト・ブランクラット、クリスティーナ・エデルディエーネ、ギルバート・グランフィード、ジャスティン・ウィンチスコットの四名の名前を挙げた。


 友達……と言えば、彼らは友達かもしれない。

 少なくとも他の同学年の子たちよりは、距離が近い。


「では、信用、信頼できる友は? 先生でも良いぞ」

「……」


 私は答えなかった。

 人は信用できない。信頼など、もってのほかだ。


 相手の心の声を聞かなければ、相手の本音が分からなければ、私は安心できない。


「ふむ……そうか、そうかの」


 学園長はどこか悲しそうな表情を浮かべた。

 そして……どこか憐れむような様子も。


 しかしすぐに柔らかい笑みを浮かべた。


「とにかく、元気そうで何よりじゃな。……これからも、学業に専念しなさい」

「……はい。ご期待に沿えるように、頑張ります」

「そこまで、肩に力を入れんでも良いがの」


 学園長はそう言って、畜舎から去っていった。

 

「はぁ……」


 私は全身から力が抜けるのを感じた。

 ……緊張した。


 

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