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第18話 他者に勝ちたいという気持ちは分からないでもない。好きな人に勝ちたいは分からないけれど。

 なぜ“魔術”を使うのに杖が必要なのか。 

 というと、実は結論から言えば杖は不要だ。


 “魔術”とは魔力を魔法式へと流し込み、諸現象を引き起こすこの世界特有の技術である。

 

 その際、体内の魔力を対外へ放出するわけだが……

 この時に中間物質、媒体が存在した方がやり易い。杖はその媒体である。

 やり易い、だけの話なので杖がなくても使えないというわけではないのだ。まあ、相応の技術力が求められるが。


 ちなみに杖は棒状のものでなければならないという決まりはない。

 短い杖の方が振りやすいから便利というだけの話で、長い杖でも良いし、剣でも良いし、指輪でも良い。


 さてなぜ急に杖の必要性について述べたのかと言うと……

 身体能力強化の魔法には杖が全く不要だからである。


 杖は対外に魔力を放出するための媒体。

 つまり体内で魔力をやり繰りする、もっとも原始的な魔法とされる身体能力強化の魔法には杖が不要なのだ。


 ちなみに身体能力強化魔法は一般人が使える、数少ない「魔術ではない魔法」の一つでもある。


 だから……私はボールを握りながら体内の魔力を全身に流す。


 ギルバート・グランフィードほどではないが、私の魔力量は多い。

 魔力量は幼少期からの訓練と先天的な才能の二つによって決まる。


 私が魔法の存在を知ったのは最近なので、幼少期からの訓練などしていない……

 と言いたいところだが、多分無意識でやっていたのだろう。


 つまり、読心能力だ。

 あれは私が先天的に使える魔法の一種。

 幼い時から常時発動させていたから、それなりの魔力消費になっていたに違いない。


「よくも、Mr.ブランクラットを殺しましたね。Mr.グランフィード」

「いや、僕は生きているけど」(勝手に殺さないで欲しいな……)


 すぐに外野から突っ込みの声が入るが、私は無視した。


「授業中にイチャついているカップルが悪いだろ」(それに大して……というとベレスフォードに怒られるか)


 そうだよ、それで良いんだ。

 少しは自分に自信を持ってもらわないと……一方的にライバル視している私が滑稽になる。


 私はギルバート・グランフィードを真っ直ぐ見つめながら……ボールを投擲した。

 ボールはギルバート・グランフィード……へは向わず、その横にいた、ボーっとしていた小太りの少年に当たった。


 ピッ! と教師が短く笛を吹き、“当たり”を知らせる。


「ぐふぅ……」(な、何で突然?)


 ボールは狙い通り跳ね返り、こちらの陣地に戻ってきた。

 私はそれをすぐさまキャッチし、敵の陣地の隅で団子になっている集団――どうしてドッチボールになると、ご丁寧にひとまとまりになる連中がいるんだろうか? 特に女子――に向けてボールを投げた。


 笛は連続で二回鳴った。

 そしてやはりボールは私の狙い通り、外野へ転がった。


 それをラインハルト・ブランクラットが掴み、すぐさま投げた。

 さすがイケメン。

 女子を狙うことなく、男子を当てて、彼は自陣に戻ってきた。


「ドッジボールの定石は雑魚から潰すことです」

 

 強いやつを当てても外野に行くだけだし、どうせすぐに戻ってくる。

 一度外野に行けば戻ってこれそうもない雑魚をまず先に潰す。


「その言い方はちょっと、酷くないかい?」(いや、そのおかげで戻ってこれたからあまり文句は言えないけど)


 自陣に戻ってきたラインハルト・ブランクラットは苦笑いを浮かべて言った。


 まあ、しかしこれで四人は潰した。 

 一方でこちらの損害はゼロ。


 一仕事終えた私は逃げに徹することにした。


 これは授業ではあるが、同時に遊びでもある。

 できるだけ全員が楽しめなければならない……つまり私だけがボールを投げるような状況は望ましくない。


 他のクラスメイトに活躍の機会を与えなくては。


 ……こういう気遣いをしなきゃいけないから、チームスポーツは嫌いなんだ。

 一人で延々とバク転をしていたいものだね。


 しばらく他のクラスメイトの補助に私は回る。

 私が最初に流れを作ったおかげか、一応こちらが有利だが……

 

 やはり脅威はギルバート・グランフィードの剛速球だ。対応できる者がうちのクラスにいない。

 彼がボールを取ると、露骨にうちのクラスの士気が下がる。


 仕方がないな。


「っきゃ! ……え、エレナさん?」(た、助かった……)

「大丈夫ですか、クリスティーナ」


 私はギルバート・グランフィードの投げたボールを受け止め、結果的にクリスティーナ・エデルディエーネの身を守った。

 クラスの士気が少しだけ上がる。


 しかし……本当に強いな。手がジンジンする。


 さて、どうせ外野に行ってもすぐに戻ってくるだけだろうけれど……

 士気を上げるために、ギルバート・グランフィードの首を取らせて貰おうかな。


 私がボールを取ったことで、敵のクラスにも緊張が走る。

 ギルバート・グランフィードも私を警戒しているようだった。


 さて……正直、ボールの速さではギルバート・グランフィードには叶わない。素直に投げても、取られてしまうだろう。


 だから私はギルバート・グランフィードの少し右あたりに狙いを済ませて、ボールを全力で投げた。

 狙いがややズレていたこともあり、ギルバート・グランフィードは油断したのか緊張が緩む。


 しかしボールは突如、左側に……ギルバート・グランフィードから見て右側に軌道を変えた。

 結果、カーブを描いたボールはギルバート・グランフィードの体を掠めた。


 ッピ! と笛の音がなり、ギルバート・グランフィードにボールが当たったことを伝えた。


「なっ……」(どうして、ボールが回ったんだ? まさか……変化球?)


 正解だ。

 私はボールに反時計回りの回転を加えて投げたのだ。

 結果、ボールはカーブを描いてギルバート・グランフィードに当たった。


 こういう小細工は私が得意とするところだ。


 さて、その後ギルバート・グランフィードはすぐに内野に戻ってきたが、敵の士気が一時的に挫け、こちらの士気が上がったことで我がクラスが勝利した。





 さてその日の夜。

 就寝の三時間前、私は体育館へと向かった。


 体育館もまた、この学園にある自由に使っても良い施設の一つだ。

 日本では児童が勝手に使うなんてことは許されないが、リデルティア共和国は“自己責任”万歳な国なので、特に監督者がいなくても使える。


 体操着に着替えて体育館に入った私だが、すでにそこには先客がいた。


「く、くそ……どうしてできないんだ!」(ベレスフォードやグランフィードに負けて堪るか!)


 彼は、ジャスティン・ウィンチスコットはバク転の練習中だった。

 どうやら今日の体育であまり活躍できなかったことを気に病んでいたようだった。


「こんばんは、Mr.グランフィード。精が出ますね」

「お、お前は、べ、ベレスフォード!!」(よりにもよってこいつが!)


 どうやら努力している姿を私に見られたくなかったらしい。

 彼は少しバツが悪そうだった。


「私はお邪魔しないように、少し離れたところでやってますね」


 私はそういうと、少し離れたところで軽い準備運動を始めた。

 体が温まったところで杖を振ってマットを振り、その上で筋トレを始める。

 腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワット。


 一通り筋トレが終わったころには、私は汗でびっしょりになっていた。

 持ってきたタオルで軽く汗を拭き、水筒の水を飲む。

 それからジャスティン・ウィンチスコットの様子を観察する。


 彼もやはり汗びっしょりになっていた。

 うーん、少しは休んだ方が良いんじゃないか? 効率が悪いぞ。


「な、なんだよ……ベレスフォード!」(まさか、馬鹿にしてるんじゃないよな?)


 失礼だな。確かに私は性格は悪いが、私は努力している人間を笑うほど性格は悪くないぞ。

 私はジャスティン・ウィンチスコットに近づく。


「少しは休憩したら如何ですか? タオルや水は持ってきてないんですか?」

「……それは俺の勝手だろ?」(失敗したな……水は持ってくるべきだった)


 やはり持っていないらしい。

 うーん、倒れられると困るからな。


 仕方がないので私は予備で持ってきていたタオルを投げ渡した。

 水は……まあ、これでいいか。

 私は彼がタオルを受け取ったのを確認してから、自分の水筒を投げた。


「こ、これは……」(え、いや、まさか飲めって……)

「飲んでください。倒れられたら困りますし」

「い、いや……こ、これ、お前がさっき……」(口付けてたやつじゃん……)

「私は気にしません。それとも、気になりますか? なら、無理にとは言いませんけど」


 すると彼は「別に気にしてなんかいない!」(お、俺だけが意識しているみたいなのは、なんか嫌だ)と言いながら(思いながら)私の水筒に口をつけた。


「……なんか、へんな味だな」(ちょっと甘いけど、しょっぱい気も……)

「塩と砂糖とレモン汁を入れてあります」


 私はそういうと水筒を彼から受け取り、それから投げ渡したタオルについては後で洗って返してくれと伝えた。


「バク転、お教えしましょうか?」


 正直、一人だと無理がある気がする。

 誰かに補助して貰った方が覚えも良いはずだ。


「は、はぁ? お前の助けなんか……」(よりにもよってベレスフォードの助けなんて……)

「Mr.グランフィードに勝てなくても良いんですか?」


 私に勝てないぞ? というと余計に意固地になりそうなので、そういうことにした。

 それにこれは間違いではない。

 ギルバート・グランフィードはバク転ができないので、もしジャスティン・ウィンチスコットがバク転を習得すれば、一分野だが彼に勝ったことになる。

 

「ああ……もしかして、私のことが嫌いですか? まあ、そうですよね。嫌ですよね……」


 と、少し寂しそうに言ってみると彼は少し慌てながら言った。


「い、いや……お、教えてくれ!」(それは卑怯だろ!)


 それで良いのだよ。

 私は笑みを浮かべた。


「これは私の持論ですが……努力をすることや失敗すること、他者に教えを乞うことは恥ずべきことではありません。なぜなら、大事なのは結果だからです。過程がどんなにみっともなくとも、結果が伴えばそれで良い。そう、思いません?」


「そ、そうか……」(なんか、嵌められた気がする)


 嵌めたのは事実だ。

 なぜわざわざこんなことをしてまで教えてあげようと思ったのは……単純に非効率なのが見ていられなかったからだ。

 あと少しなのに、その少しに気付いていない……というのは案外気になるのだ。


「大事なのは体で覚えること、それと怖がらないことです。補助してあげますから、一度飛んでみましょう。コツを掴んでください」


 私はそう言って彼の体に近づき、その服を持った。


「わ、分かった……」(ち、近い……汗、いい匂いする……待てよ? 俺、臭くなってないよな?)


 ……臭いと思われるのは嫌だが、いい匂いと言われるのも複雑だな。

 ちなみに彼の問いに答えると、やはり臭う。が、普通に汗臭い程度なので問題ない。


 良かったな、お互い腋臭じゃなくて。そうだったら地獄絵図だった。


「と、跳ぶぞ?」(き、緊張するな……)

「大船に乗ったつもりでいてください」


 彼は意を決した様子で跳んでみせた。

 私は彼の背中を片手で支え、もう一方の手で襟を掴んで軽く引っ張った。


 クルっと、きれいに彼は回転した。


「うぉ……」(できた……でも、支えて貰ったからだしな……)

「できたでしょう? あと、私はさほど力は入れてませんよ。あと五回ほどやってみましょう」


 私はそれから四回ほど彼を補助し……

 そして五回目で、彼には伝えず、補助をやめた。


「うわっ!」(い、いま、こいつ手を離してたよな?)

「できましたね」

「ひ、一言言えよ!」(少し、ヒヤッとしたぞ!)

「良いじゃないですか、できたんだから。さあ、感覚を忘れないうちに」


 私は納得いかなそうな彼を急かし、練習を促す。

 それからしばらく繰り返した彼は、完全にバク転の感覚を覚えたのか、見事にできるようになっていた。


「これでMr.グランフィードには勝ちましたね」

「……でも、お前には、負けたままだ」(バク宙はできないし……)


 私は思わず目を細めた。


「私に勝ちたいんですか?」

「…………当たり前だ」(好きな子に、平民に、負けたままは嫌だ!)


 平民云々は理解できないが、負けるのは嫌だという点は分かる。

 私も常に一番でいたいし。


「そうですか、じゃあ私はあなたに追い越されないように、今以上に頑張らないといけませんね」


 今回は塩を送ったが、負けてやるつもりはない。


「なあ、お前って……普段からここでいろいろやってるのか?」(最低でもこいつと同じことはしないと勝てない……せっかくだし、日ごろ何をしているのか聞こう)


「ええ、この時間は大体ここにいますね」


「……他には何をしてるんだ?」(これだけ、なのか?)


「ほかに、ですか。毎朝ランニングと、放課後には魔法の訓練をしてますけど」


 魔法の訓練はともかくとして、朝のランニングと夜の筋トレは日本にいたころからの習慣だ。

 体を動かすのは好きなのだ。


「……俺も、一緒にやって良いか? い、いや、他意はないぞ?」(一緒にいる時間も増えるし、一石二鳥だ)


 他意、あるじゃん。


「別に構いませんけど」

「言ったな? 抜け駆けは絶対、許さないからな!」(いつか、追いついて俺を認めさせてやる!)

「ライバルを騙したりはしません」


 一応、認めてはいる。

 という意思を伝えると、彼は目を吊り上げた。


「ら、ライバル? へ、平民女が、生意気言うな! 俺は貴族だぞ!! お前と、対等なんかじゃない!!」(ライバルって……っく、高見の見物か? 今に見てろよ? 絶対に、お前を見下ろしてやる!!)


「平民、貴族云々は気に入りませんが……でも、対等じゃないっていう考え方は、好きですよ。追いつくではなく、追い越しに来てもらわないと、張り合いがありませんからね」


 発破をかける意味で言うと、彼は顔を赤くさせた。


「この、平民のくせに、いちいち上から目線のやつだな!」(今、好きって言った? 言ったよな? 好きって言ったよな?)


 こいつ、本当に面倒な性格しているなぁ……

 と私は自分を棚に上げて思うのだった。

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