第17話 どうしてみんな私の足ばかり……ああ、胸がないからか。
「まさか、本当にできるなんて! エレナ、凄いですわ」(本当に運動能力が高い……)
「さすが、Miss.ベレスフォードだ」(冗談か、見栄を張っていると思っていたんだけどなぁ……)
感嘆の声を上げているのは、クリスティーナ・エデルディエーネとラインハルト・ブランクラットの二人だ。
最近では私のおかげで随分と仲良くなったようで、カップルとはいかないまでも、親しい友人程度の関係を築いている。
そんな恋のキューピッドである私の、何に二人が感心しているのかというと、結論から言えばバク転である。
リデルティア魔法学園にも、体育に相当する授業がある。
魔法学園なのに体育なんてやるのか、と思うかもしれないが……
リデルティア共和国では、魔法使いは“戦うこと”を支配階層として君臨する根拠としているので、むしろ日本の学校よりも体育に力点が置かれている。
魔法使い=江戸時代の武士、程度に考えれば理解はしやすい。(無論、厳密には異なるが)
「まあ、それほどでもありますね」
私は胸を張って見せた。
自分で言うのも何だが、私は目立ちたがり屋だし、プライドが高いのだ。
だから褒められたり、尊敬されるのはとても気分が良い……いや、良くならない人間は珍しいと思うけれど。
「……君には教えることはあまりなさそうだな」(まあ、楽で良いけど)
などと内心で呟いているのは男性の体育教師である。
生徒の中には後転すらできない者がいるので、ぜひそっちの方を見てあげて欲しい。
「じゃあ、一人で練習していて良いですか? いろいろ組み合わせを試したいんですけど」
「構わないぞ……くれぐれも無理はしないように」(まあ、多少の怪我は魔法で治せるからな)
この世界、治癒魔法というとても便利なものがあるので、案外人は死なない。
まあ、怪我はしないに越したことはないが。
しかしあっさりと一人でバク転をする許可が出てしまうあたり、日本とは教育方針が全然違うなと思う。
小学校の体育ではバク転やバク宙はやらせて貰えない。
いや、危険だからというのは分かるのだが。
だからといって、周りに合わせて、程度の低いことをやらされるのもストレスが貯まる。
その点、リデルティア共和国の教育方針は日本と比べれば、子供の自主性……というよりは放任主義というか、自己責任論がかなり強いおかげで、いろいろ自由にやれる。
もっとも、これは別に日本よりもリデルティア共和国の教育制度の方が優れているというわけではない。
合うか合わないかは、人によるだろうし、それに部分部分によっても異なる。
少なくとも体育という分野に関しては、リデルティア共和国の方が私はあっている。
例えば、リデルティア共和国の教員は基本的に生徒の私生活にはノータッチだ。夜歩きなどの校則違反は別だが。
だから生徒間の間で紛争があっても、介入しない。
喧嘩があっても放置だし、酷いイジメがあっても無視で、そしてそれが問題になることもない。(“問題”になることはないから、ある意味“イジメ問題”は存在しない)
教師は勉強だけ教えていればいい。
それ以外は自主解決しなさい……それがリデルティア共和国の基本的な教育方針だ。
体育教師が私の一人練習を許可してくれたのは、もし私の首がへし折れても、彼がクビになることはないからだ。
まあ、せいぜい減給程度だろう。思うに、日本の教師の方がよほど生徒や学生のことを大事に思っているんじゃないかな?
まあとりあえず、許可は取ったのでバク宙をしてみせる。
バク宙は五回に一度は失敗してしまうのだが、今回は調子が良かったため難なく成功できた。
するとクリスティーナ・エデルディエーネとラインハルト・ブランクラットの二人が、「おぉ……」と感嘆の声をあげた。
やっぱり“良い意味で”目立つのは心地よいな。自尊心とか、虚栄心とか、その辺の欲求が満たされる感じがする。
その後、気分良くバク宙や連続バク転、ロンダートからのバク転を一人で永遠と繰り返していると……
「そこ、代わってもらえないか?」(足、綺麗だな……)
若干、変態気味なことを考えながら私に話しかけてきたのは、ジャスティン・ウィンチスコットである。
彼は私に惚れているので、私の何もかもが“素敵”に見えるようだ。
尚、なぜ彼が普段は言及することのない私の“足”について言及したのかと言えば、おそらくだが私が今、体操服を着ているからだろう。
体操服のデザインだが、この辺は日本とあまり変わらない。
上は白の半袖で、下はズボン。
女子の場合は半袖に赤のラインが入り、そしてズボンはちょっと短め(ショートパンツ程度)で、色はやはり赤。
男子の場合は半袖に青のラインが入り、そしてズボンはちょっと眺め(ハーフパンツ程度)で、色はやはり青。
と、まあそんな感じだ。
ズボンが動きやすいように短め――少なくとも制服を着ている時よりは足が出る――なので、彼の視線は私の足に向かったのだろう。
私は読心能力があるので、周囲の人間がどれくらい私の容姿に好意を抱いているか――より端的に言えば性的な視線を向けているか――が分かる。
年齢が上がるにつれて男性(無論、主に同年代から。年下や年上からも珍しくはなかったけど)からそういう視線を向けられることは珍しくなくなり、(そしてたまに同性である女性からも)受けることはあったので、こういうのは慣れている。
幸いなことに私はナルシストなので、人からそういう目で見られることに関して、前向きに捉えることができる人間だ。
……「うわ、短足で、太い上に、肌汚いなぁ……グロ画像をみた気分だ」と内心で貶されるよりは「長くて、細くて、肌がきれいで素敵」と思われた方が良いだろう?
もっとも恥ずかしいは恥ずかしいのだけどね。だからといって、全くの無関心というのも私の女としてのプライドが傷つく。複雑な乙女心というやつだ。
私が一人で使っていたのは“バク転練習用マット”なので(この授業ではどの技を練習するかで、どの場所のマットを使用するかが決められている。教師が監督しやすようにするためだ)、実質私の占有状態だったが……
彼がバク転の練習をするというのであれば、別に構わない。
私がマットを譲ると、ちょっと緊張した表情でジャスティン・ウィンチスコットがマットの上に立った。
「ふぅ……」(俺なら、できるはずだ。……ベレスフォードに負けて堪るか。良いところを見せてやる)
何となく、私は危険な雰囲気を感じ取ったので、太腿に装着してある杖ケースに手を伸ばした。
杖は魔法使いの誇りであり、生命線でもあるので、例え動き辛くとも、常に携帯していなくてはならないとされている。
私が見守る中、ジャスティン・ウィンチスコットは強くマットを蹴った。
(ミスった!)
彼は空中でそんなことを呟いた。
私はとっさに杖を引き抜き、浮遊魔法を使用する。
すると頭からマットに衝突する前にジャスティン・ウィンチスコットの体は空中で静止した。
私は杖を振って彼を安全に着地させる。
「大丈夫でしたか?」
「……邪魔をするな、平民女」(っく、恥を掻いた……)
顔を真っ赤にするジャスティン・ウィンチスコット。
助けてやったのに、失礼なやつだなと私は思ったが……何だか可哀想だったので口に出さないであげた。
「教えてあげましょうか?」
「お前の助けなんて、いらない! 余計なお世話だ!!」(何だよ、こいつ! 俺のことを馬鹿にしているのか!)
沸点が低いな。カルシウムが足りていないぞ。
私とジャスティン・ウィンチスコットが少し揉めていると、教師が笛を鳴らした。
集合の合図だ。
それから教師はこれから残り二十分で行う授業内容について説明を始めた。
「これからクラス対抗のドッジボールを行う」(クラス対抗にすると、勝手にやる気になってくれるから楽で良い)
ドッジボール、ね。
あまりいい思い出がないな。よく、流れ弾が飛んでくるし。
この世界に来てからはジャスティン・ウィンチスコットに流れ弾を当てられそうになり、逆に顔面にボールを叩き込んでやった。
……いや、そんなに悪い思い出でもないな。
「ただし……身体能力強化の魔法を使って、だ。無論、使わなくても良いぞ?」(まあ、そろそろ基礎的な身体能力強化くらいは使えるだろう。さて、エレナ・ベレスフォードとギルバート・グランフィード、どちらの方が勝つのか、見物だな)
身体能力強化込みか……それはちょっと面白そうだな。
私も何だかんだで十歳児なので、そういうのはワクワクしちゃう。
「ボール、怖い……ラインハルト様、守って?」(よし、密着するチャンスだわ!)
「あ、ああ……安心してくれ」(あまりくっつかないで欲しいな……恥ずかしいし、というか動きにくいし)
これからドッジボールが始まろうとしているというのに、イチャイチャし始めるラインハルト・ブランクラットとクリスティーナ・エデルディエーネ。
……君ら、最近、調子に乗ってないか?
ちょっとだけ私がイライラしていると、教師が試合開始の笛を鳴らした。
最初の一球は敵のチームで、投手は……ギルバート・グランフィードだった。
ギルバート・グランフィードはごく普通の動作でボールを投げた。
すると……
ボールはすさまじい速度で、ラインハルト・ブランクラットの胸に当たった。
私は思わず、内心でガッツポーズを取った。
たまには良いことするじゃないか、ギルバート・グランフィード!
授業中にイチャつくバカップルを成敗したギルバート・グランフィードへの、私の好感度が若干上昇する。
(よし、リア充を倒したぞ!)
ギルバート・グランフィードも歓喜しているようだ。
初めて心が通じ合った気がするな。
さて……
私はボールを拾い上げた。
「仇は私が討ちましょう。Mr.ブランクラット」
やっぱり、遊びはある程度真剣にやらないと、面白くないからね。




