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第16話 ほならね、車くらい拳で破壊してみろってんですよ。



 ギルバート・グランフィードの魔力量は凄まじい。

 基本的に魔力量は先天的な才能と、後天的な努力――特に幼少期の魔力訓練――によって基礎が決まり、その後の肉体の成長と合わせて増加する。


 “男主人公”である彼にはやはり先天的な才能があり、そして転生者であるが故に幼少期に努力を重ねることができたのだろう。


 大事なのは努力ではなく結果であると私は思っているが、彼の場合はその努力が実を結んで高い魔力量という結果を生んでいるわけで、私はその点に関しては誇るべきことだと思う。


 今もこうして彼は魔法の鍛錬をしているわけで、そういうところは好意が持てる。(無論、恋愛的な意味ではなく、人間としての話である)


 だからこそ、妙に自分を客観視できていないアホなところが……

 否、自分を過小評価しているところが理解できないし、正直腹立たしいのだが。


「私もそれなりに自信はありますが、少なくとも今はあなたには一歩譲るしかありませんね」

 

 今は負けているけど、最終的に勝つのは私だからな? というニュアンスを込めて私は言った。

 私は負けず嫌いなのだ。

 するとギルバート・グランフィードは不思議そうな表情を浮かべた。


「こんなの、全然大したことないだろ。過大評価だ、やめてくれ。お前の方がもっと凄いんじゃないか?」(こいつの方が勉強はできるし……手を抜いてるんじゃないか? それに師匠には及ばないし、密猟者には勝てなかったし……)


 本当、どういう思考回路しているのか、理解に苦しむな。

 謙遜が美徳だと思っているのだろうか。

 生憎、私は六歳まではアメリカで育ったから、そういうのは皮肉にしか聞こえない。


 「こんなの誰でもできるんじゃないか?」とか「大したことない」とか「弱すぎる」とか言われる……というか思われると、煽られているような気分になる。


 私はそんな彼の隣に立ち、杖を抜いた。

 そして全力で魔法を放つ。


 それはギルバート・グランフィードには少し劣るものの、一般的には高威力と言えるものだ。


 実は私も魔力量は多い部類である。

 なぜか……と言えば、おそらく読心魔法が関係している。

 これは魔力を使用しているわけだが、私は幼少期から、少なくとも記憶があるころからこの読心魔法を常時使用していた。

 

 だから魔力量が増えたのだろう。


「これが私の全力です。あなたよりは威力が低い。……そして一般的に優秀と言える、Mr.ブランクラットやMr.ウィンチスコット、クリスティーナよりも私の方が威力が高い。意味、分かりますか?」


「それはみんな手を抜いて……」(いや、でも俺の魔法の威力がそんなに凄い威力なはずが……)


「手を抜いてあなたを騙す合理的な理由はあるんですか?」


 私はそう言いながら無音詠唱や省略詠唱の練習を始める。

 私は負けず嫌いだが、残念ながら魔法の威力(・・)という分野では彼に勝てそうもない。


 だから他の分野で、つまり手数や詠唱の速さ、正確さ、技術力で勝負するつもりだ。

 まあ、もっとも彼は私と勝負しているつもりなどないと思うけれど。


「いや、でもあの時、俺は何もできなかったけど、お前はあの密猟者を倒しただろう?」(俺はこの子よりも二十歳、いや実質的には三十歳年上なのに……)


「ええ、私は天才ですからね。総合的に私の方が、あなたよりも優れているのは当然のことです」


 私はそう言って胸を張って見せた。 


「でもそれはあなたが優れていないことの証明にはなりませんから」


 総合的には勝っていると思うが、分野によってはこいつの方が上だろう。


「いや、でも俺は大したことのない……」(結局は転生というアドバンテージがあるだけで……)

「大したことがないって、言っていると本当に大したことがない人間になりますよ?」


 自分が人よりも劣っていることを自覚するのは大切なことだ。

 しかし同時に自分に自信を持つことも大切なことだ。

 と、私は思う。


 私は自分のことを天才だと思ってはいるが、この世のすべての人間より優れているとは思っていない。

 私よりも才能で、または長く生きたという理由から優れた人は大勢いるはずだから。


 だからそういう人間に負けないように努力するし、その努力が自信の根拠になる。


「それとも、何かあるんですか? 自分が大したことがないという、理由が?」


 私はそう言いながら魔法を撃つ。

 話ながら魔法の練習をする……というのは中々良い訓練になる。


 しゃべりながらは不真面目ではないか? と思うかもしれないが、実際の戦闘では魔法を撃つことだけに集中できるような状況は稀だろう。

 もっとも、私は戦闘なんて将来するつもりはないけど。

 そういう荒っぽいことはもっと逞しい男性にでも任せて、私は研究室で魔法の研究でもしていたい。


「……まあ、ないことはないけど」(俺はどうしようもない、人間のクズなんだよ……)


 人間のクズね……

 私の父親は、私の母親を孕ませたにも関わらず、アジア人の血が流れているという理由で捨てた控えめに言って屑な人間だけど、能力は優秀だぞ?

 

 何しろ、とある有名大学の教授だ。

 将来的には留学して、最前列で講義を受けにいってやろうと思っていた。もっとも、この世界に来てしまったせいでそれは叶わぬ夢になったが。


「気になりますね、聞いても良いですか?」

 

「その、知り合いの教訓があって。……これは知り合いの話だぞ?」(……まあ、三十歳の人間の人生を話しても、俺のこととは思わないだろう)


 いや、すみません。心の声、丸聞こえなんです。

 私は内心で謝っておいた。 

 

「そいつは……小学、小さい時は試験とかで良い点とか取ったりして、頭が良い……とそいつは思ってたんだ。それに親も持て囃したし。だから……それを鵜呑みにして、そいつは調子に乗ってな。その、中学受、ん、まあ、ちょっと難しい試験を受けて、良い学校に進もうとしたんだ」(あの時、もっと勉強をしていれば……いや、自分が馬鹿だってことを知っていれば……)


 中学受験か、まあ私には縁のない話だったな。

 中・高はショートカットしてしまったし。


「まあでも、それに失敗して、地元の学校に通うことになったんだ。でもお、そいつは自分がまだ優秀だと思っていて、自惚れていた。調子に乗ってたんだ。でも……どんどん勉強が難しくなって、ついていけなくなった」(真面目に勉強していれば違ったかもしれないけど、俺は自分で地頭が良いと思い込んでいたんだ。……少し本気を出せば、すぐに逆転できると、思っていた)


 なるほど、確かに小学校の勉強と中学校の勉強は、大きな差がある。

 私も初めて中学の範囲に手を出した時、一気に難易度が一段階上がったような気がした。

 まあ、それは最初だけで慣れてしまえばどうということもなかったけれど。


「でも、結局そいつは努力せずに、頭の悪い底辺高校に進学したんだ。それでもなお、そいつは自分は優秀だと思い込んでいた。周囲とは、こんな馬鹿共とは違うって、思ってたんだ」(今、思うと中二病も引きずってたかな……)


 うーん、話が見えてきたぞ。


「それでそいつは……イジメられて、結果として不登校になった」(あの時、学校に行き続けていれば……)


 イジメと不登校か。

 喧嘩っ早い私としては、悪口を言われたら悪口を返せば良いし、殴られたら殴り返せばいいと思ってしまうのだが……

 まあ、誰もが私のように我が強いわけではないし、それに相手がそれで引いてくれるかも分からないしね。


「ちなみにどんなイジメを?」

「まあ、殴られたり、物を隠されたり、お金を強請られたり、かな?」(あと裸の写真を取られたり、教科書に落書きされたり、告白どっきりを仕掛けられたり……)


 なるほど、よくあるやつだな。

 想像にし易い。


「それから俺はずっと、仕事もせずに家に引きこもって……」(せめて、バイトでもすればよかったのに。プライドだけは高かった俺はバイトもできなかったんだ……)


「それで、その人はそのあと、どうなったんですか?」


 「俺」という言葉は聞こえなかった振りをして、私は尋ねた。


「……そのままだよ。ずっと、親に屑だとか、努力が足りないとか言われ続けて。分かってた……分かってたんだけど、お、そいつは何もしなかった。怖かったんだ。それで三十歳まで生き続けて……」(気付いたら、一、二歳くらいの年齢の捨て子になっていた)


 ……死んでないじゃん。死んでないのに、“転生”っていうのか?

 しかし不思議だな……彼も私も、どうしてこの世界に来る羽目になったのか。

 まさか、偶然ということはあるまい。


 まあでも。とりあえず、彼が自分に自信が持てない理由は分かった。

 つまり、自分が何もかも悪かったと思っているわけだ。


「俺はその教訓から、自分のことは大したことないやつだと、思うようにしているんだ」(周囲の評価も信用できない……特に今は、こんな幼いうちの評価なんて、何の意味もない)


 その考えは私も一部見習わないといけないかもな。

 確かに私は今は天才で優秀だが、しょせんは十歳で、人生のうちの五分の一も消化していない。

 これから何が起こるか分からないから、油断だけはしちゃダメだな。


「それで、どう思った?」(俺のこと、どう思うんだろう? やっぱり、屑だとか、自己責任とか、思うんだろうか? まあ、そうだよな。実際、そうだったし。変えられるチャンスはいくらでもあったんだ)


 仕方がない……少し励ましてやろう。


「そうですね……不幸だったと、思いますね」


「……不幸?」(運が悪かったってことか?)


 私は頷いた。


「ええ、両親に、同級生に、社会に、恵まれませんでしたね」

「……両親や同級生や社会が悪かったってことか?」(……何もかも、周囲のせいだって言うのか?)

「そうですよ、周囲の環境のせいです」


 私は魔法を撃ちつつ、言葉を選びながら答える。


「まず責められるべきは、彼をイジメた同級生でしょう? まずそこに彼の罪はありません」


「いや、でもそいつは周囲のことを馬鹿にしていたし、イジメられて当然の性格をしていたし、周囲をイライラさせていた……と思う。それに反撃しなかったそいつが、弱かったのも悪かったんじゃないか? どっちにも悪いところがあったと思わないか?」(だとするなら、俺にも責任が……)


 これはまた、恐ろしい考え方だ。


「実に面白い考え方です。そうですね……ではこうしましょう。あなたは裁判官です。ある日、馬車(くるま)の暴走によって歩道を歩いていた幼児が跳ね殺された……という痛ましい交通事故が発生しました。あなたはその事故に関する裁判で、『馬車(くるま)が暴走したことには御者に責任がある。が、しかし幼児が跳ね殺されたのはその幼児の肉体の脆弱性が故であり、肉体が脆弱であった幼児にも責任がある。だから御者の罪は減刑されなければならない』という判決を下すのでしょうか?」


 そんな迷裁判官がいたら驚きである。

 早急な司法制度改革が必要だ。

 

「何が言いたいのかというと、物事の原因と責任・罪悪は別である、ということです。ですから、彼がイジメられた要因に彼の性格・人格に問題があり、また彼の肉体や精神が脆弱であったことはことは確かかもしれませんが、それについての責任と罪悪は全くもって関係のない話です」


 イジメが発生した際に、イジメられた側が弱かったから悪いなどという議論は、交通事故で轢かれた人間が死んだのは轢かれた人間の肉体が脆弱だったから悪い、というのと同じ議論である。

 たとえ、轢かれた側が信号を無視していたとしても……

 結局のところ轢いた側に大きな過失があるのは、道交法の定める通りである。


 そういうことを言っても良い人間は、トラックで轢かれた時に逆にトラックを破壊できるような強靭な肉体を持つ者だけだ。もっとも、そんな化け物を人間として認めてよいかは少々疑問が残るが。

 

「そ、それは……そう、かもしれないな。でも、その後働かなかったのは、そいつが悪いだろう? いくらでも人生を変えられるチャンスはあったのに……」(自己責任じゃないのか?)


「ふむ、そのことに対して責任が彼にもあることは間違いありません。ですが、まず問われるのは社会の責任です。一度落伍したものを容認することができない、救済しようとしなかった社会にも大きな責任があるでしょう。次に責任があるとすれば、それは両親にあります。子供の養育は、独り立ちするまで育て上げることは両親の義務です。もし、彼個人に責任があるとするならばその次ですね」


 もっとも、実のところ私は両親に子供を育てる義務があるとは思っていない。

 そもそも私が義務という言葉が嫌いだ。

 権利に義務が伴うというのは全くのまやかしで、実際には義務というのは押し付けるものであり、そして権利とは奪い取り、勝ち得るものである。


 だから私は自分の両親を、アジア系という理由で母を捨てた父を恨まないし、そしてまた私の目の前で当てつけのように首を吊って死んだ母も恨まない。

 

 私はそんな父でも、そんな母でも、愛しているし、大好きだから。


「安易な“自己責任”の言葉は、すべての責任を個人に帰することで周囲や社会全体の責任や罪悪を矮小化します。使用には注意が必要ですね」


 “自己責任”と安易に使う人間は自分が社会的弱者であるという自覚が足りていないように思える。

 人生、何が起こるのか分からない。


 まあもっとも、何が起こるか分からないからこそ、常に備えていなければならない。

 結局のところ社会は頼りにならないわけだから、そういう意味では“自己責任”と言えるかもしれない。


「……どうして」(そんなに、俺を、人に迷惑をかけたやつを庇うんだ?)


 私は彼が最後まで言うよりも前に言った。


「別に深い理由はありません。今まで私が言ったことには屁理屈もありますし、反論もいくらでも考えられます。私自身、自助努力ができなかった人間の気持ちは理解できません」


 私は最後の魔法を放つ。

 今日はここまでだな。


 杖をホルスターに仕舞った私は去り際に言った。


「ただ……そうですね。一人くらいは、『周囲のせいにしても良い』と慰めてあげる人がいても、良いかなと思っただけです」



 もう一つ、理由を言うなら……うん、そうだね。




 





 自分がライバルに設定した相手には、胸を張っていて欲しい……かな?






 勝つのは絶対に私だけどね。


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