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第15話 勉強は難しければ難しいほど楽しい。

 私が『リデルティア・ストーリー』のシナリオに熟知していないのは以前も述べた。

  

 だがシナリオ要素は重要なところ以外分からないが、逆に言えばやり込み要素に関してはそれなりに精通している。

 私の担当はそちらだからだ。


 『リデルティア・ストーリー』は別にシナリオが素晴らしいから人気になったわけではない。

 それよりもむしろ、やり込み要素の方が人気を得ていた。

 

 様々な魔法や、アイテム調合などなど。

 そういう知識ならば生かせるのではないか?


 という私の楽観的な希望はこの世界に来て三日で打ち砕かれた。

  

 なぜかって?

 そりゃあ、簡単だ。


 だって、この世界は“ゲーム”ではなくて“現実”なのだから。






「あとはここでヨモギ草を入れて……」(よし、ベレスフォードに俺が錬成学が得意であるところを……)


「待ってください」


 私は錬成釜に切り刻んだヨモギ草を入れようとしているジャスティン・ウィンチスコットを制した。

 それから教科書の小さな注釈を指で示す。


「その前に三回、大きく右回りに、それから二回、左回りに掻き混ぜます」


「う、うるさい! そんなの、分かっている!」(っく、また間違えた……)


「あと、ヨモギ草をもっと細かく切り刻んでください。記述には〇・五ミリから〇・三ミリと書かれています。あなたのそれは、バラツキが多すぎる。ほら、これとか、二ミリはありますよね?」


「う、うるせぇ! いちいち、細かいんだよ! 別に良いだろ、これくらい!」(いちいち、指摘しやがって……)


「あなたは良くても、私は良くないんです。評価が下がりますからね。私はあなたのようなお金持ちの貴族ではなく、卑しい平民ですから。学業の成績は、私の奨学金に関係しますから」


 成績が下がって、奨学金の支払いが取り消されたらどうしてくれるんだ。

 と、私が言うとジャスティン・ウィンチスコットはイライラしながらもヨモギ草を切り刻み始めた。


「もっと丁寧にお願いします」

「うるさい! お前はお前の作業をしろよ!」(そうだよ、何で人の作業に口ばかり……)

「もう終えました。あとはあなたを見守るだけです」

「……」(くそ、正論ばかり言いやがって!!)


 ちゃんと正論だと分かっているところは偉い。


 さて、私たちが何をしているのかというと、錬成学の実習授業である。

 今は虫刺されを治療する薬を作成している。


 これはゲームでも登場した薬で、材料もヨモギ草を始め、共通のものである。

 こんなの恋愛ゲームでどう使うのかと思うかもしれないが、展開次第では「あ、蚊に刺された。主人公ちゃん(君)、何か持ってない?」ということがあったりして、そういうときにサッと薬を出せると好感度が上がる。

 だからちょっとだけ重要で、又従姉からも一定数調合しておいて欲しいと頼まれていた。

 ゲームで作成したことがあるので、私はこの薬を簡単に作れる……

 ということはない。



 ズドン!!



 背後で軽い爆発音がした。

 それを皮切りに、教室の至るところで小規模な爆発音がする。


 私は杖を振り、薬品の飛沫を防ぐ防護膜を展開する。


「ははは! 見ろよ、ベレスフォード! あいつ、グランフィードのやつ、薬塗れだぜ!」(ざまぁ、見ろ!!)


 人の失敗を見て笑うジャスティン・ウィンチスコット。そういうところが、彼が噛ませ犬キャラとされる所以なのだろう。


 彼に冷めた視線を送ったあと、私はギルバート・グランフィードの方を向いて確かめた。

 彼の言う通りギルバート・グランフィードは全身薬品塗れになっていた。


「クソ、何が違ったんだ?」(ゲームでは材料を選択するだけだったのに……)


 そう、ゲームでは材料を選択するだけだった。

 が、この世界では適切な手順で材料を処理し、適切な手順で組み合わせ、適切な魔法反応を引き起こす必要がある。


 簡単に料理で例えよう。

 ゲームで「ペペロンチーノ」を作る場合、パスタ・ニンニク・鷹の爪を組み合わせるだけでできる。

 だが現実ではパスタ・ニンニク・鷹の爪を適切に組み合わせなければ、美味しいペペロンチーノは作れない。


 まあ、そういうことだ。

 錬成学はペペロンチーノ以上に工程が複雑なので、失敗するのは無理もないことだ。


 もし仮にだが、この世界の“錬成”作成がそのままゲームになったら、私は「極めて自由度が高いが、その自由度の高さが逆にゲーム内容を複雑にしており、実質的な自由度を低下させている」と酷評せざるを得ないだろう。


 おそらくこの世界の“現実”を、“ゲーム”に落とし込む過程で不都合な要素は削ぎ落されたのだ。

 全く……『リデルティア・ストーリー』を作成した連中は何者なんだ?


 まあ今はそれはどうでも良いこと。話を戻そう。


 特に彼は、ギルバート・グランフィードはこういう複雑な工程を必要とする科目は不得意とするようだった。

 魔法の実践は(自分の能力に無自覚なところが腹立たしいが)非常に優秀なので、別にギルバート・グランフィードの能力が人より劣っているわけではない。実際、彼以外にも失敗している生徒が多い。むしろ成功している方が少数派だ。


「爆発の規模、音を考えると、おそらく釜を掻き混ぜずにヨモギ草を入れたのでしょう。薬品の色も、本来は濃い緑色になるはずなのに、淡い緑色になっています。魔法反応が不徹底に終わっている証拠……おそらくヨモギ草を細かく刻むのを怠ったのでしょうね」


 私は(無論、本人には聞こえないようにだが)ギルバート・グランフィードの失敗原因を分析してみせた。

 それから笑ったまま硬直しているジャスティン・ウィンチスコットの顔を真っ直ぐ見つめて言う。


「人のふりをみて、我がふりを直せ。まさに金言ですね。そう、思いませんか?」

「……」(こいつ、本当に性格が悪いな……)


 噛ませ犬に言われるとは心外だな。

 まあ、自覚はしている。だから私のことなんて……


(でもそういうところが可愛いんだよな……)


 うーん、頭の病気に効く魔法薬はないだろうか?

 私は教科書をめくり、ジャスティン・ウィンチスコットの頭を治す薬を探す。


「ほら、できたぞ!」(これで文句はないだろ!)

「ええ、ありません。やればできるじゃないですか、見直しましたよ」

「そ、そうか?」(見直した? 今、見直したって言ったよな!?)


 重症だな……

 私はため息をつきながら、次の工程に移る。


 ところで私とジャスティン・ウィンチスコットがどうしてペアを組んでいるのかというと、彼がしょっちゅう私に声を掛けてくるからである。

 

 彼とはクラスは異なるが、カリキュラムの都合で一緒になることは多い。

 というかこの学園の“クラス”は基礎教育科目のクラス分けが基準で、それ以外の授業では合同授業が頻繁に行われるのだ。

 そして授業で「では皆さん、二人組を作ってくださーい」と言われると、一目散に彼は私のところに来て、こういうのだ。


「ど、どうせ、性格の悪い、卑しい平民女のお前には、組む相手もいないだろう? 仕方がない、寛大な貴族である俺が、組んでやるよ!」(ベレスフォードと仲良くなりたい……)


 なるほど、これがツンデレというやつなのだろう。誰得なのかは、ちょっと不明だが。


 留意しておくが、別に私はボッチではないし、スクールカーストも低くはない。


 この学園には実は派閥がいくつか存在するのだが、私は同学年に於いては最大派閥とも言える『ブランクラット派』に属している……と周囲からは思われている。


 言わずもがな、『ブランクラット派』のジョック(国王)はラインハルト・ブランクラットで、クイーンビー(女王)はクリスティーナ・エデルディエーネであるが、その二人と仲が良い……というか一方的になつかれている私の立ち位置が低いはずもない。


 そして『ブランクラット派』でありながら、二番手、三番手派閥である『ウィンチスコット派』を率いるジャスティン・ウィンチスコットとも親しいので、両派閥のパイプ役でもある。


 国際関係で例えると、日本に深いコネクションがある知日派のアメリカ国務長官みたいな?

 

 と、カッコよく言ってみたが所詮は十歳児・十一歳児の派閥である。そんな凄いわけでもない。あくまで十歳児・十一歳児の世界では「国務長官」というだけのお話だ。井の中の蛙だな。

 ……これが最高学年になると、卒業後の政治派閥と直結してくるらしいけど。


 それ以外にも一応勉強を聞かれれば答える程度の社交性はあるので、それなりに頼りにはされている。


 そういうわけで他に組む相手はいくらでもいるのだが、「組もう」と言われてそれを拒否する理由もなければ大義名分もないので、私はジャスティン・ウィンチスコットの申し出を受けているのだ。


「よし、後はヒルガエルの粘液を入れる……前に粘液は湯煎しないとな!」(危ない、またベレスフォードにグチグチ言われるところだった)


「そうですね……いや、ちょっと待ってください!」


 私はジャスティン・ウィンチスコットの手を掴んだ。  

 彼は丁度、沸かしたお湯にヒルガエルの粘液を容れたボウルを入れようとしているところだった。


「な、何だよ……何か、間違っているとこがあるのか?」(べ、ベレスフォードの手が触れてる……柔らかい……)


「その工程は間違っているかもしれません」


 私はそう言って、紙に錬成反応式を書いてみせた。


「良いですか? 虫刺されの薬は最終的に『3§¶+Φ+2Ψ』となれば良いんです。すでに『3Λ§¶+ΦΨ+Ё§Π』までは成立しているのですから、あとは『-(3Λ+Ё§Π)+Ψ』を加えるだけです。ヒルガエルの粘液は『-(3Λ§Φ+§ЁΨΠ)』ですが、ここに熱反応を加えると『-(3Λ+ Ё§Π)』となります。つまり、『+Ψ』が一つ足りません」


「それは……いや、でもここに完全に反応させずに途中で湯煎をやめるって書いてあるぞ? そうすれば、『-(3Λ+ Ё§Π)+Ψ』になるんじゃないか? 確かに加減は難しいけど……」(半分以上、何を言っているのか分からなかった……)


「それだと、成功率が極端に下がります。私の計算が正しければ……先程使用した、アルフィア草のしぼり汁……を抽出するときに残った、搾り粕。これをヒルガエルの粘液と混ぜ、完全に反応させれば『-(3Λ+ Ё§Π)+Ψ』となるはずです」


 教科書の記述は間違っている。

 こっちの方が正解なはずだ!


「いや、でも教科書の通りにやらないとダメって、お前いつも言ってるじゃないか!」(確かに言っていることは合っているような気もするけれど……)


「それは教科書の内容を理解した上で、です! アルフィア草とヒルガエルの粘液の反応は前回の授業でやったじゃないですか! 絶対に、こっちが正しい!」


 少し声を張り上げすぎてしまったせいか、周囲の視線がこちらに集まっている。

 眼鏡をかけた噛ませ顔の教師も興味深そうにこちらを見ている。


「せ、先生! ベレスフォードに何とか言ってください!」(そうだ、先生に聞けば……)


「最初に申し上げたはずだ、Mr.ウィンチスコット。助言はしないと。なぜなら、諸君らにすべて、必要なことはお教えしたからだ。なーに、教室が吹き飛ぶということはない。これは試験ではなく、所詮実習。好きにしたまえ……失敗から学べることも多い」


 心が読めない。

 私は思わず歯噛みした。この学園には、この男を中心に心が読めないやつが複数人いるのだ。

 精神結界という特殊な魔法で、内心が漏れないようにしているのだ。

 彼は錬成術師なので、おそらく研究成果を盗まれないように、日頃から石橋を叩いて渡っているのだろう。

 私が読心術師であると気付かれたわけではない……はずだ。


 もっとも、完全には読めないだけで、僅かに感情は漏れている。

 ……興味、感心といったところか。やっぱり私の言っていることは間違っていないようだ。


「ほら、先生も試してみなさいって言っているでしょう!」


「いや、失敗から学べることも多いって言ってるだろ? 絶対に失敗する! 薬塗れになるなんて、ごめんだぞ!」(ご、強情な奴だな……そういうところが可愛いけど)


 私の顔が可愛いのは当然だ。アルフィア草の搾り粕とヒルガエルの粘液を組み合わせれば、『-(3Λ+ Ё§Π)+Ψ』になる程度には自明である。


「とにかく、絶対に私が正しい!」

「じゃあ失敗したらどうするんだ? 責任取れるのか?」(さっきは俺に責任云々言ったじゃないか!)


 確かに、それは正論だな。

 

「失敗したら、キスでもチュウでも何でもしてあげますよ!」

「な、何を言って……」(き、キス? チュウ?)


 混乱しているジャスティン・ウィンチスコットから私はヒルガエルの粘液を奪い取り、アルフィア草の搾り粕を投入した。

 それを混ぜ合わせ、反応させてから、錬成釜に放り込む。


「お、お前!」(や、ヤバい、爆発する!?)


 身構えるジャスティン・ウィンチスコット。

 しかし……爆発は発生しなかった。


 そこには錬成釜には美しい緑色の液体が入っていた。

 私はそれを試験管に移し、教師に提出した。


「どうでしょう?」

 

 教師は試験管の臭いを嗅いだり、じっと観察する。

 それから短く、しかしはっきりとした声で言った。


「よく気付きましたな、Miss.ベレスフォード。君の言う通り、その教科書の記述は少々古い。しっかりと錬成反応式を覚え、理解し、応用し、そして授業の意図を読み解く。私がこの授業で求めていることが。……諸君らも、彼女を見習うと良い」


 褒められたことで私の気分は良く……ならない。

 やはり普通なら読めるはずの内心が読めず、分からないというのはどことなく気も悪いし、そして恐怖だ。


「もっとも……授業中に痴話喧嘩をするのは、見習わなくてもよろしいがね」


 すると周囲から笑い声が漏れた。

 これには私も少しだけ、耳が熱くなるのを感じた。隣を見てみると、ジャスティン・ウィンチスコットは顔を真っ赤にしながら、物凄い形相で私を睨んでいる。

 うん、かなり怒っているな。


 仕方がないので、私は肩を竦めてみせたのだった。






 さて、その日の夕食後。

 私はリデルティア魔法学園の施設のうちの一つ、魔法の修練場を訪れた。

 

 ここでは魔法の訓練をすることができる。

 殺傷能力の高い魔法は危険なので、基本的にはここ以外での使用は禁止だ。


 普段は放課後にすぐ行っていたのだが、この日はフェンリルの我儘につきあって一緒に過ごしていたため、時間がズレることになった。


 私のような真面目な生徒は少なく、テスト前でもない限りは人は殆どいないのだが……

 その日、この時間は先客がいた。


 私が修練場に入るのと同時に、大きな爆音が響いた。

 強力な魔法が炸裂したことが分かる。


 私はその魔法を撃った人物に対し、拍手をした。


「お見事ですね、さすがです。魔法の威力であなたに敵う人は同学年でも少ないのでは?」


 私がそう言うと、彼は――ギルバート・グランフィード――は困惑した様子で頭を掻いた。


「お前は、ベレスフォードか……」(このくらい、誰でも使えるんじゃないか?)


 ……ふむ、いい機会だ。

 これを機に、いろいろと聞いてみるか。


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