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第14話 勘の良い子は嫌いだよ、って人生で一回くらいは言ってみたい。



 そのあと、狙いすましたかのように霧が晴れ、上級生と教師たちと合流することができた。

 幸いなことに死傷者は出ず、せいぜいが私のように擦り傷を負った程度だった。


 密猟者の男は教師たちに完全拘束され、連行された。

 後から分かったことだがこの男は指名手配中のそれなりに名の通った密猟者で、そして密猟以外にも複数の殺人・強盗・強姦、麻薬の密売等の容疑が掛けられていたらしい。

 

 (無駄に)優秀な魔法使いということもあり、プロの魔法戦士でも手を焼くほどの人間だったようだ。


 そんな凶悪な密猟者と戦った私たちは酷く怒られたが、同時にそれを打ち倒したことを讃えられ、私を含めた五人には賞金と勲章が与えられた。

 

 奨学金しか現金収入がない私には、この賞金は大変嬉しいものだった。

 もっとも、嬉しいことばかりではない。


 というのも、実は無許可の読心魔法の使用は重罪だからだ。黒魔法指定されているからね。

 正当防衛が成立する……と言いたいところだが、それと黒魔法の行使は別物である。


 もっとも、密猟者の脳から私が読心魔法を行使したという“記憶”を削除したので、少なくとも彼の証言によって私が不利に立たされることはない。

 彼が麻薬の密売を過去に行っていたことは不幸中の幸いだった。麻薬の密売人は大抵、自分自身も麻薬を使っていたりするものだが、彼もその類で、重度の麻薬中毒者だった。


 つまり彼が見た幻覚や、不審な言動は麻薬によるものと判断されたのだ。


 だから彼が叫んだ――私にとっては最大のピンチであった――『人の心を覗くな』という言葉についても、アーロン・エルガーの頭がおかしくなったからだと、クリスティーナ・エデルディエーネもラインハルト・ブランクラットもギルバート・グランフィードも思い込んでくれた。


 ……ジャスティン・ウィンチスコットだけは、ちょっとだけ疑問に思っているようだったけどね。




 さて、もう一つだけ嬉しくないことがある。

 それは……



「(何で私があなたの餌やりをしなきゃいけないんですかね)」


 私は口に出しながら、同時にそれを目の前のフェンリルの心に伝えた。

 するとフェンリルは犬のような鳴き声を上げる。


(だって、何言っているのか、何を考えているのか分からない人間のくれる食べ物なんて、食べたくないし)


 フェンリルは私がバケツから放り投げた生肉を食べながら答えた。

 密猟者から狙われていたフェンリルは一時、学園で保護され、治療を受けることになった。


 が、しかしフェンリルは人間に対して強い警戒心を抱いてしまったらしく、私以外まともに近づくことができなかった。

 フェンリル自身が人間に襲い掛かることはないが、不用意に近づくと威嚇してくるのだ。


 そのため、なぜか(・・・)フェンリルに近づける私がお世話係に任命されてしまった。


 まあ……幸いにも私が読心術を用いてフェンリルと会話していることは、すでに前から私が天然の読心術師であることを知っているたった一人の人間を除いて、気付かれていない。


 読心術は非常に高度な魔法・魔術なので、まさか学園に入学したばかりの、しかも入学するまでは一度も魔法に触れたことのないような平民の女の子ができるとは、思わない。


 日本で言えば……そうだな、小学一年生が脳外科手術に成功! というレベルの話かな?



「まあ、気持ちは分かりますけどね」


 フェンリルの気持ちに対し、私も答える。


 私も人間を信用できない。

 世の中の人間は読心能力無しで人付き合いをしているが、私にはそれがひどく恐ろしいことに思えてしまう。

 親しい家族や友人を信じることができるのは、まだ分かる。

 だが他人や大して親しくない人間を信じて、平然と接することができる人を、私は理解できない。


 だって怖いじゃないか。

 どうして目の前の人間が突然、殴りかかってこないと信じることができるんだ?


 もし読心能力がなかったら、私はジャスティン・ウィンチスコットによって顔面を傷つけられていた。

 日本の小学校にいた頃は、ドッジボールの()にされていたかもしれない。


 いや、それだけならマシだろう。

 もしあの時……私に読心能力がなかったらと思うと……


 くーん。


 突然、フェンリルが一声鳴くと、私に圧し掛かり、顔を舐めてきた。


「(何をするんですか、汚いでしょう!)」

(顔色が悪かったから、元気づけようと思って。迷惑だった?)

「(……いえ、そんなことはありませんが)」


 私はハンカチで顔を拭いた。

 あとで洗面台で洗おう。


(ねえ、暇があったら僕のところに会いに来てよ。寂しいし、暇なんだ)

「(はぁ……まあ、暇な時なら良いですけど)」


 実は餌やりをする代わりに、少しだが学園からお小遣いをもらえている。

 だから面倒だとは思っているが、迷惑というほどでもない。


 同じ人間不信仲間だ、傷が治るまでは仲良くしてやろう。



 などと、フェンリルと触れ合っているその時。


「■■■■■■■■■■!!」(エレナ、誰か来る!!)


 グルグルとフェンリルは唸り始めた。

 牙を剥き出しにするその姿はまさに猛獣、ただの犬ではないということを思い出させる。




「(待ってください)」


 私は今にも飛び掛かろうとするフェンリルを手で制しつつ、扉の前に立っている人物に声を掛けた。


「入ってきても良いですよ、Mr.ウィンチスコット」

「ああ……」(相変わらず勘が良い、やっぱり、そうなのか?)


 入って来たのはジャスティン・ウィンチスコットだった。

 彼はフェンリルを一度ちらりと見てから、再び私の方を見て言った。


「聞きたいことがあるんだけど……」(やっぱり、ベレスフォードって、も、もしかして、読心魔術(・・)を使えるのか?)


 それは不正解だな。

 私のは魔法ではあるが、魔術ではない。生まれながらの天然の力で、特に魔法式とかを組み立てようと意識しているわけではない。

 無論、参考にはしているけどね。 

 読心魔術(・・)は高度過ぎて、さすがの私もできない。先ほども言った通り、脳外科手術と同じレベルの難易度だからだ。

 もっとも、読心魔法が使えるので特に問題はないのだが。


「何ですか? 答えられる範囲であれば、答えますよ」


「お前、もしかして……読心魔術を使えるのか?」(密猟者のおっさんを倒したのも、フェンリルと会話できるのも、妙に勘が良いのも、もしかして、それとか……)


 普通だと妄想の飛躍レベルの推理だが、偶然にも当たってしまっている。

 さて、誤魔化すか。

 記憶を消せば良いのでは? と思うかもしれないが、私の腕では一度気絶させて意識を失わせないと、記憶の削除まではできない。 

 それに私は未熟だから、後遺症も考えられる。

 強姦魔のロリコンうんこマンがどうなろうと知ったことではないが、ジャスティン・ウィンチスコットに対してそんな危険な真似はいくら何でもできない。


「突然ですね……いくら私が天才と雖も、それは無理だと思いますけど? まあ、できたら素敵だなとは思いますし、興味はありますけどね?」


「だ、だよな?」(良かった……だよな、いくらベレスフォードが優秀でも、さすがに無理があるよな)


 良かった、あっさり信じてくれた。

 ……さて、取り敢えずそういう推理に至った経緯も参考までに聞いておくか。


「ところで、どうしてそんな……妄想をしたんですか?」


「も、妄想って……い、いや確かに俺も馬鹿げているとは思ったけどさ、ほら……禁書庫で精神魔法関係の本を印刷してただろう? それで身に着けたのかな、と」(でもまあ、あんな難しそうな本、理解はできても、実践なんて絶対に不可能だよな……)


「ああ、なるほど」


 やっぱりそうか。

 しかしやっぱりジャスティン・ウィンチスコットは頭が良いな、そこから繋げてくるとは。

 大抵は流しちゃうんじゃないか?

 クリスティーナ・エデルディエーネとか、ラインハルト・ブランクラットとか、ギルバート・グランフィードみたいに。


 彼は注意した方が良いかもしれない。


「ところで、もし私が本当に読心魔術の使い手だったら、どうしましたか? ……犯罪者として、突き出しますか?」


「は、犯罪者!? ば、馬鹿言うなよ! 恩人にそんな真似をするのは、貴族とは言えない!」(正直、その発想は全然なかった……そう言えば、違法だったよな)


 うん?

 てっきり、私を責める気でいたとばかり思っていたんだけれど。


「じゃあ、どうするつもりで? 単に気になっただけどか?」


「ま、まあ……それもあるけど、ほ、ほら……い、嫌だろ? 頭の中、見られてたら……し、知られたくないこととか、あるしさ?」(も、もし読心魔術が使えるとしたら、俺がベレスフォードのことが好きだってことが筒抜けになってるってことだろ? それはちょっと、は、恥ずかしすぎる……)


 いや、ごめん。

 それは筒抜けになっているんだ。


 それに私、読心魔法を昇格させることには成功したけど、今だにON/OFFの切り替えはできなくてね。

 一を百にすることは簡単だけど、一を〇にすることは意外と難しいんだよ。


 まあ、できたとしてもそう気軽にOFFにできないけれど。

 悪いとは思っているが、やっぱり怖いのだ。

 全ての人の感情が分からなくなる……なんて、想像しただけで吐きそうになる。


「知られたくないことって、何ですか? もしかして、私をネタにあんなことやそんなことを……」


 私は自分の体を両手で抱きしめながら言ってみた。

 するとジャスティン・ウィンチスコットは顔を真っ赤にさせた。


「ふ、ふざけるな! へ、平民女を相手に、か、考えるわけないだろう!!」(ま、まあ……デートとか、手をつなぐとか、き、キスとか、か、考えたことはあるけど……)


 思ったより健全だった。

 ……これじゃあ、私がただの変態じゃん。

 なんか、ムカつくな。


「えっち」

「ち、違う! 何もやましいことは、考えてない!!」(あの時の下着姿は、ちょっと瞼に焼き付いて、忘れられないけど……って、何を考えているんだ、俺は!!)


 まあ、好きな子の下着なんて見れば、そりゃあ興奮はするだろうし、早々忘れられるものでもないだろう。

 大丈夫、君は健全だ。


 というか、何とも思われなかったらちょっと私が傷ついちゃう。

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