第12話 何でも、という言葉をそのまま受け取らないで欲しい。言葉のあやだから。
ある人はそれを見て、円だといった。
ある人はそれを見て、長方形だと言った。
どちらも嘘は言っていません。
さて問題です、それは何でしょうか?
答えは円柱である。
何が言いたいのかというと、物事の本質は様々な方向から見なければわからないということだ。
『リデルティア・ストーリー』は周回プレイが原則であり、また男女双方のシナリオをプレイすることを公式が推奨している。
つまり、だ。
何度もプレイし、様々なシナリオを見てみない限りはこの物語の本質は見えてこない……ということだ。
フェンリルは「自分は人を傷つけていない」と主張している。
一方、ハンターと思しき魔法使いはフェンリルのことを「危険な人食いフェンリル」であると主張している。
両者の主張は矛盾している。
この場合、嘘をついているとするならば後者だ。
なぜなら前者、フェンリルは嘘のつきようがないからである。
私とフェンリルは一見、会話をしているように見えるかもしれないが、実は私とフェンリルの間に会話は生じていない。
私が一方的に自分の意思をフェンリルに伝え、そして私が勝手にフェンリルの心を盗み見ているだけだ。
だからフェンリルが自分自身の心を偽る天才、自分に強力な催眠術でもかけていないかぎり、私を騙すことはできない。
「■■■■■■■!!」(僕を攻撃してきた人間だ!)
フェンリルはハンターを睨みながら、唸り声をあげる。
するとはハンターは我が意を得たりというように得意げな顔で言った。
「お嬢ちゃん、早く離れるんだ! 動物は何をしでかすか、分からない! そうやって油断して、不用意に近づいた者が食い殺されるんだ!」(そいつは俺の獲物だぞ、退け、クソガキ!)
その言い分はもっともだ。
野生動物に不用意に近づいて食い殺される間抜けな動物愛護家の事例はたくさんあるからね。
だがそういう連中は動物の心を全く分かっていないのに、分かったつもりで近づいたから痛い目を見たのだ。
私はある程度分かるから、別だと思う。
……と言っても、基本的には近づかないけどね。分かると言っても相手がこちらを分かってくれるかは分からないし、それに動物って急に本能剥き出しにしてくるから。
今だって、できればフェンリルから離れたい。この犬っころがどれだけ、本能を理性の鎖で制御できているか分からないし。
「そうですか……この子は人食いフェンリルですか」
私はそういいながら、フェンリルを連れながら、自分の杖を拾った。
そしていつでも杖を振るえるようにしながら尋ねる。
「本当ですか? 大人しいですし……こんなに可愛いですよ?」
私は無邪気な子供を装い、フェンリルの頭を撫でてみせた。
「それは機嫌が良いからだ……良いか、不用意に刺激しちゃだめだ。悪いことは言わないから、おじさんの言うことを聞いて、ゆっくりこっちに来るんだ」(あの制服は……魔法学園か。霧も出てくるし……運が悪い。今日は密猟日和だと思ったんだがなぁ)
どす黒い内心が垂れ流しになっているが……
それを表情に出さないのはさすがだな。本当に私を心配しているように見える。
事実、ほかの四人は騙されているようだ。
正直、これがただの頭の悪い犬だったら引き渡してしまうのだが、人間レベルの知能がある犬を見殺しにするのは……どうしても後味が悪い。
それに化けて出てきそうだし。なんか、動物霊は危険だとどこかで聞いたことがある。い、いや、べ、別に幽霊なんて、怖くもなんともないけどね?
「(すみません、フェンリルさん。庇えきれそうもないので、私を軽く突き飛ばしてから逃げて貰えませんか? 私を突き飛ばせば、善良な人間を演じている密猟者は私を庇わざるを得なくなるはずです。時間稼ぎにはなるかと)」
(え、良いの? 怪我しちゃうかもしれないけど……)
「(むしろ怪我をさせてください。その方が信憑性が上がります。思いっきり吹っ飛ばして。あ、死なない程度にですけど)」
又従姉曰く、ハンターは“ゲーム”だとフェンリルを倒してからすぐにどこかへと消えるらしい。
つまり私たちが密猟者だと気付いていない限りは、正確には気付いていないと彼が思っている限りは何もしてこないはずだ。
フェンリルは戸惑った様子を見せたが、意を決した様子で私に襲い掛かった。
私に思いきり、体当たりをする。
私はボールのように吹き飛び、樹木に衝突した。
それからフェンリルは見事な演技で私に襲い掛かろうとする。
そこで密猟者が魔法を放ち、さも撃退された風を装って逃げ出した。
「お嬢ちゃん、大丈夫か?」(ほら、言わんこっちゃない。しっかし、所詮は犬畜生だな。庇ってくれた恩人に襲い掛かるなんて。この子も運が悪い)
怪我は……ちょっとした擦り剥いた程度だった。見事な手加減だ、やはりあのフェンリルは賢いな。
「あ、はい……その、すみません」
私はシュン、と反省した風の表情を見せた。
すると密猟者はニコリと笑みを浮かべた。それは私たちの無事を喜んでいるようだったが……実際には密猟が露見しなかったことへの安堵だ。
「良いんだよ。でも、これからは危険な動物に近づいちゃダメだよ?」(あーあ、このガキ共は後で教師に報告するんだろうな。だけど殺すのはリスクが大きいし……仕方がない。逃げて、しばらくは雲隠れするか)
私たちは無事に怪我無く帰れる。
フェンリルは逃げれる。
密猟者も捕まらない。
理想的な解決だ。よし……口封じのために「殺す」が平然と手段に上がるようなやつから、とっとと逃げよう。
「ご迷惑をお掛けしました。……さあ、帰りましょう! みんな!」
「帰るって言っても、道分からないだろ」(珍しく慌ててるな……ベレスフォードのやつ。どうしたんだ?)
私が慌ててるって、よく分かるな、ジャスティン・ウィンチスコット。
……私のことをいつも見ているからか、さすがだ。うん、そうだよ。慌てているよ。
早く、この危険人物から逃げたいんだよ!
「そうだ……ハンターさん。このあたりで、先生を見ていませんか? 僕たち、はぐれてしまいまして」(案内してくれたらうれしいんだけどな……)
ラインハルト・ブランクラットが藪蛇を突き始める。
お願いだから、やめて!
「い、いや……見てないな」(近くに教師がいるのか!? ま、不味いぞ……は、早く逃げないと)
焦り始める密猟者と私。
お互い、離れたい気持ちは一緒だ。
「あの、ご迷惑でなければ、先生方が見つかるまで一緒にいてもらえませんか? さっきのような魔物に襲われると思うと怖くて……」(大人と一緒なら、安心ですわ!)
「あ、あ……そ、それは、ちょっと……」(ふざけんなよ、ガキは騙せても大人は騙せねぇだろが!)
不味い、不味い、不味い。
私は密猟者に助太刀することにした。
「これ以上。ご迷惑をお掛けできませんよ! さあ、帰りましょう! 大丈夫です、五人一緒なら!」
私がそういうと、密猟者は同意するように言った。
「う、うん……ごめんな。おじさん、ちょっと急いでるんだ。いや、本当に……だから、もう失礼するよ?」(よし、ナイスだ! さぁ、とっとと逃げるぞ!!)
密猟者が逃げようとした、その時だった。
「待てよ? ……なあ、おじさん。あんた、本当に正式なハンターか?」(そう言えば、ネットの掲示板でこのハンターは怪しいって聞いたことがあるような……ネタバレが嫌で、詳しくは調べてないけど)
ギルバート・グランフィード!!
そういう重要なことはもっと早い段階で思い出すか、それとももう少ししてから思い出して欲しかった。
そして思い出したとしても、口に出さないで欲しかった。
「あ、当たり前じゃないか!」(このクソガキ、敬語が使えないのか? しかし……くそ、察しが良いな。どうする、殺すか、逃げるか……)
不味い……
私はとっさにギルバート・グランフィードの口を封じようとしたが、少し遅かった。
「フェンリルは法律で保護されているから、駆除には許可が必要って聞いたんだが……見せてくれないか?」(もしかして、こいつが黒幕か!?)
あーあ、言っちゃった。
私は密かに杖に魔力を込めて、魔法式を組み立てる。
「もちろん、持っているさ。今、取り出して見せるよ……ほら、これが証拠だ!」(密猟者がそんなもの、持っているわけないだろう! このクソガキ共め、死ね!!)
「『盾よ』!」
密猟者が証明書を見せると見せかけて杖を引き抜き無音詠唱で魔術を放つのと、私が魔力の盾を展開するのは全く同時だった。
「っち、ガキのくせに詠唱省略か!」(まだ下も生えてないガキが、生意気な!)
下って……リアルにそういう表現使う人、初めて見た。
「やっぱりお前が黒幕だな? よし、食らえ! 『炎よ』!」(よし、倒してやる!)
ギルバート・グランフィードが詠唱省略で高威力の魔術を放とうとする。
が、それよりも早く密猟者が杖を振った。
その瞬間、ギルバート・グランフィードの魔法式が掻き消される。
「式の作り込みが甘いぞ、クソガキ」(対人戦闘で重要なのは、威力じゃない。干渉されないように魔法式を作り込み、そして敵よりも早く撃つことだ)
密猟者はギルバート・グランフィードの魔法式に介入し、それを打ち消してみせたのだ。
魔法使いとしての実力が離れすぎているとそもそも戦いが成立しないと授業で習ったけど、こういうことなんだね。
魔法戦闘を教えてくれている教授のありがたいお言葉、「まずは逃げなさい」はやはり正しかったようだ。……逃げられる状況ならば、だけれど。
それからラインハルト・ブランクラット、クリスティーナ・エデルディエーネ、ジャスティン・ウィンチスコットも次々と魔術を放つが、その尽くを杖の一振りで無効化してみせた。
「大人を舐めるなよ? クソガキ共め」(特別に授業をしてやる! 授業料はお前らの命だ!)
このおっさん、ちょっと強くないか?
ダメ元で私も杖を振り、失神魔術を放とうとしたが……
やはり杖の一振りで干渉されてしまった。
もっとも、私よりも魔術の力量で優っているギルバート・グランフィードが完封された相手に私が敵うはずもないのは分かっていたことだけど。
まあ、現実なんてこんなもんだ。
十歳の子供が成人に、それも戦闘を生業としているプロに正攻法で勝てるはずもない。
だから私は両手を挙げて、杖から手を放した。
「降参します。何でもしますので、命だけは助けてください」
正攻法なら、ね。