第11話 動物とお話する能力がもし会ったとしても、動物側にお話する知能がないと意味がない。そしてこれは人間の場合も同様である。
とりあえず、襲撃を予想していた私はあらかじめ準備していた魔法式を作動させることにした。
「『盾よ』!」
魔法結界と物理結界の混合結界(魔法結界と物理結界が何なのかは後で説明する)の一種である、防御魔術を私は使用した。
正式な詠唱は『盾よ 悪意から 我が身を 守れ』だが、後半の呪文は省略した。
詠唱省略という技術で、無音詠唱よりは難易度は低い。
防御魔術は生命を守るために大切なので特に力を入れて練習したが、難易度が高いため、また無音詠唱はできない。
いや、できないわけではないが確実に成功するとは言い難い。
私の防御魔術は成功し、人食い(?)フェンリルの突進を食い止めた。
が、しかしフェンリルは爪を振り上げ。何度も私が作り出した魔力の盾を攻撃。
三度目でこれを破壊してしまった。
「任せろ!」(よし、特訓の成果を見せてやる!)
私たちの前にギルバート・グランフィードが立ち、杖を構える。
「『紅蓮の 炎よ 焼き払え』」
高威力の魔法をぶっ放すギルバート・グランフィード。
しかし詠唱が遅かったせいか、フェンリルにあっさりとかわされた。
が、しかしその威力はとてつもないもので、森の木々を薙ぎ払い、地面すらをも吹っ飛ばされた。
これには私も、そしてその他三名も、ついでにフェンリルも驚く。
やはり彼は攻撃魔術の力量に関して言えば私より上だ。もっとも、魔法の存在を知って半年の私と、十年前から訓練してきた彼の間に実力差があるのは当然だけど。
……ところで、コントロールできているんだろうな?
それ、下手したら私たちも消し炭になるじゃん。
周囲に人がいるときにはあまり使っちゃいけないタイプの魔法じゃない?
(……何でみんな驚いているんだろう? こんなの普通だろ?)
あ、ダメだ。
これはヤバいやつだ。こいつ、自分が持っている対戦車擲弾を水鉄砲か何かだと勘違いしている。
誰だよ、こいつにこんなの教えたやつは!
「■■■■■■■■!?」(うわ、こいつ周囲に仲間がいるのにいきなりこんな危険な魔法を……や、やっぱり人間は怖い!)
人食い(?)フェンリルも呆れているぞ。
というか、この犬賢いな。
私の知っている犬は「飯! 飯!」「散歩! 散歩!」「うんち! うんち!」「好き! 好き!」「交尾、交尾」くらいしか考えていないのだが。
人並みに知性があるんじゃないか?
それから次々とギルバート・グランフィードはフェンリルに向って魔法を放ち、そのたびに木々が吹き飛ぶ。
「■■■■■■■……」(うぅ……何で、僕は何もしていないのに攻撃されなきゃいけないんだ……)
そんなことを考えているフェンリル。
……やっぱり、前情報と違うな。
「すばしっこいな……よし、じゃあ次は避けられない魔法を……」(全体攻撃魔法なら、避けられないはずだ)
……その全体に、私たちは含まれていないだろうな?
不安になった私は後ろからギルバート・グランフィードの膝裏に蹴りを入れて、地面に転ばせた。
「うわ、何をするんだ!」(こいつ、もしかしてフェンリルの敵? 黒幕か?)
「あなたはフェンリル以上に危険そうなので。『麻痺せよ』」
私は杖をギルバート・グランフィードに向けて、一時的に麻痺させた。
そんなに力を込めていないので、十秒もすれば解けるだろう。
私は杖ごと両手を挙げて。フェンリルに語り掛けた。
「話し合いましょう」
「な、っこ、っく!」(っく、麻痺魔法だなんて……しかもこいつ、何言ってるんだ! 動物愛護主義者か? 犬に人の言葉が通じるわけないだろ!)
「■■■■■■?」(何を言っているんだ? 人間の言葉は分からない……敵意はなさそうだけど」
言葉は通じないが、敵意がないことは通じたらしく、フェンリルはこちらを睨みながら止まった。
もっとも、それは一時的なもの。
フェンリルからの恐怖と敵意は和らいでおらず、今にも牙を剥いて襲い掛かってきそうだ。
さて、突然だが……禁書庫に忍び込んだ成果の一端をそろそろ見せよう。
この世界には読心魔法というものが存在する。
例えば読心“魔術”を用いれば、人の心を覗くことができる。
この世界では尋問などに読心魔術が用いられており、この読心魔術を得意とする魔法使いを読心術師などと呼んだりする。
また一部の魔物の中には相手のトラウマの対象に変身したり、幻覚を見せたりするものがいたりするが、そういう魔物は先天的に読心魔法を身に着けている。
私はおそらくそういう魔物と同様に、先天的な読心魔法の使い手、生まれ持っての読心術師なのだろう。
さて、読心魔法には大きく分けて三種類が存在する。
一つ目は聞心魔法。
これは人間が無意識のうちに垂れ流している感情や心の声を聞き取る魔法だ。
受動的ではあるが、こちらから相手に干渉することはないため、まず気付かれない。
私が普段、常時行っているのはこの聞心魔法である。
二つ目は見心魔法。
聞心魔法が受動的な魔法であるのに対し、こちらは能動的な魔法だ。
相手の心を覗き込み、見て、読む魔法である。
聞心魔法の場合は表層意識や表面的な感情しか聞き取れないが、この見心魔法はより深い意識を見ることができる。
欠点を上げるのであれば、不用意に行えば相手に不快感を与え、気付かれてしまうことだろう。
三つ目は探心魔法。
こちらは見心魔法の発展版で、さらに深い、無意識領域まで覗き込める。
加えて過去の記憶すらも、優れた使い手であれば探り当てることができる。
このうち私が元々できたのは一つ目の聞心魔法だが、研究と実験と訓練を重ねた結果、見心魔法と探心魔法も使えるようになった。(もっとも、その精度は決して良いとは言えないが。まだまだ研究と訓練が必要だと思う)
さて、ここからが本題。
先程私は、魔物の中には幻覚を見せる物が存在するいった。
つまり、読心魔法の使い手は相手の心に干渉できるのだ。
本には優れた読心術師は相手に自分の意思を伝えたりすることができると書かれていた。
人間で実験することは私の能力が露見する恐れがあったため試してはいないが。動物ではすでに試した。
おかげで近所のカラスや野良猫と仲良くなれたが……まあ、それはともかく。
猫やカラスを相手に通じるのであれば、フェンリルだって大丈夫なはずだ。
「(落ち着いてください、私には敵意はありません)」
(え? い、今のは……もしかして、この目の前の人間の雌が?)
「(そうです。両手を挙げている人間です。私が今、あなたの心に語り掛けています)」
(まさか、読心魔法の使い手か!? ……よし、じゃあ杖を捨ててみせろ。そして僕の方まで歩いてこい。そうしたら、信用してやる)
私は大人しく杖を捨てた。
そしてゆっくりとフェンリルに歩み寄る。
後ろでギルバート・グランフィードたちが叫んでいるが、気にしない。
近づいてみると、かなり大きい。
又従姉情報によるとこれで子供らしいが、大型犬よりも大きい気がする。
「(どうですか?)」
(……信じる)
そう言ってフェンリルはクーンと鳴いた。
こうしてみるとただの大きな犬だな。……それを伝えたら、噛み殺されるかもしれないけど。
私はフェンリルの頭や首元をワシワシと撫でる。
モフモフとして、意外に気持ち良いな。
(ごめん、突然攻撃して)
「(いえ、こちらこそ。過剰防衛してすみません)」
いや、まあ彼にはフェンリルの気持ちが分からないから、こればかりは仕方がないのだが。
とりあえず、謝っておくことにした。
「敵意はないみたいです。大丈夫ですよ」
取り敢えず私は四人にそう伝えた。
四人は半信半疑という様子だが……ただの大型犬と化したフェンリルを見て、とりあえずはそれを信じることにしたようだ。
「(怪我をしているようですね)」
(そうなんだよ……何もしていないのに、突然人間に攻撃されたんだ! )
「(なるほど……)」
そう言えばフェンリルの毛皮は高値で売れると聞いたことがある。
珍しい幻獣は法律で保護されているはずだから、滅多に出回ることはないけれど。
この世界、地球だと人権侵害や差別扱いされることが平気で行われている割には、動物保護はそこそこ進んでいる。……謎だな。
「(あなたが先に人間を傷つけたということは?)」
(まさか! 人間なんて怖い動物、食べたりしないよ。あとで殺されちゃうし。それに美味しくない)
私がフェンリルに事情を聞いている、その時だった。
「お嬢ちゃん! 危ない!! それは人食いフェンリルだ!!」(良かった、まだ死んでない。……獲物を横取りされたら、堪ったもんじゃないからな)
そこに現れたのは、魔法使いのハンターだった。
……なるほど、事情が読めてきた。
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