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第10話 世の中、事前情報の通りであることは意外に少ない

 実は私は『リデルティア・ストーリー』のストーリー内容を殆ど知らない。

 というのは、又従姉との約束でストーリー攻略には極力手をつけないことになっていたからだ。


 VR装置はまだまだ高いので、『リデルティア・ストーリー』とVR装置は私と又従姉、二人へのプレゼントとして買い与えられた。

 養父母は私たちが仲良く使うことを想定して買い与えてくれたが……しかし『リデルティア・ストーリー』はセーブデータが一つしか作れない。(周回プレイをすることはできる。というより、周回プレイが前提となる)


 購入には私の誕生日プレゼント枠も犠牲になっているので元は取りたかったが、たかがゲームで又従姉との関係を悪化させるのもアホらしいので、私は大人(まあ私の方が一つ年下だけど、あっちは小学生で、こちらは大学生だ)の対応をすることにした。


 ステータス上げやアイテム集めなどのやり込み要素は私がやる。

 又従姉はストーリー攻略を進める。


 又従姉は面倒くさがり屋で、作業が苦手なタイプだった。

 そして私は気分転換と暇つぶしさえできれば良かった。

 こうして平和的に棲み分けることができたわけだ。


 そういうわけなので、私はストーリー内容については又従姉から聞いた程度しか知らないのだ。


 まあこれに関しては、私はさほど問題視していない。

 そもそも私が女主人公になり、男主人公の中身が日本人になった段階で、ストーリーもクソもあるまい。

 

 マルクスの仕事をレーニンにできるとは思えないし、レーニンの仕事をスターリンにできるとは思えないし、スターリンの仕事をマルクスにできるとは思えない。


 それと同じだ。

 私に女主人公の代わりはできないし、そしてあの中身三十歳に男主人公の代わりはできないだろう。





 さて……私の記憶が正しければ、より正確に言えば又従姉とネットの掲示板で齧った情報が正しければ、最初の課外授業でイベントが発生するはずだ。

 森の中で魔法生物の生態、植生などを実際に現地で学ぶという授業内容で、本来は教授と一部の上級生の引率があるので安全なはずなのだが、その日は急に天候が悪化し、霧が発生する。

 そこで主人公たちははぐれてしまう。

 そして運の悪いことにたまたま、子供の人食いフェンリルと遭遇する。

 ゲームではステータス値によって、フェンリルへの対応に関する選択肢が変わったりするが……

 大まかな流れは変わらない。

 逃げたり、戦ったりした後に、人食いフェンリルを討伐しにやってきたハンターに救助されるのだ。

 

 これは男女共通イベントであり、それはギルバート・グランフィードの心の声を盗み聞きしたことで裏も取れている。


 まあ、事件が起こると分かっているならば話は早い。

 教授や上級生からはぐれないようにすればよいのだ。(休むことはできない。成績に直結するからである)

 生憎、人食いフェンリルだなんて物騒な敵と戦うつもりは毛頭ない。

 幸いなことに|ギルバート・グランフィード《男主人公殿》は、このフェンリルを倒そうと、気合十分のようなので彼に任せてしまって良いだろう。

 心の声によれば、この世界に転生してからずっと、原作開始に備えて修行していたみたいだし。


 喧嘩なら何度もしたことはあるが、動物との殺し合いの経験は私にはない。

 きっと彼の方が強いだろう。頑張ってくれ。


 


 ……と思っていたんだけどね。


「……自然の脅威を舐めていました」

「何か言ったか?」(ベレスフォードと二人っきり……)

「いえ、何も」


 霧の中でもぴったり教師や上級生についていればはぐれることはないだろうと高を括っていたのだが、想像以上に霧が濃く、見事にはぐれた。


「安心しろ、ベレスフォード。俺がついている」(俺が頼れる男だってことを、見せてやる!)


 しかも|ジャスティン・ウィンチスコット《噛ませ犬キャラ》と一緒だ。

 私に惚れているらしい彼は、ここで自分が頼れる男だと、私よりもずっと強い男であることを証明して、私の気を引きたいらしい。


 だが|ロキとアングルボザの長子フェンリルと、同じイヌ科とはいえ噛ませ犬ではレベルが違い過ぎる。

 餌になるのがオチだろう。

 そしてフェンリルが噛ませ犬一匹で腹を満たして帰ってくれる保証はなく、私もデザート感覚で食べられる可能性が高い。


 ……どうでも良いが、何で北欧神話の怪物と名前が同じなんだろうか?

 いや、今はそれはどうでも良いことだが。


「そ、そうだ! ベレスフォード! そ、その……は、はぐれないように手を……うわ!!」(な、何かでてきた!!)


 突如、彼は悲鳴を上げた。

 同時に草むらから魔物が飛び出てくる。


 飛び出てきたのは猪のような姿をした魔物である。

 通常の猪は草食性の強い雑食だが、この魔物は肉食だ……と魔法生物学の授業で習った。


 私は腰の杖鞘(ホルスター)から杖を引き抜いた。


「■■■■■■■■■!!」(ハラヘッタ、にく、くう!)


 私が読める心は人間に限らない。実は動物の心もある程度ならわかる。

 動物語が分かるのか? というと、そういうわけではない。

 

 以前にも述べたが、私の読心能力は決して「読んでいる」わけでもないし、「聞こえている」わけではない。

 ただ、何となく思考や感情が分かる……というものである。

 私が()で表現している心の声は、分かりやすく日本語に“翻訳”したものであり……実際にそういう風に聞こえたり、読んだりしているわけではない。


 だから相手が火星人で、火星語の話者であっても(多分だが)相手に知性があるならば、考えていることを私は理解できるのだ。


 もっとも、物事には限度がある。

 例えば蚊やゴキブリ、そして魚類なんかは脳味噌があってないようなものなので、何を考えているのか……というかそもそも何も考えていないせいか分からない。

 本能や反射神経で生きているようなタイプの動物には私の能力は通じないのだ。


 まともに分かるのは……カラス、豚、チンパンジー、イルカ、犬、ゾウといったくらいか?

 もっとも例え考えていることが分かったとしても、人間とは価値観が違い過ぎて理解するのは極めて難しいのだが。


 ともかく、少なくともこちらを食い物としか思ってない相手に容赦をするつもりはない。 


 腰から杖を抜き、魔法を放つ。

 杖先から出た魔力反応光が猪に突き刺さる。


 『吹き飛ばし魔法』が作動し、見事に猪は吹き飛び、その後キャンキャン鳴きながらどこかへ消えていった。

 

 うむ、殺生はしないに越したことはないからな。

 まあ、別に私は仏教徒でもないので神が与えてくれた食物を殺す分は特に問題はないのだけど。


「怪我はありませんか、Mr.ウィンチスコット」

「あ、当たり前だろ? あの程度、俺にだって対処できたし!」(うぅ……また恥を掻いた……)


 それからジャスティン・ウィンチスコットは私に尋ねた。


「というか……お前、無音詠唱が使えるのか?」(無音詠唱なんて、入学したばかりの一年生ができるようなものじゃないだろ……)


「簡単なものであれば」



 無音詠唱とは、「呪文を唱えずに杖と魔力の動きだけ」で魔法式を構築して魔法を発動させる技術である。

 無理矢理、算数や数学で説明すると暗算だ。ほら、87×53を暗算で計算したらちょっとだけ「凄いなぁ」ってなるでしょう? それと似たようなものだ。


 余談だが、魔法と魔術には区別がある。

 魔法は魔力を用いて発生させた諸現象のことで、魔術はそのうち魔法を発生させる手段、技術の一つである。

 だから魔術はすべて魔法だが、魔法であっても魔術ではないものもある。

 そしておそらくだが……私の読心能力は後者、「魔法ではあるが魔術ではない」ものだろう。


 でもまあ一般的には魔術=魔法である。普通の人間が使える魔法は魔術だけだからだ。


「へ、へぇ……」(貴族である俺が平民に魔法の腕前で負けるなんて……っく、帰ったら練習しよう。俺の方が上だって、証明してやる)


 うーん、私のことが好きなのに、どうして私をライバル視するんだ?

 全く理解できない。


「下手に動くと危険ですから、ここら辺でジッとしていましょう。すぐに助けが来るはずです」

「そ、そうだな」(お、落ち着いてる……家柄以外、全部負けてる気がする。っく、負けてられるか! 絶対に、見返してやる!!)


 私自身、負けず嫌いなので負けたら悔しいという気持ちはとてもよく理解できる。 

 そしてそこで諦めずに努力しようという姿勢は共感できる。

 頑張ってくれ、応援している。

 もっとも、私も負けず嫌いだから、勝たせてやる気は毛頭ないけど。



「お、おい! 何か、近づいてないか?」(また魔物か?)

「……音は二方向からですね」


 私とジャスティン・ウィンチスコットは互いに背を向け合い、杖を構える。

 私が向いていた方向の草むらから現れたのは……


「エレナ! 良かった!!」(でももう少しラインハルト様と一緒にいたかったな……)

「Miss.ベレスフォード! おっと、杖は下げてくれ!!」(良かった、Miss.ベレスフォードと一緒なら心強い!)


 現れたのは悪役令嬢様とその婚約者、つまりクリスティーナ・エデルディエーネとラインハルト・ブランクラットだ。

 最近、君たちイチャイチャし過ぎじゃないか? 

 ……まあこの分なら婚約破棄はクリスティーナ・エデルディエーネが激太りしない限りはあり得なそうだな。

 

(っげ、ブランクラットかよ……)

(……Mr.ウィンチスコットもいるのか)


 どうやら二人の相性は悪いらしい。

 ……まあラインハルト・ブランクラットはアンチ貴族主義者だから、典型的な貴族主義者のジャスティン・ウィンチスコットを嫌うのは自然なことか。

 逆もまた然りだろう。


 次にジャスティン・ウィンチスコットが向いていた草むらから。別の人物が現れる。


「誰だ! ……って、貴様か。グランフィード」(せっかく、ベレスフォードと二人っきりだったのに……)

「お前はウィンチスコット!」(他にも……うわ、エレナ・ベレスフォードもいるじゃん。あいつ、苦手なんだよね……)


 うわ、はこっちのセリフだ。

 私は内心でため息をついた。


 この状況は非常にまずい。というのも、悪役令嬢、その婚約者、噛ませ犬、主人公二名と、メインキャラがこの空間に集結しているからだ。


 この世界はゲームの中ではない、れっきとした現実だが、しかしゲームに酷似した世界なのは間違いない。

 覚悟していたのにも関わらず、私が霧で迷ってしまったことから分かる通り、やはりある程度はゲームの通りになる。


 つまり、だ。

 このメインキャラばかりのところには当然……


 と私が考えているその時だった。

 全く別の方向から、ガサガサという音が聞こえた。そしてそれはますます近づいてくる。

 

「な、なに? 誰なの?」(ひ、人じゃないような気がするのは、き、気のせいよね!?)


 クリスティーナ・エデルディエーネが叫んだ、その時だった。

 草むらからフェンリルが出現したのは。


「■■■■■■■!!」(っひ、ここにも人間!? こ、殺される! ……こ、殺される前に、殺してやる!!)


 ……あれ、ちょっと又従姉からの情報と違うぞ?


面白い、続きが読みたいと思っていただけたら、ポイント、ブクマ等を頂けると幸いです

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