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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
3 睦美
9/50

3-1

「コージマー。コージマー。起きてー起きてー。ごはんーごはんー」

 ヒタヒタと、冷たい肉球が額に触れた。

 目覚めると、顔を洗うナナさんが自分を見下ろしていた。

「ナナさん、おはよう」

「ごはん。ごはん。おはようーごはんー」

 っとナナさんは踵を返し、(ふすま)の穴から出て行った。

「……」

(なんだあの穴は……?)

 っと――ナナさんが襖の穴から顔を覗かせた。

「ここに扉付けてー。穴は空けといたからー。ごはんーごはんー」

「……」



 幸島は、ガツガツと猫缶に食い付くナナさんの脇にしゃがみ込んだ。

「ナナさん。穴空ける前に一言……」

「言ったー。昨日言ったー。コージマ帰って来てすぐ言ったー」

 振り向いたナナさんの目が、早く背を撫でろと言っている。

 しかし幸島の脳にそんなやり取りは記録されていない。ナナさんの背を撫でながら、恐る恐る尋ねた。

「ホントに……?」

 そこへ玄関が割り込んだ。

「言ってたぜ」


「え……」

「覚えてねぇのか?」

「コージマ、昨日ニタニタしながら帰ってきて気持ち悪かったー」

「ああ。思わず鍵を掛けちまおうかと思ったぜ」

「そ、そんなに……?」

「ずっとニタニタしてて気持ち悪かったー。気持ち悪かったー。ねー玄関ー」

「ああ。あれは気持ち悪かった。話しかけても上の空だったしな」

 確かに、静馴(しずな)の家でお茶をご馳走になり、フワフワと夢心地で帰ってきた。


 丸まっていたナナさんに抱きついてお腹に顔を埋めようとして拒否されて……。

(そう言えば、何か言っていた気がする……)

「思い出した?」

 猫缶を平らげ、ナナさんは顎を付き出した。

 阿吽の呼吸で、幸島の指がナナさんの喉と首を(さす)りながらゆっくりと往復する。

「たぶん……」

「使いやすいのを付けてねー」

「……はい」


 ――そんなやり取りを経て、支度を済ませた幸島は家を出た。

「それでは、行ってきます」

「おう。気を付けてな」

 っと、玄関は幸島の背を見送り、ナナさんに声を掛けた。

「ほら、言っただろ」

「本当ー。玄関すごーい!」

「で、本当は何やってたんだ?」

「爪を研ごうとしたらね、ずぽっと手が入っちゃって……。

 それでね、そのまま穴に手を入れてたらなんだか興奮してきちゃって……気が付いたらああなってたのー」


 そう言うと、ナナさんはキュ~ッと背伸びをしてパリパリと爪を研いだ。

「あ、こらッ、俺で爪を研ぐな」

「ごめーん。ついやっちゃうのー」

 そう言って、ナナさんはちょいちょいと顔を洗った。



 ◆



 バスに乗った幸島は、何時もの席に座った。

 昇降口近くの長椅子。背を流れる景色を横目に、運転士の仕事をぼんやりと眺める。

 今日の運転士はカピパラの源十郎だ。シャクシャクと良い音を鳴らしながら何か噛っている。

(やはり運転士は人型の方が安心できるな……)

 短い足で、各ペダルに取り付けられた棒を器用に操る源十郎を眺め、そんな事を考えていた。


「おはよう。幸島くん」

 停留所へ止まり――再び走り出したと同時に声が聞こえ、隣に静馴が座った。

 ぼんやりと源十郎を眺めていた幸島は不意を突かれ、あたふたと挨拶を返した。

「あ、おっ、おはよう」

「幸島くんはお仕事?」

「うん」

「じゃあ、降りるまで一緒だね」

 と、静馴は嬉しそうに微笑んだ。

「もしかして……もう仕事を探しに?」


「うん」

「もっとゆっくり休んでからにすればいいのに」

「ううん。私は、ず~っと休んでたから」

 しまった……。っと幸島は内心舌打ちを漏らした。

 しかし――相変わらず楽しそうな静馴の様子を見て、悟られぬようにそれは心の奥へ押し込めた。

「レンゲちゃんはどんな仕事がしたいの?」

「ん~、まだ全然決めてないんだけど……お店とかがいいかな」

「客商売か……」


「幸島くんは、どうして大工さんになったの?」

「ああ……、庭にある垣根の扉の修理にムサシが来て、作業を眺めてるうちに……何となく」

「なるほど~」

 その時、バスが停車し、リリィが乗り込んできた。

 何時も自分が座る場所に先客の姿を認め、少し驚いたような顔をしたが――ニヘリと目尻を下げて駆け寄った。 

「ねえねえ、新しく来た人?」

 っと鼻息荒く二人の間に尻を割り込ませた。


「ええ。蓮花(はちすか)静馴(しずな)さんです」

「静馴ちゃんね。私はリリィ。よろしくね」

「えっと、リリィさん。インフォメーションセンターで主に動物の案内をやってる方です」

 と、幸島が補足した。

「そうなんですかぁ、よろしくお願いします」

 リリィはにっこりと微笑む静馴を抱き寄せ、頬ずりしながら黄色い声を上げた。


「ンンンッー、カワイイー! この娘カワイイわ!」

「ちょっと、リリィさん……」

「人間はみんなカワイイけど、この娘は格別にカワイイわ!」

 リリィは手に加え尻尾も巻き付けた。

「幸島くん。この子私に下さい!」

 そして静馴に顔を押し付けた。

「静馴ちゃん、うちの子にならない?」

「ちょっとリリィさん、旦那に言い付けちゃいますよ」

「大丈夫ですよ。女の子でしょ? 女の子の匂いがするもの。それにダーリンはどっちでも――っと、何でもないわ、今のは忘れて」


 一方、静馴は……。

「リリィさんふわふわぁ~」

 鼻を動かすリリィに体を預け、巻き付いた尻尾に頬擦りをして心地よさ気に呟いた。

「リリィさん、いい加減に――」

「いいわ! 幸島くんもいらっしゃい! 二人とも今日からうちの子よ!」

 そう言うと、リリィは左腕で静馴を、右腕で幸島を抱き寄せた。

「ああ……幸せ……」

 抱き寄せた二人にスリスリと頬を押し当て、リリィは至福の一時を過ごした。

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