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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
2 レンゲ
8/50

2-4

 空を見上げた静馴は――ゴロリと仰向けに倒れ、満天の星空を見つめた。

「こんなふうに星を見るのも初めて……」

 静馴の様子を横目で窺いながら、幸島はモゴモゴと切り出した。

「えと、あの、これからさ――色々、やってみようよ。やりたくても出来なかった事とか……見たかったもの、とか……」

 しどろもどろになりながらも、幸島は何とか言葉を続けた。


「ここは、結構何でも出来て、何でもありな所だから……俺に出来る事なら、何でも手伝うし……」

「うん。ありがとう」

 そう言うと、静馴は幸島の背中をクイッと引いた。

 促されるまま――幸島もゴロリと仰向けに寝そべり星空を見つめた。

「幸島くんは、ここに来て長いの?」

「……一年と八ヶ月、かな。頭をぶつけて死んだらしけど、何でそうなったのかは覚えていないんだ。頭をぶつけたからなのか……一年分ぐらいの記憶が無いんだ」


「そうなの?」

「うん。でも、その辺の事情はウチの猫さんが知ってるみたいだから、その内聞かせてもらおうかなと思ってる」

「猫ちゃんが?」

「うん。ナナさんっていう猫さんなんだけど、俺の死に様を見てたらしいんだ」

 ふと、幸島は首を傾けて静馴を見た。

「レンゲちゃんは、動物は好きそうだけど……」

 聞くまでもないと思ったが……一応尋ねてみた。


「うん! 大好き」

「今度ナナさんを紹介するよ。撫でられるのは好きな娘だから、撫で応えがあると思うよ」

「それは楽しみだなぁ~」

 幸島は視線を戻し、トコヨを訪れた日の事をサラッと語った。

「……死んだ時の事はさっぱり覚えてないんだけど、なんかもういいかなぁーって思って、サッと現任書にサインして、説明聞いて、後は家と家具のカタログを捲ってニヤニヤしてたかな」 

「私ももっとしっかり選べばよかったなぁ」


 ――っとその時、海から灰色の球体が浜へ上陸した。人の背丈ほどあるそれはゴロゴロと二人の前を横切り、ふと振り返った。

「……」

「……」

 表面に張り付いた大きな顔……。

(……太……陽?)

 太陽と思しき球体は視線を戻し――思わず身を起こした静馴と幸島に見送られ、ゴロゴロと何処かへ転がって行った。

「……そろそろ帰ろっか?」

「そうだね……」


 

 ――バスへ乗り込み、長椅子へ腰を下ろした。

「料金は整理券の番号と同じ所を見て。で、降りる時は、そのボタンを押せば次の停留所に止まってくれるよ。お金と整理券は降りる時にあの中へ」

 幸島が指す先へ視線を走らせ、静馴はコクコクと頷きながら感心するように唸った。


「作りは古いんだけど、少しずつ現世に近づけていくらしいよ」

 もう現世では殆ど見ることのなくなったボンネットバスだ。

「へぇ~。そうなんだぁ」

 っと返しつつ、静馴は物珍しそうに車内を見回し、整理券をくるくると回して眺めた。

 ワクワクと順番を待っているかのように、停留所へ止まる度に降りて行く乗客を楽しそうに見送っていた。


 ――暫く走ると、客は静馴と幸島の二人だけになった。

「次なんで、そのボタンを……」

 プレゼントでも貰ったような笑顔浮かべ、ボタンを押す静馴の様子に自然と頬が緩んだ。

(なんか……子供でもつれてる気分だな)

「ん? どうしたの?」

 ニマニマと微笑む幸島を振り返って静馴は尋ねた。

「い、いや、その……」

「……?」

「一番行ってみたい場所とか、やってみたい事って何がある?」


 静馴は「ん~」っと唸り、パッと笑顔を咲かせた。

「お仕事!」

「……えっ?」

「やりたい事や行きたい所はいっーーぱいあるけど、まずはお仕事かな~」

「し、仕事がしたいの……?」

「うん。ホントは学校って言いたい所なんだけど……大人になっちゃったし」


「ああ、なるほど……。じゃあ、まずはインフォメーションセンターだね」

「サインとかしたところ?」

「うん。もちろんバスで行けるよ」

「インフォメーションセンターへ行けばいいの?」

「受付で仕事したいって言えば良いよ。やりたい事が決まってるのならそこへ直接行って交渉するって手も」

「なるほど……」


 そうこうしている内に停留所へ到着した。

 静馴は料金箱へ飲み込まれてゆく硬貨と整理券を最後まで見送り、満足気な笑みを浮かべてバスを降りた。

「バスは満喫できた?」

「うん」っと、静馴は照れ臭そうに笑った。



「――月ってこんなに明るかったかな?」

 斜面を上りながら、静馴は月を振り返った。木々の隙間から注ぐ月明かりは、じっと見つめると少し目にしみた。

「現世よりも少し明るいらしいよ」

「そっか」

 彼女を家まで送り届け、荷物を玄関に運び込んだ。

「それじゃ、何かあれば、また……」

「うん……」

 帰ろうとする幸島を、静馴が呼び止めた。

「幸島くん。あの、お茶……入れるから……」

「え、あ、はい……」


 静馴は買い物袋から急須とお茶を取り出し、やかんを火にかけた。

(改まって家に上げられると……急に緊張してきた……)

 ちゃぶ台の前に座り、幸島は炙られるスルメのようにモジモジと過ごした。

(女の子の家に……いやこの実績は解除済みだ。女の子の部屋に入る……はロックされてるな……)


 やがて――湯気の上る湯飲みが幸島の前に置かれた。

「どうぞ」

「い、いただきます」

 少し苦い、熱いお茶が全身に染み渡って行く――

 ホッと息をついた幸島は、湯飲みを覗き込んで微笑んだ。

「茶柱だ」

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