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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
2 レンゲ
6/50

2-2

 家を出て、二人は歩いた。木々の隙間から零れる陽射しが心地よく。静馴(しずな)の頬は自然と綻んだ。

 未舗装の道だが、歩き難いということはなく、昨日車で来た時も気になる程の揺れは感じなかった。

 すれ違う車や人もない。もっとも、この道の先には静馴の家と幸島の家しかない。

 隣を歩く幸島は、なんとなくトコヨの門を潜った日の事を思い出していた。

 輪廻を続ける――全くの別人へ生まれ変わり、新たな人生を送る。その選択肢もあったのだが……特に悩む事もなくトコヨへ住む事を選んだ。


 サッと死亡現任書へサインし、家と家具のカタログをウキウキと捲った。

『――選べるのなら田舎がいいです』

 幸島はそう希望した。

 加えて――

 道は大きく曲がり、視界が開けた。

「海!」

 駆け出した静馴は手すりに飛びついて身を乗り出した。

 斜面の先に見える小さな港。視界の隅まで広がる青い海。降り注ぐ太陽の笑顔がちょっと鬱陶(うっとう)しいが、何時までも眺めていられる景色だ。


 いっぱに見開いた静馴の瞳からは、いまにも歓声が聞こえてきそうな気がした。

(瞳って本当にキラキラ輝くんだな……) 

 そんな事を思っていると、くるりと振り向いた静馴が興奮気味に尋ねた。

「ねえねえ、幸島くんは海に入った事ある?」

「そりゃまあ……」

「海って、本当にしょっぱいの?」

(まさか……海に行った事がないのか?)

「行ってみる?」


「うん!」

 コクコクと頷き、駆け出した静馴を慌てて呼び止めた。

「レンゲちゃん、こっち」

 っと、幸島は斜面を突っ切る歩道へ静馴を導いた。

 なかなかの急斜面だが、木の根が階段のように突き出し、とても歩きやすい。手を差し伸べるように、所々に突き出た枝は表面がスベスベになっている。

 道を下りながら、木々の隙間から覗く海を眺めた。なんだか……このまま海の中へ入っていけそうな、不思議な感覚に囚われる。


 斜面を下り切ると、舗装された道に出た。

「あれが最寄りのバス停」

 そう言って、幸島はすぐ側のバス停を指した。

「ついでに時刻表見ておく?」

「うん」

 と、バス停へ向かった静馴だったが……時刻表そっちのけでバス停と待合所を物珍しそうに見物していた。

 長椅子に腰を下ろし、すぐ隣の座面をトンと打って幸島を促した。

「幸島くん」

「……?」


 促されるままに腰を下ろしたものの……バスを待つにはちょっと早い。

「次が来るまで結構あるよ?」

 せっかくだから歩いて行こうよ。幸島はそう継ぐつもりだった。

「さっき行ったばかりだから当分こないぜ?」

 っと、ドングリを抱えたシマリスが遮った。

 ポカンと見つめる静馴の膝へ飛び乗り、まじまじと彼女を見つめた。

「おや、新入りか?」


 っと尋ね、頷いた幸島を振り返ってガジガジとドングリを(かじ)った。

「あ、あの……尻尾」

「ん? 触りてぇんなら優しくたのむぜ」

 静馴の手に尻尾を預け、シマリスは地面に転がるドングリを指した。

「兄さん、そこのドングリを幾つか……」

 手渡されたドングリをガジガジと囓りながら、シマリスは静馴へ尋ねた。

「もしかして、この上の空き家に越してきた人かい?」

「……たぶん、はい」


「庭にエサ台を置いてくれるとありがてぇんだが……」

「置いたら来てくれるの?」

「仲間にも宣伝しておくぜ」

「じゃあ置いちゃおうかな~」

「ありがてぇ、よろしく頼むぜ」

 そう言うと、シマリスはひょいと膝を離れ、幸島を振り返った。

「兄さん、邪魔したな」

 っと、茂みの中へと姿を消した。 


 静馴は腰を浮かし、膝に散らばったドングリくずをパタパタとはたきながら尋ねた。

「幸島くん、エサ台って売ってる物のなの?」

「うん。けど、たぶんムサシに頼んだ方が良い物作ってくれるよ」

「昨日の、シェパードさん?」

「そそ。大工仕事の腕は確かだよ」

「そういえば……幸島くんも、大工さんなの?」

「一応……見習いのね」

「そうなんだ」

 声を弾ませた彼女の視線がむず痒く、思わず目を逸らした。


「俺は見習いだからね……。売り物と張り合えるような物はムリだよ……」

 横目に感じる期待のこもった静馴の視線に、どう応えたものかと幸島は頬を掻いた。

 その時――陽射しが遮られ、彼女は空を見上げた。

「雨は降らないかぁ」

 流れて行く雲を見送り、足をぷらぷらと揺らしながら残念そうに呟いた。

 空はスッキリと晴れ渡り 、雨は期待できそうにない。 

「もしかして……バスに乗ったこと無い? というか、バス停自体初めとか?」

「うん。バス停で雨宿りとかしてみたくって」


 その後も――

 普通に生活していれば珍しくも無いものを、静馴は物珍しそうに眺めた。

 服を買いに行けば服を選ぶよりも店その物の見物をし、用もなく試着室を出入りしてはしゃいでいた。

 喫茶店へ入ると大はしゃぎでキョロキョロと歩き回り、大興奮でパフェを頬張った。あまりの興奮ぶりに幸島がたじろいでしまうほどだった。

 スーパーでも店内をキョロキョロと歩き回り、レジを打つ店員を飽くことなく眺め続けた。

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