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家を出て、二人は歩いた。木々の隙間から零れる陽射しが心地よく。静馴の頬は自然と綻んだ。
未舗装の道だが、歩き難いということはなく、昨日車で来た時も気になる程の揺れは感じなかった。
すれ違う車や人もない。もっとも、この道の先には静馴の家と幸島の家しかない。
隣を歩く幸島は、なんとなくトコヨの門を潜った日の事を思い出していた。
輪廻を続ける――全くの別人へ生まれ変わり、新たな人生を送る。その選択肢もあったのだが……特に悩む事もなくトコヨへ住む事を選んだ。
サッと死亡現任書へサインし、家と家具のカタログをウキウキと捲った。
『――選べるのなら田舎がいいです』
幸島はそう希望した。
加えて――
道は大きく曲がり、視界が開けた。
「海!」
駆け出した静馴は手すりに飛びついて身を乗り出した。
斜面の先に見える小さな港。視界の隅まで広がる青い海。降り注ぐ太陽の笑顔がちょっと鬱陶しいが、何時までも眺めていられる景色だ。
いっぱに見開いた静馴の瞳からは、いまにも歓声が聞こえてきそうな気がした。
(瞳って本当にキラキラ輝くんだな……)
そんな事を思っていると、くるりと振り向いた静馴が興奮気味に尋ねた。
「ねえねえ、幸島くんは海に入った事ある?」
「そりゃまあ……」
「海って、本当にしょっぱいの?」
(まさか……海に行った事がないのか?)
「行ってみる?」
「うん!」
コクコクと頷き、駆け出した静馴を慌てて呼び止めた。
「レンゲちゃん、こっち」
っと、幸島は斜面を突っ切る歩道へ静馴を導いた。
なかなかの急斜面だが、木の根が階段のように突き出し、とても歩きやすい。手を差し伸べるように、所々に突き出た枝は表面がスベスベになっている。
道を下りながら、木々の隙間から覗く海を眺めた。なんだか……このまま海の中へ入っていけそうな、不思議な感覚に囚われる。
斜面を下り切ると、舗装された道に出た。
「あれが最寄りのバス停」
そう言って、幸島はすぐ側のバス停を指した。
「ついでに時刻表見ておく?」
「うん」
と、バス停へ向かった静馴だったが……時刻表そっちのけでバス停と待合所を物珍しそうに見物していた。
長椅子に腰を下ろし、すぐ隣の座面をトンと打って幸島を促した。
「幸島くん」
「……?」
促されるままに腰を下ろしたものの……バスを待つにはちょっと早い。
「次が来るまで結構あるよ?」
せっかくだから歩いて行こうよ。幸島はそう継ぐつもりだった。
「さっき行ったばかりだから当分こないぜ?」
っと、ドングリを抱えたシマリスが遮った。
ポカンと見つめる静馴の膝へ飛び乗り、まじまじと彼女を見つめた。
「おや、新入りか?」
っと尋ね、頷いた幸島を振り返ってガジガジとドングリを囓った。
「あ、あの……尻尾」
「ん? 触りてぇんなら優しくたのむぜ」
静馴の手に尻尾を預け、シマリスは地面に転がるドングリを指した。
「兄さん、そこのドングリを幾つか……」
手渡されたドングリをガジガジと囓りながら、シマリスは静馴へ尋ねた。
「もしかして、この上の空き家に越してきた人かい?」
「……たぶん、はい」
「庭にエサ台を置いてくれるとありがてぇんだが……」
「置いたら来てくれるの?」
「仲間にも宣伝しておくぜ」
「じゃあ置いちゃおうかな~」
「ありがてぇ、よろしく頼むぜ」
そう言うと、シマリスはひょいと膝を離れ、幸島を振り返った。
「兄さん、邪魔したな」
っと、茂みの中へと姿を消した。
静馴は腰を浮かし、膝に散らばったドングリくずをパタパタとはたきながら尋ねた。
「幸島くん、エサ台って売ってる物のなの?」
「うん。けど、たぶんムサシに頼んだ方が良い物作ってくれるよ」
「昨日の、シェパードさん?」
「そそ。大工仕事の腕は確かだよ」
「そういえば……幸島くんも、大工さんなの?」
「一応……見習いのね」
「そうなんだ」
声を弾ませた彼女の視線がむず痒く、思わず目を逸らした。
「俺は見習いだからね……。売り物と張り合えるような物はムリだよ……」
横目に感じる期待のこもった静馴の視線に、どう応えたものかと幸島は頬を掻いた。
その時――陽射しが遮られ、彼女は空を見上げた。
「雨は降らないかぁ」
流れて行く雲を見送り、足をぷらぷらと揺らしながら残念そうに呟いた。
空はスッキリと晴れ渡り 、雨は期待できそうにない。
「もしかして……バスに乗ったこと無い? というか、バス停自体初めとか?」
「うん。バス停で雨宿りとかしてみたくって」
その後も――
普通に生活していれば珍しくも無いものを、静馴は物珍しそうに眺めた。
服を買いに行けば服を選ぶよりも店その物の見物をし、用もなく試着室を出入りしてはしゃいでいた。
喫茶店へ入ると大はしゃぎでキョロキョロと歩き回り、大興奮でパフェを頬張った。あまりの興奮ぶりに幸島がたじろいでしまうほどだった。
スーパーでも店内をキョロキョロと歩き回り、レジを打つ店員を飽くことなく眺め続けた。