13-2
「蓮花静馴は! 俺の女だ!!」
「だぁ――」
「――だぁ」
「だぁ――」
静止した時の中を、こだまが跳ね回った。
やった。のか?
やっちまった。のか……?
静馴はどんな目で自分を見ているのだろうか……?
振り向くと振り向けないに挟まれた首は小刻みに揺れ、目玉は見開いた瞼の間を震えるように泳いだ。その時――
「幸島大!!」
雷鳴のような大音声が響き――皆思わず耳を塞ぎ、首を竦めて天井を見上げた。
「幸島大!!」
声は屋根の先……空から降ってきている。ビリビリと周囲を揺らし、穴だらけの天井が砕け落ちた。
「吾輩は! 吾輩は――!」
(吾輩……? まさか――)
振動に耐えかね……芝居小屋は箱を展開するように四方へ壁が倒れ、向かいの山にズズンっと太陽が落ちた――
「吾輩は感動した!!」
涙を流し、鼻水を垂らした太陽がゆっくりとこちらへ転がり始めた。
「フフフ……私も感動しているよ。まさか、お前が本当に成長しているなんてな。いや、今成長したのか……。ま、どちらでもいい」
睦美は首を振り、再び身構えた。
「さあ、かかってこい。二人がかりでも構わんぞ」
しかし、シュタっと隣に舞い降りた鉄姉妹が脇を固め、睦美の体が宙に浮いた。
「おい、離せ! 何をしている!?」
「一先ず休戦よ」
「さすがにアレはまずいわ」
太陽を振り返り、鉄姉妹は睦美を連れて跳び去った。
危険を察知した観客達もそそくさと退避を始め、権太が幸島の肩に駆け登った。
「兄さん! あらヤバイですぜ! あのサイズで踏まれたらいくらなんでも……」
続いて、静馴の肩に舞い降りた冴子が二人を促した。
「二人とも早よお逃げ!」
その時――静馴が幸島の手を取って走り出した。
「し、静馴ちゃん……」
静馴ははにかんだ顔を伏せ、キュッと手に力が隠った。
「吾輩は! 吾輩は猛烈に感動しておる!!」
太陽は加速し、鼻水で地面を打ち叩きながら二人へ迫った。
「兄さん急いで!」
「横に逸れてしまえば大丈夫!」
静馴の手を引き、権太と冴子に誘導されつつ間一髪で避難した幸島は、ホッと太陽を振り返った。
(……)
「……ねぇ」
「ん? どうかしやしたか?」
一度通りすぎた太陽は向きを変え、再びこちらへ向かっていた。
「……まさか幸島サンを追いかけて」
そろりと離れかけた権太を、幸島が素早く掴んだ。
「おいおい……ここまできたんだ、そう言わず最後まで付き合えよ」
「に、逃げやしませんって……ははは」
「ふははは」
と、引きつった笑顔で笑う二人の元へ、シュタっとナナさんが舞い降りた。
背に権太一家の面々と、両脇に何かを抱えたアレクサンダー・ザンダー三世を乗せていた。
「幸島はん、後はこの二人に任して逃げまっせ!」
と、飛び降りた彼は両脇に抱えていた狸と狐を地面に転がした。
「こいつらは……?」
「太陽はんには、この二人に化かされて海にでも行ってもらいます」
「なるほど……」
「言ったでしょー? それなりに、コネがあるのよー」
頬をぷっくりと腫らした狸と狐の顔を、ナナさんが覗き込んだ。
「ねー?」
「は、は、はい……!」
「ナナナナナさんには、おおおお世話になっておりまして……」
脂汗を垂らし、目を泳がせる狸と狐を見つめていると……幸島はとても胸が苦しくなった……。
――むくむくと立ち上がった幸島達の幻影が走りだし、転がる太陽の軌道が変わった。
「ほな、わてらも逃げまっせ!」
皆が乗ったを見届け、アレクサンダー・ザンダー三世はナナさんへ合図を送った。
「それじゃー、行くよー」
タンっと地面を蹴り、ナナさんは勢いよく駆け出したーー
「吾輩は感動した!!」
ザザーンと巨大な水柱が立ち上がり、月が登った。
観客席に座っていた糸葉は席を立ち、ポカンと海を見つめるリリィを振り返った。
「帰るなら送るわよ」
指に掛けた車のキーをくるくると回して見せた。
「……お願いします」
スタスタと車へ向かう糸葉は、田川さんを背負って歩くリリィを振り返った。
「貴方も、幸島が欲しいの?」
「もう私のですよ。幸島くんと静馴ちゃんはうちの子です」
「そう……」
◆
月明かりの中を、ナナさんは泳ぐように走った。
水の中を進むように宙を蹴り、緩い重力の波に乗って駆けた。
無理矢理昇らされた月の表情は険しく、何時もより光が目にしみた。
「蓮花静馴は俺の女だぁー」
肩に上った権太が、グリグリと頬をつついて囁いた。
「……」
「イイ啖呵でしたぜ」
「お、おう……」
やがて……眼下に静馴の家が見え、ナナさんはフワリと庭へ着地した――
権太は手すりに立ち、乾杯の音頭をとった。
「皆さん、お疲れ様でござんした!」
権太一家は一斉に餌台とテーブルの皿へ群がり、元のサイズに戻ったナナさんはゴロリと横になってチョイチョイとドアノブをつついた。
「玄関格好良かったよー」
「おうよ。あの女を仕留めるつもりだったんだけどな」
「今度はわたしが打ち込んであげるから任せてー」
「それは……遠慮する」
「えーなんでー?」
「お前に任せたら体が持たねぇだろ」
「もうないじゃん」
「お前……結構容赦ないよな」
その時、つつかれていたドアノブがコロコロと転げ、ナナさんはクワッっと目を見開いた。
「待て! ナナ、落ち着け!」
「ごめんねー、この本能は押さえられないのー」
クリクリと尻を振り、ドアノブへ踊りかかった。
「止めろ! 落ち着――」
ドアノブをドリブルするナナさんが駆け抜け、手すりにもたれていた幸島は向き直って月を見上げた。
月は、いくらか表情を和らげたように見える。
「幸島くん」
いつの間にか、隣に静馴が立っていた。
「今日はありがとう。楽しかった」
「うん。またさ……、その……」
「これからも、よろしくお願いします」
ホッとしたように、ポカンと見つめる幸島へ尋ねた。
「私も……叫んだ方が、いいのかな……?」
月は、はにかんだ二人をチラリと窺い、優しい光を浴びせた――
「なんやエエ雰囲気になってまんな」
ウッドデッキに立つ二人を窓越しに見つめ、アレクサンダー・ザンダー三世はサツマイモを囓り、肩に座る権太と冴子はヒマワリを囓った。
「ねぇ、あんたぁ」
冴子は権太へ寄りかかり、プニプニと腹をつねった。
「あの二人見てるとさぁ……ウチも」
「お、おう……」
幸島と静馴が向かい合い、閉じた瞼が幸島を一気に引き寄せた――
「おおっと! 見学ツアーはここまでですぜ!」
権太と冴子は窓へ飛びつき、サッとカーテンを引いた。




