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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
2 レンゲ
5/50

2-1

 急遽(きゅうきょ)休みを取った幸島は、起きるや否やいそいそと身支度を調(ととの)えた。ナナさんの食事を準備し、布団の上で丸くなっている彼女に声をかけた。

「それじゃ、俺は出かけてくるね。外に行く時は玄関に言えば開けてくれるから。それと、ご飯は台所に用意してあります。っと、それから――」


 大きなあくびと共に、ナナさんが口を挟んだ。

「外から中に入るときはマットで足を拭いて」

 そう言って、ナナさんはちょいちょいと顔を洗った。

「コージマしつこーい」

「すみません……」

 ナナさんはもう一度大きなあくびをすると、何時もと装いの違う幸島をじっと見つめた。


「コージマ、デーとぉー?」

「……言い方に気をつけて下さい。違う言葉に聞こえる……」

 咳払いで誤魔化し、幸島は続けた。

「その約束を取りつけられればと……」

「そう、応援してるねー」

 そう言うと、ナナさんはモゾモゾと体勢を変え、キュッと丸くなった。


 靴を履く幸島へ、玄関が声をかけた。

「おう。気合い入ってんな」

 そう言って、まじまじと幸島を見つめた。

「さっき聞こえたんだけど……お前、でぇーとぉーなんだってな」

「なんスか……その言い方。デートの約束を取りつけられればいいなーという話をしていたんです」

「そうか、卒業出来るといいな」

「――ッ!!」

 ニタリと笑う玄関に背を向け、幸島はツカツカと歩いた。



 ◆



 玄関をノックすると、近くの窓から弾んだ声が聞こえた。

「幸島くん。いらっしゃい」

 真っ白なワンピースを纏い、頭にタオルを巻いた静馴(しずな)がニコニコと幸島を出迎えた。

 ワンピースもタオルも、インフォメーションセンターが支給する質素極まりない代物なのだが……彼女が身に付けると、何やらとても洒落(しゃれ)たアイテムに見えてしまう。

(やはり……正義はカワイイにありか?)


 部屋へ入ると、粗方の家具類は運び込まれていた。

「場所を変えたいのが幾つかあるんだけど、手伝ってもらってもいいかな?」

「もちろん。その為に来たんだから」

「ありがとう」そう微笑む笑顔が眩しかった。


 ――彼女は本当によく笑った。ニコニコと、眩しい笑顔を惜し気もなく振り撒いた。家具を運んできた連中も、さぞやドギマギしていた事だろう。

 生前の彼女からは想像のできない変化に嬉しい戸惑いを覚えつつ、インフォメーションセンター運送係の面々を思い浮かべ、幸島はほくそ笑んだ。


 トコヨへ住む事を決めると、住む場所や家やらの希望を聞かれ、ある程度それに即した物が貰える。住居や家具など、住み着くのに最低限必要な物が支給され、当座の生活資金も貰える。


「――まあ、お金はあって無くてもどうとでもなるんだけどね」

 家具の設置が終わり、ちゃぶ台を挟んで二人は腰を下ろした。

「そうなの?」

「追々分かるよ」

 静馴が運んできた水に口を付け、幸島はホッと息をついた。


「ごめんね……本当に何にも無くて。お水しか……」

「いやいや、俺が何か持って来るべきだったのに気が利かず……」

 それを聞き、静馴はクスクスと嬉しそうに笑った。

「私が知ってる幸島くんのまんま」

「そう……?」

「うん。私が最後に学校に行った日、幸島くん教科書忘れて――」


 隣の席が彼女だった。

 何の授業だったかは覚えていないが、机を寄せて――

「すみません……。って、こんなっやて体を避けて……」

「そ、それは……あの、何か照れ臭くて……」

 興味無しと装いつつ、携帯を片手にチラチラとシャッターチャンスを窺っていた。

「私も、幸島くんの視線が痛くて……」

「……すみません。――って分かってた……?」

「恥ずかしくって……ドキドキして、どうしたら良いのか分からなかったんだ……」


 少しはにかんだ彼女はおもむろに席を立ち、隣に腰を下ろした。

「幸島くんは、もしも生き返れるとしたら――」

 緊張を誤魔化すように、最後まで聞かずに答えた。

「ムリかな。ここが気に入っちゃったし……」

「そっか……」

 ホッとしたように呟く静馴へ、幸島は尋ねた。

ここは(トコヨ)好きになれそう?」

「うん!」

「そっか。良かった」


 笑顔を湛え、生き生きとした彼女と――遠い記憶に在る彼女を、どうしても重ねる事ができなかった。

 彼女の生は、それ程までに苦痛なものだったのだろうか……。

 頭をかすめた暗い物が顔へ辿り着く前に、幸島は声を上げた。


「そだ、買い物に行かない? ついでにここら一帯を案内するよ」

「ホントに? お願いしてもいいの……?」

「糸葉さんに教えてもらってるかもだけど……」

「そうしてもらえると嬉しいな」


 幸島はコップの水を一気に流し込み、ひょいと立ち上がった。

「よし、じゃあ行こう」

 つられるように立ち上がった静馴は、ハッと何かに気がついた。

「あ……。お洋服もこれしかないんだった……」

 あなたは、どんな格好しても許されます。どんな物も良い物へ変える……そういう才能(カワイイ)をお持ちなのです。はにかんだ静馴を眺めながら、幸島は胸の内でそう呟いた。

2022/08/15微修正

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