12-3
――扉が開き、女性の看護師が部屋へ入ってきた。
「あら? 新しいお人形?」
「うん。睦美ちゃんにもらったの」
微笑む看護師へ、リトル静馴はちょっとリアルな人形を手に得意気に続けた。
「これからね、子供を作ってお父さんとお母さんになってもらうの」
「子供の……お人形をつくるの?」
リトル静馴は、するりと人形の服を剥いだ。
「お父さんのおチン――」
そこから先は……慌てふためく看護師と、口を塞ごうとする静馴の悲鳴にかきけされ……、
「――をお母さんの――入れ――子供が――睦美ちゃんに聞いたの」
切れ切れにしか聞こえなかった。
「それでね、お母さんの方には穴を開けたんだけど、お父さんのお股には何もないの……」
蹲った静馴は、絞り出すように声を震わせた。
「い、意味なんて分かってなかったの……。ただ言われたままに言っただけなの……知らなかったの……知らなかったのよ……」
――再び扉が開き、回診の男性医師が部屋に入った。
「やあ、静馴ちゃん。調子は良さそうだね」
「あ! 先生! 先生のおチ――この子に少し分けて――」
――見学者達は観客席に座り、舞台上の阿鼻叫喚を眺めた。
舞台上に置かれた巨大な箱の中で幻覚を見せられる者を、観客席から眺める。これが新アトラクションとやらの正体だ。
睦美は左右に鉄姉妹を従え、ど真ん中の席から舞台を眺めた。
(いいぞ、いいぞ。過度な幻想を抱くチェリー達の心が、粉々になって行く音が聞こえるぞ)
睦美はうっとりとした笑みを浮かべ、舞台上で悶絶する二人を見つめた。
(ボロボロになって、私の腕に飛び込んでくるといい。その傷は、甘~い夢で癒してやる。覚めることのない、甘い夢を――)
舞台上は中学時代へと突入し、次々と暴かれる痛い過去が、容赦なく二人に襲い掛かった。
しかし、入院生活が長かった静馴にはそこまで痛い過去はなく、辛うじて正気を保っていた。対する幸島は……様々な設定や妄想が暴かれ、憔悴著しく今にも吐血して召されてしまいそうであった。
(まもなく高校編だな……)
睦美は静馴へ視線を移し、ニヤリと口元をつり上げた。
(君はそいつの――汚らわしい男の本性に耐えられるかな?)
一方、床に転がった幸島は……うわ言のように癒しの呪文を唱えた。
「俺だけじゃない……俺だけじゃない。みんなやってる、絶対やってる……。
白線の両脇は崖とか鉄板だろ……? 手頃な棒は剣や刀に見えるし……、ゾンビの軍団が教室に雪崩れ込んで来たらどう対処するとか……みんな一度は考えた事あるだろ! 熊に素手で勝つ方法とか……盛り上がって見えない熊と戦ってみたりとか……みんなやってただろ!?」
焦点の合わぬ目を見開き、幸島が身を起こした――その時、場面が切り替わった。
「……ん? ここは……」
「教室……」
通っていた中学の教室に似ている。
睦美は眉間に皺を寄せ、目をつり上げた。
(……どうした? 打ち合わせと違うぞ)
窓側の一番後ろ……。
寄せた二つの机、その境に広げた一冊の教科書。
静馴は席へ歩み寄り、教科書に目を落とした。余白に書かれた小さな落書きへ手を伸ばし、指の先でそっとなぞった。
「私の……」
ここは――静馴が登校した最後の日の――あの日の教室だ。
先程までの阿鼻叫喚は消え失せ、柔らかな空気が二人を包んだ。
――ふと、あの日の自分達が席に着いた。
見えない壁にでも寄りかかったように体を離し、チラチラと静馴を窺う幸島。視線には気が付いているが……気恥ずかしくてどうしても振り向けない静馴。
静馴はそっと幸島の手元を覗き込んだ。
「幸島くん、携帯いじくってたんだ」
「……うん。ゲームしてたから」
「そか……」
「本当は、ゲームするフリをしながら、写真を撮るチャンスを窺ってたんだけどね」
散々地獄を見せられたからか……事も無げにあっさりと白状した。
「私の……?」
「うん。シャッター音は消せないし……どうしたら自然に、もしくは気付かれず撮れるかと」
「言ってくれればよかったのに……」
「言ったらOKしてくれた?」
静馴は少し考え、バツが悪そうに肩を竦めた。
「断った……と思う」
「でしょ?」
「で、でも撮られるのが嫌ってわけじゃなくて……その、多分恥ずかくて、断ったかなって……」
慌ててそう付け加えた。
スッと二人の幻が消え、幸島は自分の席に腰を下ろした。
「この何年か後にさ、何でもいいからこの時に撮っておけば良かったって後悔した」
「……どうして」
「無性にレンゲちゃんの顔が見たくなって、いろいろ探したんだけど……」
「そっか……私は2年生で転校しちゃったから……」
「そ、アルバムには載ってないし、レンゲちゃんはイベント関係も全部不参加だったから」
「……」
「一枚も見つからなくって……この時撮らなかった事をスッゲー後悔した」
……そっと椅子を引き、静馴も自分の席に腰を下ろした。
「幸島くん」
「ん?」
静馴はグイと体を寄せ、前方へ大きく手を突き出した。
「……?」
「撮りますよー」
そう言って、見えない携帯のシャッターを切った――




