12-2
――不意に路地から現れた影が幸島にぶつかった。
「あ……ッ、す、すみません! ……あれ、運転手さん?」
目出し帽シーツの妖怪は軽く手を上げ、会釈してスタスタと立ち去った。
(……?)
首を傾げる睦美を他所に、それ以上何事もなく二人は路地を通過した。
(どうした? 目撃者などは気にするなと言っておいたはずだが……)
続いて路地に差し掛かった睦美は、仕掛人が潜んだはずのそこを覗き込んだ。
(……)
狭い路地に彼らの姿はなく……隅で顔を洗う黒猫と、少し顔のひきつった一つ目小僧が立っていた。
(……あいつらは何処へ行った?)
一方の幸島と静馴は、目的のお化け屋敷の前で足を止めた。
「遊園地とかにあるのもこんな感じなの?」
看板を見上げ、静馴が尋ねた。
「まあ、お化け屋敷って言ったらこんな感じかな。幽霊の類いはいないんだけど……中身も一般的なお化け屋敷とそんなには変わらないと思うよ」
「ふ~ん、そうなんだ……」
そう言って、静馴は改めて看板を見上げた。
おどろおどろしい背景をぶち壊す……何処か間の抜けた提灯お化けの飾りを見つめ、クスリと笑みを溢した。
「ちょいとお二人さん」
受付からにゅるりと首を伸ばしたろくろ首が二人に声をかけた。
「新しいアトラクションはいかが?」
「ん? ああ、バスの中で宣伝してたやつ?」
「そうそう。本番前の最終調整中でね、べーたーテストっていうの? 今ならタダよ。あと、要望出しとけば採用されるかもよ」
「どうしよう……。行ってみる?」
「う~ん、せっかくだし……、両方入ってみたいかな」
「ほいじゃ、お二人さんご案な~い」
もう一つの入り口へ案内された幸島は、見上げた看板を読み上げた。
「VR地獄巡り……」
「狐と狸と蜃の合作よ」
「なるほど……」
「リアルだけど幻だから安全よ。どちらかと言うと、驚いて転んだりとかの方が心配ね。ヘルメット被る?」
「いや、大丈夫」
「それでは、ごゆっくり」
ろくろ首がするりと引っ込み、幸島は静馴の手を引いて扉に手を掛けた――
「ああ、そうそう。一度閉めるとそっちからは開けられないから、出口まで進んでね」
扉が閉まる直前、そんな言葉が投げ込まれた。
パタリと閉じた扉が、外の喧騒と灯りを追い出した。しんとした室内は暗く、前方に小さな光の点が見えた。
(とりあえず、あそこまで進めって事かな……)
「行こうか」
静馴の手を引くと……ヒタリと身を寄せた彼女の肩が二の腕をくすぐり、思わず体に力が入った。顔に熱を感じつつ……強張った体を解すように、幸島はゆっくりと歩を進めた。
一歩進む毎に光の点は大きくなり――その向こうに広がる景色が、少しずつ……ハッキリと形を成した。
「……」
「ここは……?」
二人は、小さな和室に出た。振り返っても、今まで歩いていた道はない。
(ここって……)
静馴には全く見覚えのない場所であったが、幸島には覚えがあった。何故ならば、この部屋は――
スッと襖が開き、一人の男児が現れた。漫画雑誌を手に、鼻をほじりながら現れたそいつは……。
「こ、幸島くん……?」
静馴は思わず幸島を振り返った。
(間違いない……ここは、実家の俺の部屋だ。そしてそのガキは俺だ……)
リトル幸島は鼻をほじっていた指を引き抜き、収穫物をコネコネと丸めて机の下を覗き込んだ。
ビッシリと並ぶ干からびた収穫物にニタリと笑みを溢し、取れたてのそれを擦り付けた。
幸島は慌てて静馴の前に立ち塞がり、リトル幸島を隠した。
「ちょ――な、な、何だろうね……これ……。入るところ間違えたのかも……」
静馴の視線が、思わず幸島の指先に向かった。
「こ、子供の頃の話だから! もうこんな直接的な掃除はしてないから! 大丈夫だから! キレイだから!」
っと狼狽える幸島の背後から、リトル幸島の大音声が響いた。
「波◯拳!!」
それが当たったのか……幸島か呻いた。
「ぐッ……」
「今日こそ出そうな気がする……」
「止めろ! 止めろ! 止めてくれ!!」
再び身構えるリトル幸島を止めようと手を伸ばすも……当然ながら触れる事はできない。手はするするとすり抜け、制止する幸島を嘲笑うようにリトリ幸島は鍛練を続けた。
……幸島は頭を抱え、嗚咽するように声を絞り出した。
「この頃は……訓練すればできるようになると思ってたんだ……。そう信じてたんだ……」
「カ~メ~◯~メ~ハァァー!!」
「止めろ! 止めてくれ……! もう許してくれ……」
その時、ふと景色が変わった。
(……?)
幸島は辺りを見回し、ポツリと呟いた。
「病室……?」
ベッドの上に、半身を起こして人形で遊ぶ可愛らしい女の子の姿があった。
(これって……もしかして?)
振り返ると、色を失った静馴が女の子を凝視していた。




