11-3
ハッと我に返った冴子と権太は慌ててドアノブに覆い被さった。
「旦那、声がでかい……」
「ドアノブさん、静かに」
モゴモゴと暴れるドアノブの口を塞ぎ、冴子と権太は額に浮いた冷や汗を拭った。
とその時――コツコツと、田川さんが鳴らす杖の音が耳を突き、二人の視線を引きつけた。
見計らったように、ひらりと一枚のメモが二人の前に着地した。
落ちたのではなく、これは明らかに狙って落とした物だ。
「あんた……これ」
「なるほど……この爺さん達が乗り込んできたのは偶然じゃなかったのか」
メモに目を通し、権太が呟いた。
上を窺うと――権太達へチラリと目配せを送った田川さんが、然り気無く鼻先で指を立てた。
「味方なん?」
「いざって時のために、ナナさん達が用意してたらしい」
思いがけない展開に、ドアノブも機嫌を直して尋ねた。
「あいつらがグダる事は想定済だったってことか?」
「そのようです」
「ふ~ん。じゃあ……あの爺さんの変態ぶりは演技か?」
幸島達の様子を窺うと……、左手に静馴を右手に幸島を抱き、幸せそうにスリスリを続けるリリィの姿があった。
頭や頬にキスの雨を降ら、とろけ落ちそうなほどに目尻が下がっている。
それを見つめる田川さんは……ギョロリと開いた目玉は血走り、半開きの口から今にもヨダレが垂れてきそうだ。
「いや……どっちもガチなようですぜ……」
「そんな事より、この人ら何処まで行かはるの?」
「妖怪の里まで」
「なら一先ずは安心だな。猫娘に圧倒的されてどちらも何もできんだろ」
◆
バチンとスイッチが押され、テープが回り録音アナウンスが流れた。
「本日も、アヤカシ観光をご利用下さいましてありがとうございます。
ただ今、里では間もなく始まる夏の興行へ出展予定の新しいアトラクションを一足早くお楽しみ頂けます。ぜひ足をお運び頂き、ご意見ご感想をお寄せ頂ければ幸いに存じます。
間もなく妖怪の里へ到着致します。バスが完全に停車してから席をお立ち下さい。車内事故防止へのご理解ご協力をお願い申し上げます」
タイミングを計っていたかのようにバスが停車し、アナウンスの続きが流れた。
「大変お待たせ致しました。ようこそ、妖怪の里へ――」
プシュ~っと扉が開き、リリィもプシュ~っと鼻息を解放した。
肌はぷるんぷるんに、髪はツヤッツヤに光を弾き、さぞかし満足していることだろうとおもいきや……。
「さ、リリィ。お邪魔はそのぐらいにしておきなさい」
「もう少し、もう少しー!」
両手に抱えた静馴と幸島を更に引き寄せて駄々をこねた。
「ねぇダーリン。この子達うちの子にしていいでしょ? いいでしょ? いいよね?」
「ああ、リリィの好きにしたらええ」
「ホントに!? ホントにいいの!?」
「ただし、その二人がそうしたいと言ったらの話じゃよ?」
「ねぇ、聞いた? 二人ともうちの子になるのよ!」
両手に抱えた二人に高速スリスリを繰り出し、飛び付くように田川さんへ抱きつき再び高速スリスリを繰り出した。
「ダーリン愛しいてるー!」
「これこれ、あくまでもあの二人がそうしたいと言ったらじゃぞ? 無理強いは――」
「お部屋はどうしよう? 家を改築しないと……」
「いや、だからあの二人が――」
「部屋は分けた方がいいのかな……? いや、二人とも私の部屋に、そうよダーリンもみんな一緒に一つ部屋で暮らせば良いのよ!」
「リリィ……聞いとるのか? あの二人がうんと言っ――」
「キャー! もう桃源郷じゃない……!」
「リリィ……リリィ、落ち着きなさい。落ち着いて話を――」
ふと、リリィは何かに気がつき田川さんを抱き上げた。
「じゃあ今日はダーリンと二人っきりで過ごせる最後の1日……」
「リリィ、聞け! あくまでも――」
「じっくり楽しみましょ! ダーリン!」
リリィにお姫様抱っこされ、田川さんはバスを降りた。必死に何かを訴える田川さんの声が遠退き……やがて静かになった。
……後部座席に残された静馴と幸島は、ぐったりと身を横たえた。
正直、嫌ではない。どちらかと言えば歓迎だ。しかし……。
「レンゲちゃん、大丈夫……?」
「うん……でも、なんか全身の元気を吸いとられたような気がする」
「……そうだね」
なぜか異様に疲れるのだった。
その時――権太がスルリと幸島の上着へ潜り込み、後ろから両頬を引っ張って囁いた。
『兄さん。頬がニヤけてますぜ?』
『……ふ、不可抗力だ』
『姐さんと顔会わす前に、シャキッとしてくだせぇよ?』
『はい……』
幸島はグニグニと表情筋を動かし、スッと真顔を作った。
『いけそうですか?』
『……フヒッ』
っといやらしく弛んだ頬を、権太が力任せに引っ張った。




