11-2
姿を消し、静馴と幸島の様子を見物していた睦美は舌打ちを洩らした。
(他に乗る奴が居たとはな……)
「……」
そして……目出し帽のように、穴を開けたシーツをすっぽりと被った運転手を見つめた。
(そういえば……、運転手は小鬼という話じゃなかったか……?)
普通に考えれば、何らかの事情で交代した。と思われるのだが……。
想定外の客……予定と違う運転手……睦美は何とも言えぬ違和感を抱えていた。しかし、別の事が気になって集中できない。
(妖怪の里なのに送迎が幽霊なんてありなのか? まさかあれは妖怪なのか……?)
「……」
そして先程のぎこちない静馴と幸島の様子を思い出して頬を緩めた。
(……ま、出し抜かれるなんて事はありえんか)
その頃、車両後部では――
強制カットが入り、幸島はどうにか平静を取り戻した。
(助かった……)
と思うと同時に、見学者達に美味しい餌を与えてしまった事を悔やんだ。
一先ず田川さんと軽く世間話でもして一息入れて、仕切り直しだ。そう思い田川さんに目を向けると――
田川さんは鼻息を荒げ、静馴にスリスリと頬ずりをするリリィを見つめていた。
「女の子同士も良いものじゃな……」
(……ん?)
「も、もっと、静馴ちゃんも積極的に動いてほしいところなんじゃが……」
鼻息荒くそう言うと、田川さんは残念そう続けた。
「こ、幸島くん。毎朝迷惑かもしれんが……す、少しぐらいリリィの誘惑に乗ってくれんかね……? 幸島くんも、本当は押し倒したいじゃろ? 襲い掛かりたいじゃろ?」
そう言って、田川さんは息を荒げた。
(え……? 見てたの? 何処から? ……って、この人――)
「リリィさんフワフワ~……」
リリィの胸に顔を埋め、尻尾に頬ずりをする静馴と田川さんを交互に見つめた。
「あの……田川さん。ひとのを眺めるより若い体になってご自分で……」
「まあ、聞いとくれよ幸島くん」
「……?」
「私はね……たしかに、リリィにお前が人間だったら……っという愚痴は何度も溢したがね、さすがにこれは予想できんじゃろ……」
リリィを見つめる田川さんの瞳が一層いやらしい光を湛えた。
「まあ……たしかに」
「この老いぼれた姿を選んだのは、この姿じゃないとリリィと再会したとしても私と分からんだろうと思ってね……」
「なるほど……。それは分かりますけど、今からでも変更できませんでしたっけ?」
「……私はね、もう引き返せない。目覚めて――いや、覚ったんだよ。これこそが本当の私であり私が秘めた欲望だったのだよ。この不能の肉体こそが……」
ふと伸びて来た腕が幸島の首に巻き付いた。
「ふふ~ん」
静馴とじゃれ、興奮レベルが上昇したリリィが幸島を引き寄せた。
「幸島くん、いい加減に諦めてうちの子になろうよぅ。静馴ちゃんも一緒にうちの子になろうよぅ~」
ぐずる子供のように、二人を胸に引き寄せてスリスリと頬を押し付けた。
「ちょっと――リリィさん、旦那さんの前ですよ……」
小声で抵抗する幸島へ、リリィは顔を寄せて囁いた。
「幸島くんがその気になって、私に襲いかかった方がダーリンは喜びます」
田川さんに目を向けると……血走った目を見開き、視覚化できそうな程に鼻息を荒げてこちらを見ていた。
「ね? ダーリン公認よ」
それが聞こえたのかは定かではないが……田川さんは何度も頷き、杖に体を預けて身を乗り出した。
(さあ、幸島くん。早く押し倒しなさい。押し倒して……その青い劣情を叩きつけるのじゃ!!)
血走った田川さんの目がそう言っていた。
「ちょっ――ま、待って……」
幸島は助けを求めようと静馴に目を向けた――が、静馴はリリィ胸に頭を預け、尻尾を抱き寄せて頬擦りしていた。
「リリィさんふわふわ……ふわふわ……」
リリィの腕に力がこもり、グイと幸島を引き寄せた。
「ね、もう諦めましょ。うちの子になっちゃお。もちろん静馴ちゃんも一緒よ――」
一方、冴子と権太は……。
服越しに闖入者の拘束を巧みにかわし、逃れた先でそっと様子を窺っていた。
権太は上着の裾から顔を覗かせ、リリィの左胸にめり込んでモガモガと何かを訴える幸島を見上げた。
耳を澄ますと、周囲から見えない見学者達の気配が消え……車両前方から椅子の軋む音が微かに聞こえた。
どうやら、リリィと田川さんを警戒して見学者達は距離を取ったようだ。
(……なんとか仕切り直せそうですな)
一時はどうなることかと思ったが……ホッと息をつき、静馴のスカートから顔を覗かせた冴子と頷き合った。
権太は隙を見てスルリと座席の下へ潜り込み、ドアノブの入った巾着袋も一緒に引き込んだ。
「いやぁ兄さんも姐さんも、一体どうしなすったんでしょ……。リハーサルではちょっと頬を染める程度だったんですがね……」
「まぁ、ともかく……あの猫娘が引っ掻き回してる内に作戦会議だ」
そこへ、一足遅れて冴子も滑り込んだ。
「やーもー、静馴ちゃんと幸島さんみてたらウチもあんたと知り合った頃を思い出したわぁ」
と頬を染め、権太にひたりと寄り添った。
「冴子、よさねぇか」
「んー、もう。たまに昔みたいに、さえちゃん。って呼んでほしいわぁ」
「わかった、わかった。帰ったらな」
と話を切り上げようとする権太を冴子がつねった。
「もう! さえちゃん。って」
「い、今か? ここでか……?」
ぐずる権太の脇腹を再び冴子がつねり、権太がモジモジと口を開いた。
「さ、さえ……ちゃん」
と同時にドアノブがキレた。
「うああああぁぁ!! 鬱陶しい!!」




