11-1
バス停で静馴と待ち合わせ、定刻通りのバスに乗り込んだ。
妖怪の里直行の送迎バス。幸島と静馴以外に客はいない。
一番後ろの席へと進み、静馴へ尋ねた。
「窓側がいいよね。外見えるし」
「いいの?」
「もちろん。分かる範囲でガイドもするよ」
「ありがとう」
出来の悪いCGの様に、何処かカクついた動きで二人は腰を下ろした。
『大丈夫。上手くできてるよー』
静馴の襟の裏から、冴子がそっと顔を出して囁いた。
続いて、幸島からは権太が顔を出した。
『でもちょっと動きが固いですぜ。ほらほら、ちゃんと手も繋いで』
『えっとー、つぎはー』
パラパラと台本を捲る冴子は、ハッ何かを思い出して静馴を促した。
『静馴ちゃん。ドアノブさんドアノブさん』
互の間に置いた手を凝視していた二人は、ハッと我に返った。
静馴は鞄から小さな巾着袋を取り出した。パッと見ではわからないが、一部メッシュになっており中に潜むドアノブ微かに透けて見える。
髪を触るフリをしながら、然り気無くそれを掲げた。
『どうだ?』
視線は向けず、隣から幸島が囁くように尋ねた。
『居るな。嶺洲睦美と鉄姉妹……それとプレミアムチケットの三人』
幸島は然り気無く前方に視線を走らせた。誰も乗っているようには見えないが……五人乗っているらしい。
『全く見えないんだな……』
『狐か狸か……。ま、誰であれ俺の目は誤魔化せんがな』
『ドアノブさんすごいですね』
感心する静馴へ、ドアノブは得意気に返した。
『なんたって九十九「神」だからな。神よ神』
『同族ってだけだろ?』
『おおっと! 長過ぎるぞ、油断するなー』
静馴は慌てた様子で巾着袋を下ろし、幸島は微かな舌打ちを洩らした。
しかしこの事態を予想し、巾着袋を用意させたのはドアノブだ。そこには感心しつつも、素直にそうとは言いたくない……。幸島が洩らした舌打ちにはなかなか複雑なものが含まれているようだ。
『ほらほら、お手手つないで』
今度は冴子に促され。幸島は意を決して静馴の手を取った。
みるみると頬を染める二人を見つめ……冴子と権太は顔を見合わせた。
(あれま……)
これは演技かガチか……。演技ならば大したものだ。
言葉には出さないが、互いの目がそう言っていた。
――当の静馴と幸島は、顔に生じた熱と高鳴る鼓動に戸惑っていた。
(な……、なんで……)
二人で出かけるのはこれが初めてではない。二人で買い物に行き海にも行った。並んで浜に寝そべり星を見た。帰りに家でお茶を飲んだ時はちょっと照れたが……こうはならなかった。一緒に餌台を作った時だって、何度も互いの手に触れたがこうはなっていない。
『ほら二人とも、もっとくっついて』
『いってぇどうしちまったんですか……? リハーサルと全然違いますぜ』
間を詰め、肩が触れ合った二人は耳まで真っ赤に染めて俯いた。
近くの座席が微かに軋みを上げ、姿の見えない見学者達が近づいて来ている事を知らせた。
『近づいてきはったよ』
『お二人ともしっかりしてくだせぇ。リハーサルを思い出して』
二人は更に声を潜め、頭を引っ込めた。
しかし静馴と幸島の記憶は次々とロックされ、断片的にしかアクセスできなくなっていた。
(えっと……えっと……)
静馴は目をグリグリと泳がせ……意を決したように水筒を取り出した。
「こ、こ、幸島くん。お、お茶、お茶入れるね」
言い終えるより早く、ポコポコとカップに注いだ。
『静馴ちゃん、それは幸島さんが「喉渇いた」って言うてから』
「あ、あ、ありがとう。なんのお茶かな旨いね」
『兄さんそれは飲んでから!』
「熱っ!」
お約束の様に熱いお茶に驚いて溢す幸島……。
『ちょっと――二人とも落ち着いて!』
『兄さん、一回仕切り直しましょう!』
必死に訴えるも、あたふたする二人に冴子と権太の声は全く届いていない。
「ああ――大丈夫!? 待ってて、拭く物を……」
慌ててバッグを漁り、勢いよくタオルを引き抜いた手がカップに当たり事態を悪化させる静馴……。
「うわ――熱っ!」
「ああ! ごめんなさい!」
周辺の席からはカサカサと何かを掻き毟る音や、何かを殴るようなドスドスと鈍い音が響いた。
『……ダメだこりゃ』
冴子と権太は顔を見合わせ、ぽつりと呟いた。
っとその時――バスが停車し、二人の客が乗り込んできた。
「あ!」っと声を上げ、客の一人が幸島と静馴へ駆け寄った。
「リ、リリィさん……」
「もしかして、デート?」
リリィは目を輝かせ、静馴と幸島をキョロキョロと見つめた。
「ま、まあ……」
静馴と視線を交わした幸島は、再び赤く染まった顔を俯けた。
モジモジと俯いた二人を見つめ、リリィは興奮した様子で尻尾を振り回した。
「あたしもね、今日はダーリンとデートなの」
リリィの後ろに、杖をつきながらヨボヨボと歩く田川老人の姿が見えた。
「お隣座っても良いかしら?」
「え、ええ、もちろん。どうぞ」
その返事に、リリィは「ムフッ」っと笑みを浮かべ――幸島を横にずらして静馴と幸島の間に尻を滑り込ませた。
「これリリィ、邪魔しちゃいかんよ」
老人らしい緩慢な動きで、幸島の隣に田川さんが腰を下ろした。
「よっこらせと……。すまないね、幸島くん」
そういった田川さんは、細く絞った瞳に怪しい光を湛えていた。




