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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
1 幸島大
4/50

1-4

 ゆっくりと室内を見て回る静馴(しずな)へ、ムサシが声をかけた。

「すぐに越すのか?」

 返事はなく、彼女はぼうっとムサシを見つめていた。

「どうかしたか?」

「あっ、いえ……まだ慣れなくって……」

「ああ、トコヨへ着いたばかりか?」

「はい……」

「そうか、そうか」

 ヨシヨシとでも言うように、ムサシは静馴の頭を撫でた。


 彼女の表情から察するに、どうやら彼女の方がムサシを撫でたかったようだ。

「長いこと放置されていたが、特に問題は無さそうだ。何か注文はあるか? 扉の向きぐらいならすぐにでも直せるぞ」

「いえ、大丈夫です。まだ何にも決めてなくて……」

「そうか。手を入れたい所が出てきたらインフォメーションセンターへ依頼すればいい」

「はい」


 そう言って、ニコニコと頭を撫でるムサシの耳に、わざとらしい咳払いが聞こえた。

「あらかた終わったぜ」

「おう」

「いつまでやってんだよ……」

 幸島は、頭をなで続けるムサシをジトッと見つめた。

「ん? ああ――すまない。ついな」

 一方、その間……静馴はジッと幸島を見つめていた。


「……幸島くん?」

「ん?」

「幸島くんだよね……?」

 首を傾げるその仕草が、遠い記憶をくすぐる――

「えっと……。どちら様で……?」

「中学生の――」

「あっ! レ、レンゲ……ちゃん?」

「やっぱり! 幸島くんだ!」

「なんだ? 知り合いか?」


 レンゲ――蓮花(はちすか)静馴(しずな)

「ああ……中学の時の――ってここに居るってことは……」

「うん。結局よくならなかったんだ」

「ちょっと早すぎじゃ……」

 幸島の言葉に、静馴はクスクスと笑った。

「それは幸島くんもでしょ? わたしより元気だったのに」


「俺は事故で……詳細は覚えてないんだけど」

「そうなんだ……」

 そう言いながら、静馴は楽しげに微笑んでいた。

 幸島の記憶とは随分と違う笑顔だ。彼女が見せるのは、何処か影のある――苦しそうな笑顔だった。

 だが、今目の前にある笑顔は――


「ごめんね、悲しい事なのに……幸島くんの顔見たらなんだか嬉しくって」

 見ている方も、つい頬を緩めてしまう。そんな笑顔だ。



 ◆



「で、実物を見た感想は?」

 荷台からムサシの声が聞こえた。

「初めて知った人間に会ったけど……妙な気分」

「そうじゃねぇよ。ボケッと見とれてたみてぇだけど? 引っ越しの手伝いまで申し出て……」

「……言いふらすなよ」

「さーなー。それよりよ、確かに飛び抜けてカワイイと思ったよ。思わず頭を撫でちまったからな……」


「……で?」

「糸葉と甲乙つけがたいと思ったんだけど……どの辺が勝ってたんだ?」

「糸葉さんは美人。レンゲちゃんはカワイイ」

「……何か具体的な……見分ける基準はあるのか?」

「そこはそれぞれなんじゃないか? パッと見の印象でいいと思うぞ。ちなみに、俺からみるとお前とリリィさんはどっちもカワイイだ」


「はぁ? 目大丈夫か? 俺をリリィと同列に置くなんて、リリィに失礼だぜ」

「そんな事ないさ。もし道にお前が落ちてたら、俺は拾って帰るぜ」

 帰りにムサシの運転用のクッションを買い、この日は家路についた。



 ――帰りのバスを降り、暗くなった道を歩きながら、幸島は静馴の事を考えていた。

 蓮花静馴……。

 同じ中学に通っていた女の子だ。彼女とは二年の時に同じクラスになった。何か重い病を患っていたらしく、殆んど学校へは来ていなかった。

 彼女が登校するのは月に一、二度。幸島の記憶が正しければ、彼女が学校に来たのは六回だ。そして夏休み明けに、転院に伴い引っ越したと、担任が言っていたのをよく覚えている。


 たった六回だが、直接話す機会はあったし、彼女の事は何度も話題に上った。

 しかし、彼女が何を抱えていたのか……結局聞くことができなかった。

 聞いたところで自分達に解決できるような事ではない。その程度の事は聞かずとも分かった。彼女にとって命がけの事を、好奇心で尋ねるようなまねは慎むべきだ。

 今にして思えばだが……彼女と接する時、彼女の事を話す時、皆喉の奥でそう言っていたような気がする。

 そして……それが、あの苦しそうな笑顔の正体だったように思う……。



「コージマおかえりー」

 玄関に寝そべっていたナナさんは身を起こし、大きな伸びをして手すりに飛び乗った。

「今日は遅かったのね。お腹すいたー」

「ねぇ、ナナさん」

「なあに?」

「……俺さ、死んだ時の事覚えてないんだ。それどころか、一年分ぐらい記憶がないんだ」

「そうなの?」


「うん。俺は、生前にナナさんと会ってるのかな? 全然思い出せないんだ……」

「そう……」

 ジッとナナさんを見つめ、幸島は記憶の中にナナさんの姿を探した。

(やっぱり……何処にも居ない。でも、ナナさんは俺を知っている)

 そう確信していた。

「コージマはね、わたしが殺したのー」

「……それはない。あんな事、ナナさんにはムリだよ」


「わたしを助けようとして、あんな事になったんだよ」

「なるほど……」

「……思い出した?」

 いや、っと幸島は首を振った。

「それで、俺に会いに来てくれたってわけか」

「コージマのおかげでー、近所の人達に面倒をみてもらえるようになったのー」

「そりゃ良かった」


「あの時、わたしはまだ子供だったから。ちゃんと育った姿を見せたかったのー。コージマのおかげで、わたしはそこそこ長生きできたのよー」

 ふと、幸島は玄関を開けてナナさんを促した。

「じゃ、続きも見たいな」

「……足洗わない?」

「ん~……お絞りで、もちろんホカホカの」

 フワリと手すりを飛び降りたナナさんに続き、幸島も家へ入った。

2021/03/19:微修正 2022/07/28微修正

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