10-3
「お茶入れてくるね」
席を立った静馴を見送り、権太が報告を始めた――
「――っとまあ、そんな具合です」
一通り報告を聞いた幸島は、腕を組んで静かに唸った。
「金枝さんが持ってたチケットはそれか……」
「基本的に喫茶TOKOYOに出入りしている者は疑った方が良いかと」
それだけではない。妖怪の里にも手が回っていると考えた方が良い。
「先輩の事だ、妖怪の里にも手を回しているだろうし……、現地の連中も疑った方が良いな……」
呟いた幸島の背で、ナナさんは爪を研いだ。
「ええー、ショックー。お猿さんミネシマのスパイだったのねー」
そのまま背伸びをして、パリパリと爪を研ぎ続けた。
「ちょっと、ナナさん……服が痛むんで止め――」
「期待してたのになー」
ナナさんは鼻息を荒げ、バリバリと爪を研いだ。
「痛たたたたた、痛ッ――痛ったい!」
「ごめーん。つい興奮しちゃってー」
「しかし……、さすがに妖怪の里に知り合いは居りませんで……手が回っているとは言い切れやせんが、用心するに越した事はありませんな」
「うん……」
しかし、用心するといっても……不案内な土地でどうしたものかと幸島は項垂れた。
「じゃあ、あたしも一緒に行ってあげるー」
「ナナさんが?」
「あたしは猫又よー」
「……あ、もしかして」
「そーよー。去年の興行で幸島を見つけてここに住み着いたけど、あたしは元々妖怪の里に住んでたのよー」
「おお、ソイツは心強い」
思わず手を打った権太へ、ナナさんは得意気に返した。
「それなりにコネもあるのよー」
「良かった……何とか妨害を避けて過ごせそうだな」
ホッと胸をなで下ろした幸島の服を、何か言いたげな権太がクイと引いた――その時、ドアノブが割って入った。
「だーかーらー! なんでテメェはチャンスを棒に振ろうとするんだよ!!」
「いや……これはチャンスじゃなくてピンチ――」
「どっちも同じだ!」
バッサリと切り捨て、ドアノブは続けた。
「よく考えろ! 宣戦布告してきた敵が、余裕こいて敵の作戦行動見物ツアーなんて舐め腐った事をやろうってんだぜ!? カウンターを打つならここだろ!? ここで攻めなくてどうする!!」
「でも……、相手は先輩なんだぜ……」
「だから何だ!? なんでオメェは下がる事しか考えねぇんだよ!! ちぃぃっとぐらい攻める事も考えろよ! つーかここで動けねぇってんならテメェーにゃ一生勝ち目はねぇ! 諦めろ! 傷口広がる前にとっとと帰れ!」
帰れ! 帰れ! と喚き散らすドアノブをなだめ、権太が幸島の前に座った。
「兄さん。あっしも、ここは攻めるべきだと思います。ここで攻めなきゃ男じゃねぇ。
もちろん、出来うる限りのサポートを致しやす」
「権太……」
続いて、ヒタリと幸島の頭に着地した冴子が付け加えた。
「ウチも居るよー」
「冴子さん……」
「で、どうすんだ? 帰るか?」
「……よ、よろしくお願いします」
っとそこへ、盆にお茶やらを乗せて静馴が戻ってきた。
「できたよー。みんな座ってー」
――ちゃぶ台を囲む面々へ、静馴は盆から皿や湯飲みを一つづつ下ろした。
「ナナさんは猫さんミルクね」
「ありがとー」
ピチャピチャとミルクを飲むナナさんに目尻を下げ、冴子と権太の前にも皿を下ろした。
「サエちゃんは果物ジュース」
「おおきに~」
「権太さんは……お水でよかったの?」
「へい。ありがたく」
「幸島くんと私はお茶ね」
この前と同じ湯飲みが幸島の前に下ろされた。
「ありがとう」
続いて……ドアノブの前に、しっとりとした……やや透明感のある白い固形物が置かれた。
「……これは?」
「ワックスだよ」
「……」
「あ、金属はニスだったっけ……?」
「あ……いや、ワックスで……」
「床用なんだけど……大丈夫かな?」
「お、おう、大丈夫、大丈夫。待ってたぜ。あ、ありがとよ」
静馴はホッとしたように微笑み、眠たげな視線で催促するナナさんの背を撫でた。
『それ、どうするんだ?』
上ずった声で幸島が囁いた。
『とりあえず……塗っといてくれ』
プルプルと笑いを堪える幸島に、ドアノブは口を尖らせた。
『お、おめーだったら……、あの笑顔を壊せるのかよ』
『いいや』
『……』
『なんだかんだ……お前は良い奴だな』
『フン、今更かよ』
『余計な事さえ言わなきゃな』
『うるせ』
幸島はちゃぶ台の面々を見渡し、湯飲みに口を付けてホッと笑みを浮かべた。




