10-2
――気が付くと、巨大な卸し金が頬を撫でていた。
体は金縛りのように動かず、僅かに動く口で必死に訴えた。
「い、痛い……。止めろ……それ以上やられたら削れてしまう……」
しかし……訴え虚しく、押し付けられたそれがジョリジョリと幸島を挽いた――
血が飛び散り、幸島の悲鳴が響き渡った。
「ギャァァァ!! 止めろ! 止めてくれェェ――」
ハッ!? っと目を覚ますと、赤い物がジョリジョリと顔を撫でていた。
「……」
それはするりと引っ込み、巨大な猫の顔が現れた。
「ヒッ!?」
ビビる幸島を他所に、巨大な猫は呑気に返した。
「コージマ起きたー?」
家に入りきれず、顔だけ突っ込んだ猫はそう言った。
「……ナ、ナナ……さん?」
「なーにー?」
「いや、そうじゃなくて……」
「……大丈夫みたいですな」
権太はホッと息をついた。
「よかった……」
権太を肩に乗せ、側で見守っていた静馴もホッと胸を撫で下ろしてへなへなと座り込んだ。
っと、その頭に何とも愛らしい生き物がしがみついていた。
「冴子といいます~」
ジッと見つめる幸島に、フクロモモンガはペコリとお辞儀を返した。
「フヒュッ」
っと鼻息を洩らし、プルプルと震える幸島を不思議そうに見つめた。冴子が首を傾げる度に、幸島から「フヒュッ」と妙な音が漏れた。
「やっぱりこの兄さん調子悪いんじゃ……」
「サエちゃんが可愛くて見とれてるだけだよ」
静馴の言葉にコクコクと頷く幸島から、恥ずかしそうに顔を逸らした。
「いややわ~、もう、二人とも……煽てても何も出ぇへんよ」
元気そうな幸島の様子に、権太は改めて胸を撫で下ろした。
「冴子はあっしの連れでして……兄さんを病院へ運ぼうと思って、急いでナナさんを呼んで来てもらったんでさぁ」
と冴子を紹介した権太の言葉で、幸島ハッ我に返った。
冴子に俺の頭にも張り付いてくれと懇願する前に、ナナさんだ。
「あの、ナナさん。俺の知っているナナさんはもっと小さくて――標準よりも小柄な猫さんだったと思うのですが……」
「あたしはねー、猫又よー。コージマのおかげでー、長生きできたって言ったでしょー」
(長生きって……たしかに言ってたけどさ……)
まあ、正直ナナさんが猫又だろうが化け猫だろうがどうでもいい。ナナさんはナナさんである。
しかし! この姿を見た以上確かめておかねばならない事があった。
「あの、ナナさん。あなたがなんであろうと俺は構いません。さっきはちょっとビックリしましたが……ナナさんはナナさんです。これからも変わりません」
「うん。ありがとうー」
「ただ……一つだけ確認させて下さい」
「なーにー?」
「――家を、破壊しましたか?」
ポンッとナナさんは何時ものサイズに戻り、コロリと床に横たわった。
「あの……ナナさん?」
クリンクリンと床を転げ、腹を見せてキュッと身を丸めた。
「ニャーン」
幸島を見上げ、クニクニと前足を動かした。
(チクショウ…… チクショウ! カワイイぞチクショウ!!)
「家がどーかしたのー?」
「いえ……なんでもありません」
咳払いをして居住まいを正した。
「今回までは何も言いません、聞きません。ですが、二度とないようにお願いします」
「何の事かわからないなー」
「……」
その時、ウッドデッキにコロリと残されていたドアノブが口を挟んだ。
「俺を連れてきた意味もわからんぞ」
「ああー、玄関忘れてたー」
「……」
権太に抱えられ、ようやく入室したドアノブの愚痴は続いた。
「俺を連れてきて、一体何をやらせようってんだ? 体も無ェのによ。体がありゃ担架ぐらいにはなったかもしれねぇけどぉ? 体が無ェからよぉー」
「だって玄関約束したじゃないー」
「約束ぅ?」
「うん。覚えてないのー?」
ギラリと……ナナさんの爪が光ったような気がした。
(そう言えば……幸島に投げ捨てられて――)
探しに来たナナが……。
『約束できるー?』
ふと、彼女の声が甦った。
と同時に、自分のテキトーな返事も……。
『お、おう。もちろん』
『よかったー』
『あ、当ったり前ぇだ。俺は一応幸島家の一員なんだぜ?』
『うん。そーだよねー』
『おう。任しとけ!』
(俺は……何を任されたんだ……?)
「約束したよねー?」
「お、おう! わ、忘れてなんかねぇぜ? そんなわけねぇだろ、俺はコイツとは違うんだ。一緒にされちゃぁ困る。完全に約束を忘れてたくせに、覚えてたフリして夜中にコソコソこさえたガラクタに俺を取りつけてドヤ顔晒すような奴とは違う」
ジトっと見つめる幸島は、冷ややかに尋ねた。
「で、どんな約束をしたんだ? 是非とも聞かせて――」
「とととりあえず、俺の体よりお前の体よ。大丈夫か? 大丈夫か? 大丈夫なのかぁぁ!?」
「どうせ聞き流してて適当に返事しただけ――」
「大丈夫だな! そんだけしゃべれれば大丈夫だ! ほほほほら、早く続きをやろうぜ!」
必死に遮るドアノブへ舌打ちを洩らし、権太から彼を受け取った。
「……これでチャラだ。いいな?」
「……」




