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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
10 いんてりじぇんす
37/50

10-1

 何時もより早く家を出た幸島は、バス停である男を待っていた。

 約束の時間を過ぎ、幸島が落ち着きを失い始めころ……バス停に伸びたドングリの枝から権太(ごんた)が顔を出した。


「兄さん。お待たせしました」

 っと、枝に尻尾を巻き付け、逆さまに幸島の視界へ飛び込んだ。

 一瞬ビクリと身を震わせた幸島だったが、ホッと安堵のため息を漏らした。


「首尾は?」

「大方順調に進んでおりやす。あと、猿は兄さんの読み通りでした」

「そっか……」

「それと、猫の方もちょいと分かった事がありやして……」

「猫って……ナナさん?」


「へい。ドアノブの旦那がぼやいてましたんで、調べてみたんです」

(そう言えば……猫を被ってるとかなんとか……)

 そこでバスが到着した為、権太はスルリと身を隠した。

「続きは姐さんの家で――」



 ――所変わって喫茶TOKOYO。

 裏口を出た睦美は、扉を塞ぐように背をもたせた。

「変わりないか?」

「昨日、鈴端すずはし糸葉(いとは)が来よりました」

「フフフ、やっぱりか。アイツはそういう欲しがりだと思ったよ」


「よう分かりましたな。何度も顔を合わしてますけど、ワテにはサッパリでしたわ。女の勘ってやつですか?」

 そう言って、アレクサンダー・ザンダー三世はシャクシャクとサツマイモを囓った。


「それで、幸島の返事は?」

「NO」

「だろうな……」

 フッと口元に笑みを浮かべ、踵を返した。

「篭ごと持って行っていいぞ」

 睦美はノブに手をかけ、サツマイモを物色するアレクサンダー・ザンダー三世に声をかけた。


「ホンマでっか?」

「特別報酬だ」

「おおきに」

 睦美の背を見送り、手揉みをしてサツマイモが詰まった篭を抱え上げた。

「独り占めしたらバチが当たってまいますかな……」



 ◆



 日が沈み――

 帰宅した静馴は、小石を手に裏口を出た。ウッドデッキに立ち、庭の茂みを見つめた。

「えっと、あの茂みに投げればいいんだよね?」

 やや興奮気味に、肩に乗る権太へ尋ねた。

「ええ。あの辺に投げ――ちょっ、姐さん? そんな振りかぶらなくても……」

 小石はギュンッと風を切り、鈍い音に続き幸島の悲鳴が響いた。


「ギャッ!」

 鼻を押さえ、涙目の幸島がゴロゴロと茂みから転がり出た。

「ああ……ご、ごめんなさい!」

「カサ、っと音がなる程度でいいんですぜ」

「ご、ごめんなさい! あたしったら……」

「と、とりあえず大丈夫だから……」

 のそりと起き上がり、静馴の元へ歩いた。

(こういう天然な感じもまた……)

 ポタポタと鼻血を滴ながら……慌てる静馴をのほほんと眺め、だらしなく頬を緩めた――


 昨夜の事だ。

 実は昨夜も、幸島は静馴の家を訪れている。

 といっても、目的は権太だ。尤も、幸島に夜這いをかけたりという根性はない。

 権太は、餌台が設置された日から蓮花(はちすか)宅の庭に住み着いている。彼に頼み事があり、皆が寝静まったあとにこっそりと訪れたのだった。

「お~い、権太~。権太~」

 声を抑え、コソコソを庭を歩き回った。

「幸島君?」

「――ッヒャ!」

 ビクンと飛び上がり、声を振り返った。

 淡い月明かりが、ウッドデッキに立つ静馴を照らしていた。


「レンゲちゃん……あの、そそ、その、権太に……」

「権太さんを探してるの?」

「はい……」

「こっち」

 っと静馴も声を落とし、幸島を手招いた。

 ――餌台を支えるプランター。その隅に置かれた魚籠(びく)のような小さな篭に、権太がみっちりと詰まっていた。

 起こすのは躊躇われたが……幸島にもそれなりの事情がある。

「権太、権太」

 と、愛らしい寝顔をつついた。


「……ん? あれ……どうしなすったんで……?  こんな時間に……」

 眠そうに目をしばたかせ、権太は顔を上げた。

「すまん。こんな時間に申し訳ない……」

「いえいえ、何か事情がおありなんでしょ? お気になさらず。困った時はお互い様でさぁ」

 権太は身を起こし、居住まいを正した。

「さ、伺いやしょう」

「ありがとう……。恩に着るよ」


 ――かくかくじかじかと話を聞いた権太が唸った。

「んん……。つまり、兄さんちの猿――アレクサンダー・ザンダー三世には誰の紐が付いているのか、はたまた付いていないのか。

 お二人のデートに嶺洲睦美が何かチャチャを入れようとしていないかを探ってほしい。

 そういう理解でようござんすか?」

「ようございます」

 その時、「そう言えば……」と静馴が口を挟んだ。


「マスターと睦美ちゃんが、お客さんにこっそり何か渡してる事があるの――」

 顎先に指を添え、クリンと黒目が上を向く……自然に繰り出されるその仕草に、幸島はだらしなく頬を緩めた――



「――くん! 幸島くん! 血が出てる!」

「え~? 大丈夫、大丈夫~」

「いや……兄さん、ちょっとマズイんじゃ……」

「え~?」

 足元を見ると……血溜まりが広がり、胸元もべっとりと血に染まっていた。

「あ……」

 自身の出血を目の当たりにし、体の芯がゾワリとざわめいた。

(ヤベ……これは死ぬかも……)

 そこで、幸島の意識は途切れた。

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