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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
9 猿と猫と犬と太陽と……
36/50

9-4

 青天の霹靂(へきれき)

 とは、正にこういう事を言うのだろう。


「意味が……分かりません」

「そのままよ。私と男女の仲になるか否か選びなさい」

「いやだから、意味わからんですって。だって、糸葉さんどっちかってっと、俺の事嫌いでしょ?」

「どちらかと言えば、ではなく嫌いよ」

 そう返した糸葉の片目がヒクリと引きつった。

「虫酸が走るわ」


「……Youは何しにここへ?」

「貴方に男女の関係を迫りに」

「Wh~y? イミガワカリマセーン」

 糸葉は幸島の頬をむずりと掴み、ギリギリと締め上げた。

「ヒャッ!」

 っと情けない声を洩らして蛸口になった幸島を覗き込んだ。


嶺洲(みねしま)睦美(むつみ)。一見ボーイッシュで、美人や美女、可愛いではなくイケメンという評価よ。

 でも彼女は間違いなく美女よ。普通に女の子の格好をすれば、十人が十人振り返る美女よ。性格に難がありそうだけど、多分貴方に対して顕著なだけよ」

 それがなんだと言うのだ?

「ほへが……?」

 糸葉の手に力がこもり、幸島の目に涙が滲んだ。

「い、いたいでふ……」


「そして蓮花(はちすか)静馴しずな。文句の付け所のない美女よ。

 まず可愛い。スタイルもイイ、おっぱいも大きい、人格的にも素晴らしい。そしてKawaii。

 完璧よ。完璧過ぎて実はサイボーグなんじゃないかと疑ってるぐらいよ」

 糸葉の手がギリギリと頬を締め上げ、幸島は手足をばたつかせた。

「い、いたひ……! いたひでふ……!」


「幸島はん、何しはったん……?」

 茶とお茶請けを運んできたアレクサンダー・ザンダー三世は、ポカンと二人を眺めた。

「おへがききたひ……!」

「悪い事したんやったら、ちゃんと謝らなあきまへんで?」

「なにもしてなひでふ……!」

「ほうでっか」

 と、彼は二人の脇を抜け、手を止めて様子を窺うムサシへ茶を手渡した。

「ささ、ムサシはん()一息入れなはれ」


(「も」ってなんだよ……! これが遊んでいるとでも見えるか!?)

 幸島は憤慨したが……はたと気が付いた。彼らには、そう見えるのだ。

 猫や犬が少々喧嘩していても、じゃれ合う幼子を見守る気分でつい眺めてしまう。

 同じ事だ。彼らから見た人間同士のこの程度の争いなど……。

「怪我するなよー」

 ムサシは目尻を下げ、パタパタと尻尾を揺らしている。


「ムサシはん、これもどうぞ。昨日釣り仲間にもろて」

 並んで茶を啜り煎餅をかじる猿と犬を恨めしげに睨んだ。

(犬猿の仲って言葉はウソか……!?)

「ちょっと、聞いてるの?」

 糸葉の目が吊り上がり――限界まで潰れた幸島の顔がスポンと抜けた。

「痛ってぇぇ!」

 頬を押さえ、ゴロゴロと転げ回ってこの理不尽な仕打ちに抗議した。


「何なんですか!? 先輩が実はカワイイとか、レンゲちゃんがパーフェクトだなんて事は知ってますよ! それとこの仕打ちがどう関係がするんですか!?」

「貴方、自分の価値がどのぐらいかという自覚はあるかしら? いいえ、あるわけないわよね。本当に腹が立つわ」


「なんスか、まるで俺が無価値みたいな……」

「あきれた……まるで価値があるかのような口ぶりね」

 ポカンと溢した糸葉の様子に、流石に怯んだ。

「な……っ!」

あの二人(静馴と睦美)はね、貴方とは比較にならない……本来であれば、たとえ百億幸島積んだってお近づきにはなれない二人よ。いいえ、幸島なんて無限に積んだって足りない」


「そ、そんな事ぐらい……」

「そんな美女二人が、信じられない事にこんなゴミを欲しがっているの。本当に信じられないわ」

「誰とは言いませんが、ついさっき突然車で乗り付けてそのゴミが欲しいと言われた気がしたんですが、俺の聞き違いでしたかね?」

 嫌みたっぷりに返したその時、部屋に戻るアレクサンダー・ザンダー三世が口を挟んだ。

「幸島はん。アレですわ」

「ん?」


「ほら、友達の彼氏や旦那ばかりを欲しがる輩が居るでしょ、それとちゃいます? 好きとか嫌いとかそういうんじゃなく、あの人が好きって言ってるから欲しい。みたいな」

「そうよ。私が認めるあの二人が欲しいと言っているのよ。だったら、私も持っておこうかと思うのは普通でしょ?」

「……」

「それで、どうなの?」

「……ご、ごめんなさい」

「そ、正直OKされたらどうしようかと考えてたから、ホッとしたわ」


 と、言いつつも……糸葉はムスっと顔を歪ませた。

「でもそれはそれでムカつくわね……。幸島のクセに」

(メンドクセー……)

「今、面倒臭い女とか思ったでしょ?」

「……」

 糸葉は舌打ちを洩らし、不満げに鼻を鳴らした。


「一応理由を聞いても良いかしら? 自分で言うのもなんだけど、私だって普通なら無限幸島を積んでもお近づきになれない女よ。そのぐらいの自覚はあるわ」

 仰る通り。幸島もそう思う。

 しかし……いくら美人とはいえ、流石にそれを自分でそう言うのは……。


 そう思う一方で、精密機械のような完璧な比率の造形を持つ糸葉に、全てが許されてしまう美を感じている事も事実。

「……たしかに、糸葉さんはスッゲー美人だと思います。けど……」

「ありがと。例え貴方でも、そう言われると悪い気はしないわ。嬉しくはないけど。それで、けど何?」

(どんだけ嫌われてんだよ……俺はこの人に何かしたか?)


「美人だから、可愛いから、好きになるという訳ではないです。それは、俺だからとか童貞だからとかは関係ないです」

「……」

「美人とか、可愛いとかが、好きになるきっかけやその過程おいての重要な要素である事は認めます。でも、それはあくまでも要素です。一因でしかないです」

「そ、少しだけ、貴方を見直したわ」

「そりゃどうも……」

「でも調子に乗らないでね。幸島なんだから」

 ツカツカと、糸葉は去って行った。


幸島()って……なんなんだろう……)

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