9-3
翌朝……幸島が覚めるとナナさんは戻っており、早速玄関に絡んでいた。
「玄関、体直ってよかったねー」
「……おう」
「でも爪研ぎにくーい」
「や、止めろ! 体が減る!」
ナナさんが空けた襖の穴に、小さな扉が取り付けられた。
「おい幸島!」
「なんだ? 約束は守ったぞ」
「……」
「言いたい事は分かるけど我慢しろよ」
幸島はかつて玄関があった場所を指した。
「見ろよ。枠どころか壁もねぇ。屋根だって半壊してんだ。今お前を取り付ける場所はそこしかない」
「……」
「分かってるよ……家が直ったらちゃんとした物に換えるって」
「……じゃぁ早く家を直せ。だいたい、見習いとはいえ大工の端くれが何時までほったらかしに――」
と何やらブツブツと溢していたが、無視して食卓に着いた。
「おはようさん」
挨拶と同時に、アレクサンダー・ザンダー三世が湯気の上る茶碗を置いた。
「おはよう」
炊きたてのご飯。具沢山の味噌汁へと姿を変えた筑前煮が食卓に並び、立ち込める芳しい香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
「頂きます」
はふはふと飯を食い、味噌汁を啜り、だし巻きに食らいついた。
(ああ……この生活は捨てがたい)
『処分は貴様に任せる』
言ったことは守るようだし……不満は溢すかもしれないけど、茶々は入れて来ないだろう。
(これはなんとか維持の方向で行きたいな……)
その時、表に車が止まる音が聞こえた。
「誰だろ……?」
階段の向こうに、ひょこりとムサシが顔を出した。
「よう」
「ん? なんで?」
「今日は仕事は入っていない。出勤するだけ無駄だ」
「そっか……」
ムサシは破壊された壁や屋根を眺め、焦げ跡を指で掻いた。
「話には聞いてたけど……。ヒデぇな」
「ムサシ朝飯は?」
「食ってきた。茶をもらえるか?」
――テーブルに茶が置かれ、席に着いたムサシは茶を啜って呟いた。
「これも削った方がいいな……」
そう言って、テーブルの焦げをコリコリとほじった。
「もしかして……直しに来てくれたの?」
「お前もやるんだよ」
「そ、それは、もちろん……」
「ったくよ……見習いとはいえ、大工の端くれがこんな所に住んでちゃ示しがつかねぇだろ」
「ホレみろ! このエセ大工!」
っと、すかさず玄関が割り込んだ。
「うるせ!」
ようやく玄関の存在に気が付いたムサシは目を丸めた。
「何処に行ったのかと思えば……ずいぶん小さくなったな」
「そうなんだよ! 見てくれよコレ! ちょっとナナに爪研ぎされただけでこの有り様……」
傷だらけになった体をパカパカと動かすと――何処かからポロポロと釘が抜け落ちた。
「……」
積み木を崩すように……小さな扉はバラバラに崩れ、ドアノブがコロコロと床を転げた。
「ムサシ……悪いがお前の弟子は信用できねぇ。頼む! 頼む! お前が作ってくれ! お前の家に連れてってくれぇぇー……!」
床を転げ、オイオイと泣き始めたドアノブへ――ナナさんが躍りかかった。
「ちょ――、待て! ナナ、落ち着け!」
「ごめんねー、この本能は押さえられないのー」
クリクリと尻を振り、再びドアノブへ躍りかかった。
「ナ、ナナ! 落ち着け! 止め――」
ナナさんは自ら弾き飛ばしたへドアノブを追いかけ、パクリと咥えて何処かへ連れ去った。
「……まあ、なんだ。とっとと食って着替えてこい」
「はい……」
――昨日と同じく、寸法を測り材料を切り出す。今日は何時も通り、ムサシと一緒だ。
「ねえ、ムサシ」
「ん?」
「俺みたいな素人に仕事を教えるのって大変だったよな」
「……だったじゃねぇよ」
「そうだった……」
ふと、ムサシは顔を上げて幸島を見つめた。
「何かあったのか?」
「いや、すっげー腐心してくれてたんだなーって事が分かってさ」
「ハンッ、今更かよ」
ムサシは呆れたように笑い、作業に戻った――
程よい日差しに心地の良いそよ風が吹き……暑苦しい太陽の顔も、心なしか何時もよりマシに思えた。
「ねえ、ムサシー」
「んー?」
「後でモフっていい?」
「おう」
っと返したムサシの尻尾は、地面を掃くようにパタパタと揺れていた。
その時、再び車の音が聞こえた。
(今度は誰だろ?)
コツコツと足音を響かせ、鈴端糸葉が現れた。
「糸葉さん……どうしたんですか?」
その問いには答えず、糸葉は半壊した幸島宅を眺めていた。
「あの、糸葉さん……?」
「幸島くん」
クルリと――糸葉が振り向いた。
「はい……?」
そのまま、じっと幸島を見つめた。
「あの……何か?」
「幸島くん。私と付き合わない?」
「何か……運ぶんスか?」
「ちょっと付き合って、じゃなくて付き合わないかと聞いてるの」
「何処へ……?」
ため息を漏らし、コツコツとヒールを鳴らして詰め寄った。
「な、な、なんスか……? 俺……何かやらかしました……?」
キョドる幸島の胸ぐらを掴み、グイと引き寄せた。
「私と男女の仲ならないかと聞いてるの」
「……はぁ!?」




