9-2
「我輩は、我輩は感動したぞ!!」
太陽は握手でもするようにブンブンと手を振り、ニヨ~ンと伸びた鼻水が暴れた。
「うわッ、ちょ――あぶねッ」
繰り出される鼻水ジャブをかわしながら、幸島は状況の理解に努めた。
(な、何言ってんだコイツ?)
と言ったものの……。
『十日以内に逢い引きの約束を取りつけてくるのだ』
これ以外には考えられない。
「や、約束は守ったんだから、俺を消すってのは無しになったんだよな……?」
「当然だ。吾輩は太陽! 男の中の男! 男の象徴であり世界が認め、崇める男! 二言はない」
幸島はホッと胸を撫で下ろし、へなへなと浴槽に身を沈めた。
「吾輩はちゃ~んと見ておったぞ。か弱き乙女をリードする貴様の勇姿を。やれば出来る男だと、吾輩は信じておったぞ!」
(……ん?)
ふと、幸島は違和感を覚えた。
「あのプランターには、特別に我が魂の輝きをたっぷり注いでおいた。早々に芽を出して花開くであろう」
(プランターって……餌台のやつだよな?)
話が噛み合っていない。
「次は遠出してみてはどうだ? 何処へ行こうとも、吾輩が晴れを保証する!」
「いやだから妖怪の里に……」
「なんと! 次の約束まで取り付けておったか!」
太陽は再び幸島を引き寄せ、ブンブンと手を振り回した。
「感動した! 我輩は猛烈に感動しておる!」
「ちょ――止め、あぶねッ!」
触手のように伸びた鼻水が、次々とジャブを繰り出した。
「とっくに報告しただろうがよ!」
「報告?」
ピタリと動きを止め、太陽は鼻をすすった。
「猿から聞いてるだろ!」
「猿?」
「お前の使いだよ!!」
「使い?」
「アレクサンダー・ザンダー三世だよ!」
「誰だそれは?」
「だーかーらー!! お前の使いだよ!!」
「吾輩の?」
「そうだよ! あの翌日から家に住み着いて――」
その時、幸島の脳天から爪先へ電流が駆け抜けた。
(え……? あれ? まさか……。いや、そうだ。そうだよ……間違いない。あいつは――)
「なんと! 吾輩の使いを騙る不届き者が居るのか!?」
にわかに目を吊り上げた太陽は、クルリと幸島宅を振り返った。
「成敗してくれる!!」
突撃しようとする太陽に、幸島は慌ててしがみついた。
「ま、待て! 待ってくれ!」
「案ずるな、全ては燃やさん。寝室ぐらいは残してやる」
「ダメだ! ダメだダメだダメだ!!」
「……貴様、なぜ庇う?」
「庇ってるわけじゃねぇよ! 当たり前のようにひとんちを燃やそうとするな!!」
「吾輩の使いを騙る不届き者は、吾輩が裁いて然るべきではないか?」
「それは勝手にやってくれ。俺んち以外でな! けど……」
「なんだ?」
「出来れば、俺に預けてほしい」
「……それは貴様と蓮花の関係に影響するのか?」
「する」
「……」
太陽は不満そうに口を尖らせ、家を睨み付けた――が、ややあってゆっくりと踵を返した。
「処分は貴様に任せる」
そう言うと、ホッと息をつく幸島を振り返った。
「幸島大。吾輩は貴様の幸せを祈っている。無論、蓮花の幸せも祈っている」
「お、おう……」
ゴロゴロと去って行く太陽の背を、ポカンと見送った。
――自室に戻った幸島は、布団の窪みに手を当てた。
(温かい……)
キョロキョロを室内を見回したが、彼女の姿はない。
(ナナさん……。こんな時間に何処に行ったんだろ……?)
その時、鞄がマナーモードのようにブルブルと震えている事に気が付いた。
(やっべ、忘れてた……)
その頃――
道を転がる太陽の前に、大きな影が立ち塞がった。
月明かりを背負い、正面は濃い闇に覆われていた。
「何用だ? 幸島の猫又」
「知ってたんだー」
「当たり前だ。吾輩は、太、陽、であるぞ」
「ふーん」
ゆらゆらと揺れる長い尻尾が、太陽の顔に二筋の影を落とした。
「用件はなんだ?」
「えーとねー、コージマはねー、何時も何時も私達を助けてくれたのー。コージマの前も、その前も、その前の前も、前の前の前の前も、そのずっと前も、いつも私達に愛を注いでくれたのー」
ちょいちょいと顔を洗うナナさんの手から、時折ギラリと鋭い爪が顔を覗かせた。
「でもね、両親以外にコージマに愛を注いでくれる人はいなかったのー。だからね、ここではうんと幸せになってほしいのー。
ハチスカさんと結ばれてー、幸せになってほしいのー。初恋の人と結ばれるなんてロマンチックな幸せを手にして欲しいのー。
ダメだったとしてもー、ここでのんびりと過ごしてほしいのー」
ふと、ナナさんの細く絞った瞳が鋭く光った。
「だからね、あんまり追い詰めたり邪魔したりしないでほしいのー」
「フン、吾輩が知らんとでも思うてか? 誰があの二人を呼び寄せたと思うておる」
「えーホントにー? 似た魂が引き合ったんだと思ってたー」
「吾輩を誰だと思っている! 吾輩は、太ぃぃ陽であるぞ! 男の中の男! 男の象徴であり世界が認め、崇める男! そして――」
「――トコヨが主であるぞ」




