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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
9 猿と猫と犬と太陽と……
33/50

9-1

 ――寸法を計り、材料を切り出す。

 何時もムサシとやっている作業を、静馴と行う。

 手間取る静馴を丁寧に誘導し、一つ一つパーツを切り出した。手本を見せ、時には手を貸し……少しずつ、デザイン画を具現化して行く。

 正直、幸島一人で作った方が仕上がりも早く、見栄えも良い物になっただろう。


 切りすぎて継ぎ足した支柱、大きく隙間が空いてしまって修正するのに苦労した餌台部分。おかげで少々不格好になってしまった。

 しかし、幸島は断言する。これは傑作であると。失敗した部分を目にする度に、きっと今日の、その時の、楽しい記憶を呼び覚ましてくれると確信できた。今この時も、ついつい頬が緩んでしまう。

 これは、良い物だ。


 早速種や果実を盛り付け、プランターに水をあげた時にはとっくに日が沈んでいた。

 餌台によじ登った権太(ごんた)は二人にペチペチと拍手を送り、手をついて深々と頭を垂れた。

「いや~、ありがとうございます!」

「どういたしまして」

 と、権太へ微笑み返した静馴は、幸島に向き直った。


「幸島くん、ありがとう。あと……いっぱい足引っ張っちゃってごめんなさい……」

「楽しかった?」

 そう尋ねる幸島へ、目映い笑顔を湛えた。

「うん!」

 静馴の笑顔を脳に焼き付け、権太を振り返った。 


「んじゃしっかり宣伝……は終わってんだったか」

 その言葉に、早速餌台を物色していた権太はバツが悪そうにポリポリと頭をかいた。

(まあ、ともかく……)

 ミッションコンプリート。

 ガジガジとドングリを(かじ)り始めた権太を眺め、ホッと息をついた。

「ね、私達もご飯にしよ。帰りに矢枝(やえ)ちゃんにおむすび貰ったんだ。一緒に食べよ」

「え、あ、う……うん」


 静馴(いわ)く、

「食べても食べても減らない魔法のおむすび~」

 その正体は……餅と米の境界に佇む超圧縮おにぎりである。一体何個分の米が圧縮されているのか……一つ食えば丸一日何も食わなくても大丈夫だ。いや、一日かけて食べる物だ。



 ◆



 幸島は自宅の前に立ち、腹をさすってホッと息をついた。

 壁を半分失い、まるで舞台セットのような我が家を眺め……今度はため息をついた。

「ただいまですよ……」

 自分に囁くように、微かな声で呟いた。

 灯りは点いていたが、誰も居ないようだ。テーブルにネットがかけられた夕飯がぽつんと置かれている。

「……」

 ふと、遠い記憶が甦った。


 家へ帰ると誰も居らず――ネットをかけられた昼食がぽつんとテーブルに乗っていた。

 誰も居ない家の空気は寒々しく、部屋に充ちたリアルな生活感が、余計に寂しさを引き立てた。

 しかし、席に座りネットの中を覗くと――寒々しい空気は和らぎ、ほんのりと暖かいものが身を包んだ。


 幸島は席に座り、ネットの中を覗き見た。

(筑前煮と……だし巻きかな?)

 その時、パカッっと開いた戸棚からアレクサンダー・ザンダー三世が顔を出した。

 台所にある作り付けの棚が、彼の部屋になっている。いつの間にやら、すっかり幸島家の一員になっている。


「おや、お帰りなさい」

 どうやら寝るところだったようで、瞳に何時もの覇気がない。

「ただいま」

「ずいぶんと遅かったですな。冷めてしもうとるでしょ。温め直しましょ」

「いや、外で食べてきちゃったんだ……明日の朝頂くよ」

「そうですか」

 アレクサンダー・ザンダー三世はヒョイとテーブルに飛び移り、食事の乗った皿を冷蔵庫へ仕舞い――ふと振り返った。


「なんや……良いことありました? 顔がニヤけてまっせ」

「ん? ま、まあ……うん」

「そら良かった」

 にこりと微笑み、戸棚へ戻った。

「ほな、おやすみなさい」

「おやすみ」


 ――幸島は庭へ出て、風呂へ向かった。

 庭に建てた小屋へ押し込めるようにして作った小な風呂だ。油断すると肘で壁を打ってしまう狭い風呂だが、とても気に入っている。

 思っていたより体は疲れていたらしく、浴槽にへ入ると思わず声が溢れ出た。

 狭い浴槽へ体を沈め、窓枠に片肘を乗せて夜空を眺めた。


 ここは、ムサシと一緒に作った。完成した当日にムサシも入ると言い出し、洗い場の壁にヒビを入れ、浴槽には大量の抜け毛を残して帰って行った。

 当時を思い出して微笑んだ幸島は、続いて今日の事を思い出していやらしく頬を(たる)ませた。


 工具を上手く扱えない静馴に手を重ね……か細い手の感触が、鼻腔をくすぐる良い匂いが……。

 肩ごしに、ヒラヒラと揺れるシャツの隙間から胸元を眺め――

「フヘッ」

 っと思わず気色の悪い笑い声を溢した。その時――グレーの壁が視界を塞いだ。

「――!?」

 しかしよく見るとそれは壁ではなく球体だった。


「ゲッ――!」

 張り付いた顔が、回転にあわせてゆっくりとこちらを向いた。

「た、太陽……」

 慌てて窓を閉めようとするも、素早く差し込まれた手に阻まれた。

 ガッ、と幸島の両腕を掴みズイと体を引き寄せた。 

「止めろ! ここだけは! ここだけは燃やさないでくれ!」

 必死の訴えを嘲笑うように、太陽は無言のままジリジリと幸島を引き寄せた。


『今一度螺旋へ戻り、その無能な魂と不要な器官を精練し直して来るがよい』


 前回襲来した時の太陽の言葉が甦った。

「ま、待て! 止めろ! ちゃんと約束は取り付けたぞ!!」

『十日以内に逢い引きの約束を取りつけてくるのだ』

 太陽に助言を求めつつとはいかなかったが、約束は果たした。

「報告は聞いてるだろ!? 約束は守れよ!!」

 身を捩り抵抗するも……このパワーは(くろがね)姉妹以上かもしれない。

「止めろ……止めろ! 光るなよ! 光るなよ! 止めてくれェェ!!」


「……!!」


「……!」


「……」

 恐る恐る……幸島は片目を開き隙間から外を窺った。

「……?」

 太陽が、じっと自分を見つめている。

「幸島大!」

 太陽はズズッっと鼻をすすり、目に涙を浮かべた。

「吾輩は感動した!!」


「……はぁ?」

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