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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
8 チェリー&チェリー
30/50

8-2

「じゃあ、幸島くん。午後もがんばってね」

 そう言って踵を返した金枝(かなえ)のポケットから、ヒラリと一枚の紙切れが落ちた。

「『ムズムズイライラ! チェリー&チェリー鑑賞ツアー』……?

『面白そう! でも背中が痒くなりそう……。心配御無用! 参加者全員、もれなく孫の手プレゼント!(抽選でポケットサンドバッグも!)』……なんスかこれ? なんのチケット――」


 金枝が振り向くと同時に――恐るべき早さで繰り出された掌底が、直接触れる事なく幸島を後方へ射出した。

 金枝は空中に取り残されていたチケットを素早く回収し、ポケットにねじ込んだ。


「あら、やだもぉ~幸島くん。掌底の前に飛び出したら危ないでしょぉ」

 金枝は伸びてしまった幸島を拾い上げ、柵にもたせ掛けてそそくさと立ち去った。

「おい、幸島」

「……」

「ヤレ――」


 ◆


 小川に沿って歩く幸島とシマリスの背が見える。

 幸島はムスッ口を尖らせ、額に出来た二つ目のコブを擦りながら歩いた。

「普通に起こせばいいだろ」

「体がねぇーからさー」

 シマリスに抱えられたドアノブは、嫌みたっぷりに返した。

「お前の場合、体があったって同じだろ」

 幸島は更に口を突き出し、続けて何やらぶつぶつと呟いていた。


「あの~、お取り込み中に申し訳ねぇんですが……」

 っと初めてシマリスが口を開いた。

 そう言えば、こいつは誰なんだろうと思っていた幸島は、はたと思い出した。

「あ……! 前にバス停で会った……?」

「思い出していただけたようで……。あたくし、権太(ごんた)と申します」

「ああ、そうだった。俺にも分かるように説明してくれ」

 っと口を挟んだドアノブに、以前に静馴と買い物に行った際のバス停での件を話した。


「――なるほど。その時に庭に置くと約束した餌台はまだなのかと、その催促に来たって事か?」

「ええ……。あつかましいお願いであるこたぁ重々承知しとります。なんですが……派手に宣伝してしまいまして……」

 そう言うと、権太は手をついて頭を垂れた。


「どうか、何卒明日中に設置していただきたく……」

「おう。でもそれを頼むなら俺じゃなくそいつ(幸島)に言え」

 ハッと顔を上げた権太は幸島へ向き直り、深々と頭を垂れた。

 そう言えば……すっかり忘れていた。

「ごめん……すっかり忘れてた」

「いえいえ、滅相もない。あっしが先走ってにっちもさっちも行かなくてなったってだけで……兄さんが謝る必要はこれっぱかしもありやせん」


「幸島さんよ、いいデートのネタがあったじゃん……。なんだよ、お化け屋敷って……」

「しょうがないだろ……あの直後いろいろありすぎて忘れてたんだよ。たぶんレンゲちゃんも忘れてるよ」

 そう言うと、幸島は踵を返した。

「とりあえずムサシを呼んでくる」

 とは言ったものの、はたしてムサシが動いてくれるか……。


 仕事はもう終わったのだが……ムサシは残り、今日は(くろがね)姉妹にモフられて過ごすと尻尾を振り回していた。

 かといってムサシ抜きでは大した物は作れない……。

「――ヤレ」

 微かだが、たしかに聞こえた。


 射出されたドアノブは一直線に幸島の後頭部に迫った――しかし、いかに幸島と言えども三度までだ。身を大きく捩り、バランスを崩しながらも見事にかわした。

「あっぶねぇな……!」

 っと、次の瞬間――たたらを踏んだ幸島の体がぐらりと傾いた。

「あ――」

 っと言う間に幸島は土手を転げ落ち、水飛沫(しぶき)が舞った。

 

「……」

 ムッと顔を歪めた幸島よりも早く、ドアノブの声が響いた。

「なんでテメェはチャンスをあっさり手放すんだよ!? テメェのバージョンは『1』だ『1』! 退化した!」

「……でも、ムサシじゃないとロク物できないし……」

 大きなため息を漏らすドアノブに代わり、権太が口を開いた。


「兄さん、そりゃちょっと違うと思いますぜ」

「……?」

「あの時の感じだと、出来映えがどうこうじゃなくて兄さんに作ってもらいたいんじゃないかと……」

「でも変な物作っちゃたら……」


「もういい!! おい、シマリス! ヤレ! ヤレ!! 早く俺を撃ち込め!!」

「あっしには権太って名前が……」

「もうアイツの脳ミソは使えない! 不要だ! くり貫いて俺を詰めろぉぉ!! その体は、俺が有意義に使ってやるぅ!! 俺によこせぇぇ!!」



 ――所変わって、喫茶TOKOYO。

『野郎お断り(動物は除く)』

 そんな文言が踊る扉を押し開け、入店した糸葉はゆっくりと店内を見回した。

 今日は睦美と静馴が出ており、相変わらず繁盛している。一階席では、睦美が動物達をモフり、女性客に甘い言葉を囁きと、忙しく立ち回っている。

 動物専用の二階席では、静馴が動物達を骨抜きにしている事だろう……。


 糸葉は真っ直ぐにカウンター席へ向かい、腰を下ろした。

「ここに座るなんて珍しいな。注文は?」

 そう尋ねるマスターを、糸葉の鋭い視線が貫いた。

「面白いチケットを扱ってるらしいわね」

「さ、さぁなんの事だか――」

 彼が惚けるきるより先に、糸葉が切り出した。

「一枚いただけるかしら?」

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