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トコヨのクニ  作者: 立花 葵
1 幸島大
3/50

1-3

 慣れた様子で、オッサンは事務的に進めた。

「拒否なさいますか? お勧めはしませんが……」

「……拒否すると……どうなるんですか……?」

「暫く彷徨(さまよ)っていただく事になります」

「彷徨う……?」

「平たく言えば、幽霊になるということです。


 幽霊は、基本的に一部の人にしか見えないし声も届きません。幽霊同士でも同じです。ぶつからないように避けて歩く方は結構いらっしゃるようですが……。

 全体的に孤独を感じてらっしゃる方が多いようですよ。幽霊になっても、再度ご案内は致しますが……拒否される方は多いので、2、3百年待ちがザラですね」

 

 次の質問の見当が付いているオッサンは、相変わらず事務的な口調で続けた。

「サインなさいますと、速やかに次の輪廻へとご案内致します。あなた――えっと、蓮花(はちすか)さんは十分な輪廻を経験されていますので、トコヨに住むという選択肢もございます。如何なさいますか?」

「トコヨ?」

所謂(いわゆる)――あの世です」



 ◆



 トラックの荷台に乗り、幸島は今日の現場へと向かっていた。

 トラックといっても、座席は運転席のみの小さなトラックだ。荷台は剥き出しの助手席と言っても過言ではない作りをしている。

 幸島はふと背を振り返り、荷台の覗き窓から運転席を覗き込んだ。


「ほら、やっぱりこの間見た尻尾用の溝が付いたクッションを買うべきだったんだよ」

「うるせ、こいつが狭すぎるだけだ」

 そう言って、運転席にみちみちに詰まったホワイトシェパードのムサシは、心地が悪そうに尻をモゾモゾと動かした。

 ムサシも人型だが、リリィより動物的な部分を色濃く残している。もしこのまま四足歩行しても、サイズ以外さほど違和感は感じないだろう。

「代わろうか?」

「……頼む」


 運転席を降りたムサシは、大きく背伸びをして心地が良さそうに息をついた。

「あれまだ売ってるかな……」

 ほぐすように、尻尾をグリグリと回しながら呟いた。

「帰りに寄ってみる?」

「うん……」

 幸島に運転を代わり、トラックは再び走り出した。


「ムサシさあ、人型を選んだのって何か理由ある?」

「人型を選んだ理由?」

 唐突な質問に、ムサシはぽかんと返した。

「ムリに答えなくても良いよ。ちょっと聞いてみたいってだけだから」

 ふ~んっと唸り、ムサシは空を見上げた。

「生前住んでた家の隣に元大工の爺さんが住んでてさ、俺の小屋を作ってくれたのがその人だったんだ」

「それで大工になりたくなった?」


「いや、人型にするかとか聞かれる直前に、住む場所がどうだのって話をしてたからさ、聞かれた時になんか小屋を作ってたその人の姿を思い出しててさ、んでなんとなく人型でって言っちゃったんだよ」

「じゃあ……大工はその流れで?」

「うん。まぁ、動機はそんなんだったけど……今はこの仕事が好きだしそれなりに誇りも持ってるぜ」

「そっか」



 ――やがて。

「こんな人里離れた所に住もうなんて物好きな奴だな」

 目的の家へ着き、幸島は車を止めて呟いた。

「人の事言えんのかよ」

 っとムサシは素早く突っ込んだ。

「テメーのご近所さんになるんだ。仲良くやれよ」

「近所って程近くねぇよ」

「でも一番近い家はここだろ」

「まあ……そうだけど」

 などと言葉を交わしつつ、道具を下ろして二人は家の中へ入った――


「……掃除って俺らの仕事なのか?」

 雑巾をかけながら、幸島が溢した。

「挨拶のネタができて良いじゃねぇか。名前を見る限り人間の女が住むみてぇだし、良かったな」

 っと、窓や扉の立て付けを確認しながらムサシが返した。

「ふ~ん。実物を見てみないと何ともリアクションが取りずれぇな」


「はあ? 人間はみんな同じ顔じゃねぇか」

「え……」

「髪の長さと色が違うぐれぇでさ、そりゃ毎日顔合わせる連中の見分けはつくけどよ……」

「……」

「男も女も、人間はみんなカワイイからいいよなぁ。年取ってもあんま変わんないし……。それに比べてオレらはよう――」


(今更だけど……俺らが同じ種の猫や犬が同じ顔に見えるのと同じ事か?)

「そのカワイイには俺も含まれてるのか……?」

「ん? そうだな……もし道端に落ちてたら拾って帰るぐらいには」

「へぇ……」

(リリィさんがやたらベタベタする理由はこれか……)

 その時、表に車が止まった。

 ドアを閉める音に続き、なにやらやり取りする声と足音が近づいてきた。


 程なく――開けたままの玄関に、二人の女性が現れた。

 鈴端(すずはし)糸葉(いとは)。インフォメーションセンターの職員だ。

「いいよ、続けて」

 っと、糸葉は玄関を振り返り手が止まった二人へ声をかけた。

「すみません……お邪魔します」

 っと後ろから現れた女性が糸葉の隣に並んだ。おおらく、これからこの家の家主になる女性だろう。


 後に、幸島は並び立った二人を見た時の感想をこう洩らした。

『美人とカワイイ。正義はどちらか……』


「作業してるけど、自由に見てもらって大丈夫よ。つでに変えたい部分とかあったらそこの二人に聞いてみて」

「……はい」

「それじゃ静馴(しずな)ちゃん、私は車に居るから、気が済むまで見てって」

「はい、ありがとうございます」

2022/07/28微修正

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