8-1
真っ白いタキシードを着た猿が立っている。
「アレクサンダー・ザンダー三世……?」
「ああ、幸島はん! 来てくれはったんですね! 来てくれへんのかと思うてましたわ……」
「……は? 何の……事?」
「何って……わてらの結婚式ですがな」
「はぁ? 結婚式? 誰と誰の?」
「何言うてはるんですか、ワタシと――」
視界をかすめた黒猫が、アレクサンダー・ザンダー三世に飛び付いた。
「お待たせ、ダーリン!」
「ナナさん……? はぁ!!?」
思わず叫んだ幸島を、ナナさんはウエディングベールの隙間から睨み付けた。
「ねぇーダーリン、どうしてコージマが居るのー?」
「ハニーが呼んだとちゃいますの?」
「こんな不潔な男、さっさと追い出してよー。せっかくの式が、門出が穢れてしまうわー」
「ちょ――ナナさん!? 穢れるって……つーか結婚ってなに!?」
その時、幸島の両脇を逞しい腕がガッチリと掴んだ。
「さ、コウちゃんはこっちよ」
っと、はち切れんばかりの筋肉を纏った二人のオネエ様が、ヒョイと幸島を持ち上げて伸びかけの髭をジョリジョリと擦りつけた。
「ちょっ、待って! 待って! どういう事!? 何!? 何なの!?」
「見苦しいぞ、幸島」
振り返ると、今度はタキシード姿の睦美が呆れ顔でこちらを見つめていた。
「先輩……! なんスかこれ!? どうな――ッ!!?」
並び立ったウエディングドレスの女性を目にした幸島は、思わず声を詰まらせた。
「……レ、レンゲ……ちゃん」
「お前がもたもたしてるから、私のものにした。そうすると宣言しておいたはずだが?」
「そ……そんな……。レンゲちゃんの意思は……」
睦美は鼻で笑い、彼女の腰に手を回して引き寄せた。
「そんなもの、見れば分かるだろう?」
頬を染めた静馴は顔を伏せ、隠すように笑みを浮かべた。
「そんな……。だって……約束は……? 一緒に妖怪の里を見物に行くって……」
「それは、アタシ達が代わりに行ってあげるわ」
二人のオネエ様は幸島を押し倒し、自慢の怪力で押さえつけた。
「ついでに、新たな世界へも――」
オネエ様方の分厚い唇を割り、触手のような舌が顔を覗かせた。
「さあ、コウちゃん。痛いのは最初だけ……怖がらなくていいのよ。すぐに良くなるから」
むしり取った服をムシャムシャと平らげ、幸島を裏返して腰を掴んだ。
「ま、まま待って! 待って! 何でもします! 何でもします! だからそれだけは! 許し――あ゛あ゛ーッ!!」
――カッと目を見開いた幸島は、飛び上がるように跳ね起きた。
肩で息を切り、額からは大粒の汗が滴った。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……」
呼吸を整え、顔を握るように汗を拭った。
(ゆ、夢……?)
ベットリと汗で濡れた手を見つめ、ふと顔を上げた。その時――
「いいぞ。ヤレ」
言葉と同時に、何かが後頭部を打った。
「痛――ッ!!」
鈍い大きな音が響き――頭を抱えた幸島は、水揚げされた海老のようにのたうち回った。
「目ぇ覚めたかコノヤロウ!!」
っと、コロコロと地面を転げる玄関――改めドアノブは幸島を怒鳴りつけた。
「いいッ痛ってぇな……!」
涙目で睨み付けた先に――ドアノブを振りかぶったシマリスが見えた。
「――!!?」
「ヤレ」
今度は額に撃ち込まれ、幸島は顔を押さえて再び海老のようにのたうち回った。
「話の途中で寝てんじゃねぇよ!!」
――少し前の事だ。
幸島は、ムサシと共にとある民家を訪れていた。家の屋根と花壇の柵の修理を頼まれたのだ。
屋根はムサシが、柵は幸島、と別れて作業を行い先ほどお昼を迎えた。
家主の好意で用意された昼食を頂き、幸島は修理を終えた柵に背をもたせて一息ついた。
太陽の視線が少々ウザったいが……ポカポカ陽気と満腹感が、うつらうつらと眠りの淵へ誘った。
そこへ、ドアノブを抱えたシマリスが現れたのだった。
ドアノブは、自分の体は何時直るのかという話に始まり、最近の猿依存がどうの……眠りに落ちる直前の、最も気持ちが良い一時を邪魔する声は右から左へ聞き流し、猿とナナさんがどうのという件から完全に記憶が飛んでいる。
「あら、コウちゃんどうしたの?」
ゾクリと、背筋に悪寒が走った。
声の主は、夢に出てきたオネエ様の一人であり、この家の主の一人である金枝だ。同居している自称妹の矢枝と合わせて鉄姉妹などと呼ばれている。
「昼寝してたらちょっと……」
「大丈夫? 額が真っ赤よ?」
鍛え抜かれた分厚い筋肉は、二メートルに届くかと思われる長身をずんぐりと見せてしまう。
そんな鋼の肉体をくねくねとくねらせ、幸島の額に手を添えた。
彼女達? は夢で見たような事は決してしない。そんな事は百も承知だが……ついつい二つの意味で防衛本能が働き体が強張ってしまう。
「痛いの痛いの飛んで行け~」
その気になれば、デコピン一発で首から上を亜空間に弾き飛ばすぐらい出来そうだ……。
一方ムサシは……縁側で矢枝に膝枕されて幸せそうに昼寝を貪っていた。
彼らから見た人間は、『カワイイ』と『めっちゃカワイイ』の二種類しかないそうだ。
「……」
幸せそうなムサシの寝顔見つめ、その感覚をちょっとだけ羨ましく思った。




