7-4
赤飯に鯛のお造り……(尾頭付き)
「何の……お祝い……?」
「そら、幸島はんの脱ドーテーの前祝いですわ」
「……」
「一発――いや、三発はキメてきなはれよ」
「あの……それはまだまだ先の話かと……。初デートの約束を取り付けたというだけで……」
「何を言うてはるんですか……そないな弱気でどうしますねん。もっとガッついていかなあきまへんで」
「はぁ……」
っと言う幸島の頼り無い相づちに、アレクサンダー・ザンダー三世は、目から口から鼻からため息を溢した。
「まあ……ダメやったら嶺洲はんに頼みなはれ」
視界の隅で、ナナさんの耳がピクリと反応するのを捉えた。
「ドーテーなんて、捨てられるんやったらとっとと捨てましょ。後生大事に抱えとくもんと違いま――」
ペラペラとしゃべるアレクサンダー・ザンダー三世を制するように、幸島が割り込んだ。
「ごもっとも。でもそれはない。先輩とだけは絶対にない」
と、彼を向いて返したが、言葉はナナさんへ向けられていた。
「そうですか……」
大きなため息を溢したが――切り替えて赤飯をよそった。
「ま、ともかくしっかり食うて、気張りなはれよ」
「……はい」
「ま~たそんな頼りない……。気張りなはれよ!」
「はい……!」
「……まぁ、ええでしょ。ほな、頂きまひょか」
手を合わせ、同時に頭を垂れた。
「いただきます」
赤飯、鯛のお造り、煮物に吸い物……。
相変わらず、この猿が作る料理は旨い。
ナナさんはテーブル乗って別皿に分けた鯛を食べている。
普段はテーブルに乗るのは禁止なのだが……。
(ま……いっか)
祝い? の席だ。
「それで……デートは何処に行きますのん?」
箸を動かしながら、アレクサンダー・ザンダー三世は尋ねた。
デートの約束は取りつけた。
だが、それだけだ。その先は全く考えていなかった。ダメ元で勢いに任せて言っただけなのだ。
病院へ付き添った静馴へ、白く染まった脳みそから絞り出したものは……。
「……おば……お化け、屋敷。……妖怪の里に」
「……」
「ちょ、チョイスが悪いのは分かってるよ……」
そう言うと、幸島は伏し目がちに口を尖らせた。
「でもしょうがないだろ……デートって言えば、映画館か海かお化け屋敷しか浮かばなかったんだよ……」
「幸島はん。それは何というコミックで得た知識ですのん?」
膨れっ面で赤飯を掻き込む幸島を見つめ、アレクサンダー・ザンダー三世はため息を漏らした。
「それにその三択なら海でっしゃろ……」
「海はこの間行ったし……」
ふと顔を上げ、ポカンと幸島を見つめた。
「蓮花はんと?」
「うん」
「二人で?」
「うん」
「……それ、詳しく」
数分後――
「幸島はん。それデートとちゃいますの?」
「……え?」
「二人きりで、買い物行って観光。帰りは自宅に寄ってモジモジと茶をすすった。これをデート以外の言葉で説明できますか?」
「……」
「もぉ~~たのんますで、ホンマにもぉ……。1.0から1.2くらいにバージョンアップしたんかと思うとったら、退化してますやん……。0.8ですわ。性に目覚めた中学生レベルですわ」
「……」
「ウイルスですわ。幸島はんのOSはウイルスにやられてしもうたんですわ」
「……」
「嶺洲睦美。ウイルスの正体はこれしかおまへん」
一足先に食事を終え、毛繕いするナナさんの視線が突き刺さった。
「幸島はん。嶺洲はんと再会してからの事を詳しく教えてもらいまひょか」
――何処か懺悔にも似た幸島の話を聞き終え……険しい顔のナナさんを制し、アレクサンダー・ザンダー三世が口を開いた。
「幸島はん。幸島はんは成長してますで」
摘まんだ葡萄を口へ運び、皿の端に皮を戻した。
「……」
「まあ、自然に接近して、自然に誘って、自宅にまで上がり込んで……学生時代の幸島はんにそんな事ができましたか?」
「……いえ」
「幸島はんは、ちゃんと成長してまんねん。しょうもない讒言に耳を貸したらあきまへん」
そう言って、プッと種を吐き出した。
「……」
「いいですか? 幸島はんは、成長してます。ちゃんとバージョンアップしとるんです」
再び葡萄をつまみ、ちゅるりと身を吸い出した。
「バージョン、いってんにぃーデスワ」
吐き出した種が、カツンと皿を叩いた――
◆
翌日――。
リビングの陽だまりに寝そべるナナさんと、彼女をグルーミングするアレクサンダー・ザンダー三世の姿があった。
破壊さ――開け放たれたままの窓から射し込む陽射しを浴び、ナナさんは心地良さそうに体を伸ばした。
「ねぇ、コージマは本当に成長してるのー?」
「加齢による羞恥心の欠如と、それに伴う拘りやプライドの喪失。これらを成長とするのであれば、そう言えるんとちゃいますか」
「ふーん。でもバージョンアップしてるって」
「放っといても歳は食いますし」
「そっかー」
ナナさんは再び心地良さそうに体を伸ばし、ごろりと向きを変えた。
「今日のゴハンはなーにー?」
「リクエストはありますか?」
「お魚がいいー」
「昨日は鯛……海のもんでしたから、今日は川の魚にしますか?」
「鮎がいいー!」
「ほな、早速釣りに行きまひょかね」
「あたしも行くー」
「つまみ食いはありまへんで?」
「んんー、がまんするー」
手早く支度を整え――竿と魚籠を手にしたアレクサンダー・ザンダー三世に続き、外へ出たナナさんが尋ねた。
「ねぇ、これはデートー?」
「それもええですな~。ならそれっぽくエスコートしなあきまへんな」
連れ立って出かける後ろ姿を、戸棚に鎮座したドアノブが見送った。
「んな事より……俺の体は何時になったら直るんだ……」
扉も壁も無くなった玄関から、はらりと落ち葉が舞い込んだ。
2019/8/30:誤字脱字等修正




